4人の食卓
試験結果が出た翌日、ユアンは昼前の市場で待ち合わせの相手を探していた。露店の布屋の前では色とりどりの布が風に揺れ、魚屋からは塩と川の匂いが漂ってくる。通りの奥で、金茶色の頭が人混みより少し高い位置を動いているのが見えた。
「ユアン! こっちだ」
ロイドが片手を上げた。今日は鎧を脱ぎ、動きやすい茶色の上着に短い革の外套を羽織っている。隣には淡い金髪を束ねたミレイと、いつも通りきちんとした装いのバシュがいた。
「俺が最後か?」
「時間ぴったりです」
ミレイが答える。
「ロイドが早すぎるんです」
「楽しみだったからな」
ロイドは笑い、ルゥへ目を向けた。
「お前も来たのか」
「食事の席で俺を外す理由がない」
「確かにな」
ユアンは何も言わず、ルゥの頭を軽く撫でた。本人は狼の誇りを大切にしているが、肉のある場所なら誰より熱心についてくる。
4人で食事をすることになったのは、個人審査が終わった時のロイドの一言だった。実地試験では同じ班で数日間行動する。顔と武器を知っているだけでは足りないから、飯でも食いながら話そうという。最初は単なる気晴らしだと思ったが、ユアンにも異存はなかった。
「市場なら俺が案内するよ」
ユアンが言うと、ロイドが大げさに頭を下げる。
「地元の案内人がいるのはありがたい」
「高い店は無理だぞ」
「そこは安心しろ。俺も金はない」
ミレイが控えめに笑った。
「それなら、好きなものを買って広場で食べませんか?」
「いいな」
バシュが頷く。
「食事を選ぶ時間も短くて済む」
「何でも効率で考えるなよ」
ロイドが言う。
「時間をかけたいなら、あとでゆっくり話せばいい」
真面目な返事に、ユアンは思わず笑った。バシュの計画好きは、話していると堅苦しいというより少し不器用なところがある。
最初にルゥが足を止めたのは、串焼き肉の屋台だった。主人が炭火の上で肉を返すたび、脂が弾けて香ばしい匂いが広がる。
「ここがいい」
「ほかも見よう」
「これ以上うまそうなものがあるのか」
「知らないから見るんだよ」
ルゥは納得しなかったが、ユアンの後をついてきた。
ミレイは香草と豆を薄いパンへ包む屋台を選び、バシュは山羊乳で煮込んだ根菜の鍋を見つけた。ロイドは結局、串肉を4本買う。ユアンは肉と焼き野菜を挟んだパンを手に取り、最後にルゥの分を別に注文した。
「飼い主は大変だな」
ロイドが言った瞬間、ルゥが顔を上げた。
「飼い主ではない。俺はユアンの相棒だ」
「そうだったな。悪い」
ユアンは少し笑った。
「こいつ、言葉遣いは偉そうだけど食費は俺持ちなんだ」
「友好関係における分担だ」
「ずいぶん片寄ってないか?」
広場の低い石垣へ腰を下ろすと、風が昼の熱を運んできた。市場の中央では旅芸人が弦楽器を爪弾き、荷運び人たちが休憩している。いつものパナリアなのに、試験のために集まった3人と並んでいると、少し別の街に見えた。
「ロイドはずっと槍なのか?」
ユアンが尋ねた。
「ああ。若い頃は剣も使ったけど、長い街道護衛じゃ槍が便利だった。荷車を挟んで敵を止められるからな」
「荷車の近くじゃ長すぎない?」
「そこは短く持つ。剣の方が便利な場所もあるけど、俺には槍の方が合ってた」
ユアンは模擬戦での柄の扱いを思い出した。あれは訓練だけで身につけた動きではない。実際に荷車の横で敵を止め、何度も危険を越えてきたから身体へ染みついたのだろう。
「去年の試験、どうして失敗したんだ?」
聞いてから、少し踏み込みすぎたかと思った。しかしロイドは嫌な顔をしなかった。
「俺が隊長だった区間で、C級の魔獣を追ったんだ。追えば倒せそうだったし、素材も高かった。でも道を外れて、後ろの荷車を危ない場所に置いた。倒せたとしても、仕事としては駄目だったな」
「結局倒したのか?」
「いや。仕留めきれず戻った。俺の判断で時間を無駄にしただけだった」
ロイドは串肉を噛み、苦笑した。
「今なら撤退するつもりだ。でも実際に目の前へ出たら、また欲が出るかもしれない」
ユアンは頷いた。自分にも似たところがある。少し前なら、珍しい魔獣を見ると能力を増やす可能性ばかり考えていた。高い素材へ目が向くこともある。今でも欲がなくなったわけではない。
「欲が出ないようにするのは難しいな」
「だろ? だからお前が止めてくれ」
「隊長がお前ならどうする」
「止めろって言っていい」
即答に、ユアンは笑った。その言葉を本当に守れるかは分からないが、言えるだけでも違うのだろう。
ミレイは食事を終えると、広場の樹木を見上げた。
「私は森での仕事が長いです。でもずっと森に住んでいたわけではありません」
「エルフって皆、森にいると思ってた」
ロイドが言う。
「よく言われます。親戚は別の都市で染物屋をしていて、私も子供の頃は街に住んでいました」
「じゃあ、何で斥候に?」
「小さい頃から遠くのものを見るのが得意だったんです。森を歩くのが好きだったのもありますけど、初めて危険な動物を見つけた時に、自分の声で皆が引き返したんです」
ミレイは少し照れたように笑った。
「誰かを倒したわけじゃないのに、役に立てたのが嬉しかったんでしょうね」
ユアンはその気持ちが分かる気がした。獲物を倒す人間だけが仲間を助けるわけではない。足跡を読む者や退路を探す者がいるから、戦う前に危険を避けられる。
「近づかれた時は苦手だって言ってたな」
「そうです。視界が広い場所なら先に気づけますけど、狭い通路へ追い込まれると弓を使う余地がなくなります」
「俺が近くにいたら援護するよ」
ユアンが言うと、ミレイは静かに頷いた。
「その時は、近づいてくる前に知らせます」
隣でバシュが椀を置いた。
「俺は見えない場所の敵が嫌だ。盾で守る位置が決められなくなる」
「じゃあミレイに先に見てもらえばいい」
ロイドが言う。
「そうだな。ただし、何分先まで安全かは別の問題だ」
バシュは真剣だった。ユアンは彼へ向き直る。
「バシュは元々、どんな仕事をしてた?」
「石工の下働きだ。その後、補修隊の護衛に入った。石橋や街道を直す間、作業員を守る必要があった」
「だから荷物と道の話に詳しいのか」
「橋は壊れれば直すのに何週間もかかる。人が死ねば、もっと長く残るものがある。だから準備を怠りたくない」
少し意外だった。バシュが確認に時間をかける理由は、単なる几帳面さではない。失敗した時に誰が困るかを知っているからだ。
「でも試験官からは、遅いって言われた」
バシュはぽつりと言った。
「確認している間に状況が変わることもある。頭では分かるが、納得する前に動くのが難しい」
「俺も似たところがあるよ」
ユアンが答える。
「何をするかは分かっても、仲間へ説明するのが遅い」
ロイドが笑った。
「つまり全員、どこか抜けてるわけだ」
「それは少し乱暴です」
ミレイが笑う。
「でも、違うところが得意なんですね」
ユアンはパンの最後のひと口を食べた。自分には解体の知識がある。ロイドには槍があり、ミレイには森を見る目があり、バシュには防衛と準備の経験がある。これだけ違う者同士でひとつの任務を遂行するなら、誰かが万能である必要はない。ただ、互いに何ができるかを知らなければ、その強みを使えない。
ユアンも自分の話をした。最初に魔獣を解体した時、皮を残すことばかり考えて内側の腺を傷つけ、使える部分まで駄目にしたことがある。素材商にひどく叱られたが、その商人は捨てた部位を並べ、どこを先に切るべきだったか教えてくれた。
「俺、当時は怒鳴られたことしか覚えてなかったんだ。でも後から考えると、あの人は正しいことを言ってた」
「今ならその皮も取れるのか?」
ロイドが聞く。
「たぶん。やり直せるならな」
「失敗を繰り返せない仕事って難しいですね」
ミレイが言った。
「森でも同じです。見逃した足跡は、雨が降ったら戻りません」
バシュが静かに頷いた。
「橋が崩れた後からでは、支柱を足しても遅い」
ユアンは3人を見た。失敗の種類は違うが、皆、自分の手では戻せないものを扱ってきたのだ。だからこそ次の失敗を減らそうとしている。その点では、自分たちは思っていたより似ているのかもしれない。
食後、4人は市場の道具屋へ寄った。バシュは荷締め紐の強度を確かめ、ミレイは弓弦へ塗る油を選ぶ。ロイドは槍の柄に巻く革紐を見せてきた。
「これ、滑りにくそうだと思わないか」
「俺は槍の柄には詳しくない」
「じゃあ剣の柄なら?」
「汗をかいた時に硬くなる革は避けたいな」
ロイドは納得し、違う革を手に取った。知らないことは知らないと言っても、嫌な顔をされない。ノアに言われた当たり前のことが、少しずつ身についている。
屋台の外へ出ると、ルゥが肉屋の前で立ち止まった。
「もう1本買っていこう」
「お前、さっき食っただろ」
「野外試験の前に栄養を蓄える必要がある」
「何日分蓄えるつもりだ」
「できるだけだ」
ロイドはまた笑った。ミレイも、バシュでさえ口元を緩めている。
別れ際、ロイドが握手を求めた。
「野外ではよろしく頼む」
「こちらこそ」
ユアンが握り返すと、ミレイとバシュも頷いた。
「互いにできることを言い合いましょう」
ミレイが言う。
「まずは装備と補給の分担を決めたい」
バシュが続けた。
「明日、組合で打ち合わせをしよう」
ユアンは3人を見送った。試験を受けるだけなら、こうして一緒に昼食を取る必要はなかったはずだ。それでも今は、次の野外任務が少し楽しみに思える。昨日までロイドの槍を思い出すと悔しかった。今日も悔しいが、今度はあの槍が味方の前へ出てくれることを頼もしく感じている。
「よい仲間か?」
ルゥが聞く。
「まだ分からない。でも、そうなれそうだ」
「肉を分ける男は信用できる」
「お前の判断は簡単だな」
「難しく考えすぎるな」
笑いながら歩き出すと、夕方の街には焼きたてのパンの匂いが戻っていた。ユアンは鞄の中の小さな手帳へ、今日聞いた3人の得意な仕事と苦手な場面を書き留めた。次に何を聞けばいいか、もう少し考えてみたかった。




