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D級解体士、魔獣の力を喰らう~素材を残すか、力に変えるか~  作者: ふゆ夜熊
C級個人審査

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通過

試験が始まってから、ユアンは初めて朝の鐘を寝台の中で聞いた。身体が重い。模擬戦では大怪我をしなかったが、普段と違う緊張で力を入れ続けたせいか、肩の奥が鈍く痛んだ。寝返りを打つと、ルゥが先に起きている。

「今日は走らないのか?」

「結果の通知だけ。必要なら確認の課題があるらしい」

「なら寝ていてもよかろう」

「そうしたいけどな」

窓を開けると、赤鹿亭の裏庭に洗濯物が揺れていた。通りを行く荷車の音も、遠くの露店の声も、試験が始まる前と変わらない。昨日まで自分のことで頭がいっぱいだったが、街の暮らしは当たり前に続いている。

ユアンは戦闘靴を履き、紐を締めた。踵の補強帯はまだ少し硬いが、右脚は痛んでいない。履き慣らしを急いだ時の窮屈さは減った。身体が道具へ合わせるのにも時間が必要なのだろう。

食堂へ下りると、女将が湯気の立つ粥を運んできた。ノアはもう組合へ出たらしく、椅子だけが空いている。ルゥは肉を催促する前に、女将の方から小さな皿を受け取った。

「皆、お前を甘やかすな」

「人を見る目があるのだ」

「狼を見る目だろ」

「そこは合っている」

ユアンは粥をすすり、久しぶりにゆっくり朝食を取った。昨日ロイドの槍で打たれた胸元には、服の上から触っても痣はない。それでも槍先の動きを思い出すと、自然に身体が避ける姿勢になる。勝てなかった理由が分かったからといって、悔しさがなくなるわけではなかった。

組合へ向かう途中、通りにあった小さな金物屋へ立ち寄った。試験用の革手袋の縫い目が少しほつれていたからだ。修理用の糸と細い針を買い、店先で手袋を直す。店主は黙って作業を見てから、「器用な手だ」と言った。

「解体士なので」

「それなら細かな仕事は慣れているだろう」

「刃物と針は違いますけどね」

人から職業を聞かれて、こんなに気楽に答えたのは久しぶりだった。自分は解体士だ。試験を受けても、合格しても、そのことは変わらない。

翌朝の手袋を直したのは、針仕事そのものが好きだったからではない。野外では予備があっても、壊れたものをすぐ捨てられるとは限らない。指の腹を擦る小さな縫い目でも、雨の中で何時間も剣を握れば血が滲む。7年間、そんな失敗を何度も見てきた。目立たない道具の調子を整えることも、生き残る準備なのだ。

ユアンは少し前まで、自分がC級試験へ挑むなら何か特別な技を見せなければならないと思っていた。黒銀色の指輪が覚えた能力をうまく組み合わせ、他の受験者にない動きをする。それなら試験官も驚くだろう。だが昨日のロイドは、何か珍しい魔法を使ったわけでもなく、ただ槍を正しく動かして自分に勝った。その姿を見た後では、驚かせることより、確かにできることを見せる方が大切だと感じられた。

胸へ軽く残る悔しさは、薄れていない。これから何度も訓練を重ねればロイドの槍へ近づけるかもしれないし、近づけない部分もあるだろう。それでも、剣を振る理由が新しく増えたことは確かだった。


受付の前には受験者が集まっていた。ロイドは背負った槍の留め具を直し、ミレイは小さな帳面を閉じた。バシュは壁際に立ち、昨日の記録を頭の中で確かめるように指を折っている。

「おはよう」

ユアンが声をかけると、ロイドが手を振った。

「昨日の肩は大丈夫か?」

「少し張るけど問題ない。お前は?」

「槍を振り足りないくらいだ」

「それは元気だな」

ミレイが笑う。

「私は昨日、近づかれた時に弓を庇って転びかけました」

「大丈夫だった?」

「はい。試験官から『道具を守って自分が怪我したら意味がない』と言われました」

バシュが低い声で言う。

「その通りだ。盾も持っていられない状況なら、捨てるべき時がある」

「あなたは捨てられるんですか?」

ミレイに聞かれ、バシュはしばらく黙った。

「……訓練ならできる。ただ、実戦でできるかは別だ」

思わぬ正直な答えに、ユアンは笑いそうになった。彼も自分の不足を認められる人間なのだ。

やがて試験官が各受験者を呼び、短い講評を始めた。ユアンは最後から少し前の順番だった。面談室へ入ると、サイルが机の上へ数枚の記録を並べている。

「座れ」

「失礼します」

「結論から言う。野外実地試験へ進める最低基準を満たしている」

ユアンは息を吐いた。合格と言われたわけではないのに、背中の重さが少し軽くなる。

「ありがとうございます」

「まだ礼を言うな。お前の剣は実戦に必要な水準だが、基礎では不足が残る。疲れた時の姿勢、相手の追撃へ対応する腕が課題だ」

「はい」

「ただ、自分にできないことを自覚している。過大な申告もしていない。現時点で野外へ連れて行けない理由はない」

サイルは別の紙を開いた。

「お前の公開技能は《スキル核作成》だな。討伐対象の死体を核へ変える。今までそれで素材の処分に問題を起こしたことは?」

「ありません。契約上の権利を確認してから使うようにしています」

「共同討伐の場合は?」

「俺が最後に止めを刺しても、素材を勝手に消すことはしません。班の取り分を確認します」

サイルは頷いた。

「野外試験でも同じだ。自分の能力でできることと、やってよいことを混同するな」

「分かりました」

その言葉を聞いて、ユアンは鎧牙イノシシの甲殻から作った腕甲を思い出した。核へ変えてしまえば残らなかった素材だ。力を持っていても、使わない方がいい時はある。今回の試験でもそうなのだろう。

「もう1つ。仲間がいる時、自分の身体だけ守れればよいとは思うな。これは次の任務で見る」

「はい」

サイルの説明は簡潔だった。これ以上、目立った説教も励ましもない。ユアンは立ち上がり、頭を下げた。

廊下へ戻ると、ロイドが椅子から跳ねるように立った。

「どうだった?」

「通過だ」

「そうか!」

ロイドは自分のことのように喜んだ。ミレイも笑い、バシュはようやく肩を下ろした。

「俺も通れた」

ロイドが言う。

「基礎戦闘で落ちたら、何のために槍を握ってきたか分からないからな」

「私は近接の対処が課題でした。でも最低水準は満たしているそうです」

ミレイが続ける。

「俺は安全確認と防御は問題ない。状況が変わった時に判断へ時間をかけすぎると言われた」

バシュは真剣だった。

ユアンは3人の顔を見た。誰も万能ではない。しかし4人とも、ここから先へ進めるだけの実力がある。そう認められたことが、素直に嬉しかった。


帰り道、ユアンはルゥを連れて組合の裏庭を通った。小さな花壇の脇で、見習い職員が荷札を並べている。少し離れたところでは、義足を鳴らして歩くバルドが職員へ指示を出していた。大柄な鬼人の支部長はユアンを見つけると、片手を上げた。

「通ったそうだな」

「早いですね、話が」

「支部の推薦者の結果くらい、報告が来る」

「まだ野外が残ってます」

「知ってる」

バルドは義足の先で地面を軽く叩いた。

「戦える奴が全部C級になれるなら、試験なんぞ必要ねえ。次は人を見ろ」

「ノアにも言われました」

「あいつが言ったなら正しい」

珍しく素直な評価だった。ユアンが笑うと、バルドはすぐ真顔へ戻った。

「お前は人を助けようとして、自分が無理をする。そこも見直せよ」

返事に詰まった。ノアも、フィアも、ガルドも似たことを言う。自分が傷つくのは他人より我慢しやすい。そう考える癖を、皆に見抜かれているらしかった。

「……気をつけます」

「気をつけるだけじゃ駄目だ。帰って来い」

バルドはそう言って職員の方へ戻っていった。

午後は正式な試験任務の割り当てを待つだけになり、ユアンは赤鹿亭へ戻った。宿の裏庭にある小さな長椅子へ腰を下ろすと、ルゥが隣へ伸びをした。

「通ったのだろう。肉を食うべきだ」

「お祝いはC級になってから」

「小さい祝いならよい」

「お前、毎日小さく祝ってないか」

「日々の成功を大切にしている」

あまりにも都合のよい言い分に笑ってしまった。ユアンは厨房から分けてもらった肉の切れ端を渡した。ルゥは満足げに尾を振った。

しばらくすると、ノアが仕事から戻ってきた。布鎧の肩に土が付き、丸盾の縁にも新しい擦り傷がある。

「どうだった?」

「4人とも通った」

「よかったな」

ノアは自然に笑った。ユアンはそれを見て、ようやく本当に胸が軽くなった気がした。

「でも、まだ終わりじゃない」

「そうだな。次は一緒に動く仕事だ」

「実地で何が起こるか分からない」

「だから、出る前に聞いとけ。ロイドは何が得意で、ミレイは何を見られて、バシュはどんな場所なら守れるか」

「昨日少し話した」

「なら次は、相手がどうしたいかも聞け」

ユアンは頷いた。自分の判断を伝えるばかりでなく、相手が何を考えているかを聞くこと。先日の訓練で習ったはずなのに、すぐ忘れそうになる。


夕食には女将が少しだけ肉を多く盛ってくれた。ノアが試験の通過を伝えたらしい。

「まだ合格じゃないですよ」

ユアンが言うと、女将は笑った。

「分かってる。でも、次へ進めたんだから食べなさい」

ルゥが自分の皿を見つめる。

「俺の分は?」

「あるわよ」

「この宿は最高だな」

皆が笑った。ユアンも肉を口に運んだ。香草の香りが広がり、やっと今日の疲れを実感した。通過した喜びは大きいが、次の野外任務では自分だけが試されるわけではない。隣にいる誰かの判断へ従い、自分の判断へ誰かが従う。その重さをまだ十分には知らない。

食後、ユアンは部屋へ戻り、書類の上に新しい紙を置いた。ロイド、ミレイ、バシュの名前を書き、それぞれの得意分野を並べる。まだ知らないことの方が多い。ならば聞けばいい。紙の端へ『自分で決める前に、相手を見る』と書き込み、灯りを消した。

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