↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
D級解体士、魔獣の力を喰らう~素材を残すか、力に変えるか~  作者: ふゆ夜熊
C級個人審査

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/48

最低限の力

赤鹿亭の食堂へ下りると、いつもの朝より椅子を引く音が大きく聞こえた。ユアンは窓際の席に鞄を置き、留め具に指をかけた。昨夜確認した書類も、磨いた剣も、予備の包帯も入っている。それでももう1度確かめたくなった。

「何回開ける気だ?」

先に座っていたノアが、赤茶色の髪をかきながら笑った。

「忘れ物があると困る」

「なら昨日作った一覧を見ろよ。鞄をひっくり返すたびに物がずれるぞ」

正論だった。ユアンは留め具から手を離し、向かいに腰を下ろした。女将が温かい豆の煮込みと卵を運んでくる。足元ではルゥが銀灰色の耳を立て、皿の中身を見上げていた。

「俺の肉は?」

「朝からあるだけありがたいと思え」

「試験に行くのは俺も同じだ」

「お前は随伴精霊だ。本人の戦闘技能を測る間は見学だって説明されたろ」

「では俺の戦闘技能が優れていることは誰が測る?」

「自分で言ってるから十分だ」

ノアが笑いながら、ルゥへ焼いた肉を1切れ分けた。狼は抗議をやめ、満足そうに噛み始める。

「まず最低限の技能を見るだけなんだろ?」

ノアが聞いた。

「ああ。担当官の説明だと、野外へ出しても自分と周囲を危険にしないか確かめるらしい」

「お前なら基準は越えるだろうけど、気を抜くなよ」

「俺より強いD級だっている」

「いるさ。でも他人に勝つことだけが合格条件じゃないだろ」

それは分かっている。だが、7年間D級だった自分の腕を改めて測られると思うと落ち着かない。ノアはC級で、シキナやフィアはA級、ガルドもB級だ。近くにいる人間が強いせいで、自分の実力がどの程度なのか見失いかけることがある。

「お前、昨日から肩に力入りすぎ」

ノアが指摘した。

「入れてないつもりだけど」

「なら今、箸が折れそうになってるのは何でだ」

ユアンは指先を見た。木の匙を無駄に握り込んでいた。力を抜くと、ノアがまた笑った。

食事を終えたユアンは、ルゥを連れて組合の試験施設へ向かった。朝の街道では荷車が軋み、屋台の男が香草入りのパンを窯から出している。昨日までと変わらない景色なのに、足音だけが妙に速くなった。新しい戦闘靴の踵が石畳をしっかり捉え、右脚には痛みがなかった。


施設にはすでにロイド、ミレイ、バシュが来ていた。背の高いロイドは金茶色の短髪を揺らしながら長槍を回し、淡い金髪を束ねたエルフのミレイは掲示を読んでいる。幅の広い肩に盾を背負ったドワーフのバシュは、装備の締め具合を確認していた。

「おはよう。眠れたか?」

ロイドが聞いてくる。

「少し早く起きた」

「俺もだ。槍を忘れる夢を見た」

「背負ってるだろ」

「夢の中ではなかったんだよ」

あまりに真面目な顔で言うので、ユアンは吹き出した。隣でミレイも笑い、バシュだけは「予備の武器を持てばいい」と真剣に助言した。

朝の鐘が鳴ると、B級の試験監督サイルが現れた。灰の混じった髪を短く刈り、左頬に細い傷を持つ男は、受験者の顔を順に確かめた。

「これから戦闘技能を確認する。ここで求めるのは華麗な技でも討伐数でもない。武器を安全に扱い、力量を見誤らず、野外で自分の身を守れることだ。技と魔法を使う者は申告した範囲を守れ」

試験は広い屋外訓練場で行われた。刃を落とした訓練武器、防護具、停止用の合図が用意され、治癒師も隅で待機している。ルゥは観覧区画へ案内された。不満げに尾を振るが、勝手に出ないよう言うと渋々伏せた。

最初は足運びと防御だった。移動する木製の標的へ近づき、姿勢を崩さず打ち込む。続けて横から伸びる棒を避け、回避できない場合は安全に受ける。ユアンは剣を構え、呼吸を整えた。

棒が迫る。左へ足を運び、肩を引いてかわした。2本目は避けきれず、前腕甲の曲面へ斜めに当てて外す。衝撃は肘まで届いたが、正面から受け止めるより軽い。新しい甲殻を過信すれば骨まで痛めると、ゴードンに何度も注意されたことを思い出す。

「もう1度」

担当官に促され、ユアンは同じ動作を繰り返した。速く打とうとするほど右の踵へ体重が残りやすい。そこで足を置く角度を少し変えると、次の動作へ移りやすくなった。ガルドの訓練で覚えたことが、ようやく身体へ馴染み始めている。

別の区画では、ロイドの槍先が木標的を次々と捉えていた。突いて、引いて、横へ払う。ひとつずつは地味な動作なのに、つながると隙がない。ミレイは弓を使い、動く標的の進路へ先に矢を置いていた。バシュは盾で押し込むのではなく、相手の進む線を塞ぐ角度を丁寧に作っている。

ユアンは彼らを眺め、これがそれぞれの仕事で生き延びてきた技術なのだと思った。自分の剣にも積み重ねたものはある。ただ、皆と同じ強さを持っているわけではない。

次に基礎魔法の確認が行われた。ユアンは明かりを作り、風を弱く遮り、傷を塞ぐための初歩的な魔力操作を実演した。深い傷を治すことまでは求められない。むしろ担当官は、できない治療をできると言わないこと、魔力が足りなくなれば中止できることを確認していた。

「短距離加速も申告されていますね」

担当官が記録へ目を落とした。

「はい。ただし長く続けては使えません」

「規定の強度で1回。終了後は身体の状態も確認します」

ユアンは《瞬駆》を有効にした。ほかに使える状態にしているのは《振動感知》と《硬化》だった。3つまでしか扱えないことを知っているのはごく少数だが、今の課題では切り替える必要もない。

合図に合わせて短く走り、目印の手前で減速する。戦闘靴が足首の横ぶれを抑えた。しかし、止まる位置ばかり意識してしまい、身体が少し前へ流れる。ユアンは膝を曲げ、腰で勢いを逃がした。痛みはない。

「今の制動には余裕がありませんね」

「はい。続けると膝へ負担が来ます」

「よろしい。限界を把握しているなら、無理に繰り返す必要はありません」

記録に何が付けられたかは見えなかったが、少なくとも無茶を褒める試験ではないらしい。


午後、ユアンは安全確認の短い課題を受けた。傷んだ武具をそのまま使わないこと、負傷を申告すること、魔法の反動が出た時に行動を止められること。簡単に見えるが、実戦ではどれも疎かになりがちなことだった。

最後に担当官が尋ねた。

「目の前の魔獣へ自分では勝てないと判断したら、どうしますか」

ユアンは少し考えた。灰鐘坑道で見た、到底届かない巨大な影が浮かぶ。勝ちたいという気持ちはある。それでも、今ここで答えを飾るつもりはなかった。

「まず逃げ道を確保します。仲間がいるなら危険を伝えます。戦う必要がなければ戦いません」

「では依頼主が討伐を命じたら?」

「契約内容と危険度を確認します。引き受けた仕事でも、達成不能なら撤退して報告します」

担当官は頷いた。

施設を出る頃には日が傾き、肩に疲れが溜まっていた。全力で戦ったわけではないのに、普段使わない集中の仕方をしたせいだろう。ユアンは鞄を背負い直す。

「思ったより疲れたな」

「腹が減ったからだ」

ルゥが言う。

「お前は昼も食べただろ」

「試験を見るのも仕事だ」

夕方の街道を歩きながら、ユアンは今日見られたのが強さの頂点ではなく、失敗した時に止まれるかどうかなのだと感じた。強くなることは大切だ。けれど、弱いところを知らないまま強いふりをする方が、よほど危険なのかもしれなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。