新しい装備
黒鉄工房の扉を開けると、鉄を叩く音が腹に響いた。炉の前にいたゴードンが顔だけを向ける。ユアンが持ってきた木箱を見ると、職人は槌を置かずに言った。
「また妙な材料か」
脇の作業台ではリオが革紐を切り揃えていた。細かな金具が種類ごとに並び、削りかけの留め具が布の上に乗っている。ルゥが興味深そうに鼻を寄せると、リオは手を止めた。
「嗅いでも食べられないよ」
「俺が何でも食うと思うな」
「さっき靴紐を噛もうとしてた」
「硬さを確かめていただけだ」
ゴードンが笑いもせず、卓の空いた場所を顎で示した。ユアンは鎧牙イノシシの腱と甲殻、それに小箱へ収められた黒晶片を出す。
「何を強くする」
ユアンは少し考え、答えた。
「武器じゃない。体の負担を減らせる装備が欲しい」
槌を置く音がした。ゴードンがようやくまともにこちらを見る。
「珍しいことを言うな」
「鎧牙イノシシの時も黒晶レッサーキマイラの時も、攻撃を避けた後で身体に来た。特に踏み込んで止まる時だ」
「その脚でまた速く動こうってのか」
「速くはならなくていい。止まった時に靴がずれなければ、足首へ変な力が入らないと思う」
ゴードンは腱を摘み、指で引っ張った。硬い繊維がわずかに伸び、すぐに戻る。
「後脚の腱か。革だけじゃ保たねえ張力だな。だが生のまま縫えば乾いて縮む。処理を間違えると足を締め上げるぞ」
「そこは任せる」
「簡単に言うな」
言いながらも、ゴードンは紙へ靴底と足首の簡単な図を描き始めた。新しい戦闘靴では踵を固く受け、土踏まずへ力を逃がし、足首の横ぶれを抑える。腱は外側の補強帯へ織り込むが、足全体を締めつけるようには使わない。リオが横から口を出した。
「靴底の前半分まで硬くすると、歩くだけで疲れます。爪先の曲がりは残しましょう」
「そうだな。踵と足首だけで支えると膝へ来る。逃げ道も要る」
ユアンは図を見た。剣の刃先なら良し悪しが多少分かるが、身体を支える道具の構造は職人任せにするしかない。速ければ強いと思っていた頃には、こうして制動の話をする自分を想像もしなかっただろう。
「靴が丈夫になっても、お前の膝まで鎧牙イノシシになるわけじゃねえぞ」
ゴードンが言う。
「分かってる」
「何度でも言う」
次は肩甲殻だった。薄い部分を左前腕の長さに並べると、曲面が自然に腕へ沿う。
「これで受けたい」
「どの程度」
「剣で受け損ねた時、正面から止めるんじゃなくて横へ流したい」
ゴードンは木製の腕模型を取り出した。甲殻をその上へ載せ、打撃の角度を変える。
「この形なら刃は滑る。ただし骨まで来る衝撃は残る」
「そこは分かってる。内側には絶縁もほしい」
リオが首を傾げる。
「術式の通路を作るんですか?」
「逆。流さなくていいところへ流れないようにしたい」
ユアンはそれ以上、指輪の仕組みを話さなかった。工房の2人は、ユアンが剣に電気を流す戦い方を試していることは知っている。だが何からその能力を得たのかまでは知らないし、知る必要もない。秘密は共有する相手を増やすほど守りにくくなる。
リオが耐熱革と乾燥した絶縁樹脂を持ってきた。
「絶縁材は重ねられます。でも手首を全部覆うと握り方が変わります」
「なら内側だけでいい。指を動かせなくなるのは困る」
「先に木型で試して、それから甲殻を削ります」
ゴードンが頷いた。
最後に黒晶片を机へ置くと、2人とも少し静かになった。表面は黒く、内部には紫に近い筋がある。
「B級の結晶か」
ゴードンが言う。
「管理局の検査済みの余剰だ。小さいけど」
「何に使うつもりだ」
「剣へ流す電気を調整できないかと思ってる」
「石が勝手にそんな仕事をすると思うか?」
「思わない。だから調べたい」
ゴードンは黒晶を爪で軽く叩いた。金属とも石とも違う、乾いた音がした。
「これが魔力を通しやすいか、溜めやすいかも分からん。術師を呼ぶ」
数刻後、フィアが工房へ来た。短い栗色の髪を揺らし、木箱を見るより先にユアンへ目をやった。
「私忙しいんだけど」
軽く文句を言い、フィアは黒晶を見つめ、小さな試験具へ乗せた。ゴードンが魔力を弱く流すための検査台を用意し、リオが絶縁材の筒で周囲を囲う。フィアは結晶へ極少量の雷魔力を送った。黒晶の内部が淡く明るくなったが、すぐ消えた。
「今の、溜まった?」
ユアンが聞く。
「決めるのは早い。表面に残っただけかもしれない」
フィアは何度か条件を変えた。同じ出力を細く長く流した時と、短く区切って流した時とでは、反応が違う。短い入力では一時的に魔力の流れが滞り、入力を止めると遅れて流れ出した。
「完全な蓄積じゃないわね。少しだけ流れを鈍らせて、ならす性質があるのかも」
「じゃあ使える?」
「通電経路をきちんと分ければ。『かも』の段階だけど」
リオが図を描き直し、黒晶を剣の柄元へ固定する小さな着脱部品を考えた。握る手へ戻る経路には絶縁材を挟み、刀身側へ流れる道を別に作る。剣自体を雷の武器へ変えるわけではなく、ユアンが流した力を少し扱いやすくするだけだ。
「名前は?」
ルゥが唐突に聞いた。
「まだ使えるか分からないのに?」
「名がないと呼びにくい」
リオが笑う。
「黒晶の導子、でどうでしょう」
「《黒晶導子》か」
ユアンは口の中で繰り返した。
フィアが黒晶を持ち上げた。
「でも、強くなる部品じゃないからね。無理に出力を上げると石が割れる可能性もある。剣も手も危ない」
「分かってる」
「この前は自分の脚へ流したでしょう」
ゴードンが顔をしかめた。
「何やってんだ、お前」
ユアンはフィアを見た。
「そこまで言わなくても」
「言わないとまたやるから」
ゴードンはため息をつき、図面の上へ大きな印を付けた。
「身体へ流す分の安全性は保証しねえ。ここで作るのは、剣へ流す部分だけだ。勘違いするなよ」
「了解」
費用の見積もりが出ると、ユアンは思わず息を吐いた。素材を持参したのだから安く済むと思っていたが、加工費は決して軽くない。甲殻を薄く削って曲面を揃える手間も、腱を適度に乾燥させて織り込む手間も、普通の革細工よりずっとかかるらしい。
「これ、かなりするな」
「高いと思うなら諦めろ」
「諦めたくないから迷ってる」
リオが帳簿を見せた。
「素材をそのまま使うわけではありません。腱は組合が最初の保存処理を済ませていますけど、工房でも縮み方を確認します。甲殻は割れの検査が必要です。それに試作で失敗した分を考えると、今の値段でもぎりぎりです」
ユアンは手持ちの資金を数えた。灰鐘坑道から戻って以降、装備更新が続き、蓄えは予想ほど増えていない。けれど、試験に合格すればすぐ元が取れると考えるのも危うい。合格したところで自分の身体が急に強くなるわけではないからだ。
「半分、先に払う。残りは完成時でいい?」
「構わん。ただし出来が悪けりゃ、試験で使うなよ」
ゴードンが言った。売りたい側の台詞とは思えず、ユアンは少し笑った。
「そうなったら修理代は?」
「直すべきなら直す。お前の使い方が悪いなら取る」
「厳しいな」
「仕事だからな」
ルゥが前脚を卓にかけた。
「俺の防具は?」
「お前は毛皮があるだろ」
「いい毛皮だぞ」
「知ってるから火花へ近づくな」
フィアがルゥを離れたところへ誘導した。小さな絶縁板を置く場所を決め、リオは黒晶片の大きさに合わせた型を作っていく。ユアンは2人の手つきを眺めた。同じ素材でも、削る方向ひとつで耐える力が変わる。解体台で刃をどこから入れるか考えるのと似ていた。素材を持ち込んだだけでは、役に立つ道具は生まれない。そこには別の職人の知識が必要なのだ。
数日の加工が必要になる。リオは靴の木型を作るためユアンの足を採寸し、左腕の長さも測った。古い靴を脱ぐと、内側の革が擦り切れ、補強した縫い目も白く伸びていた。
「よく持ちましたね」
リオが呟く。
「持たせてくれたんだろ」
「持たせたつもりなんですけどね」
ゴードンがぼそりと言う。
「使う奴の方が無茶をする」
帰る頃には日が傾いていた。ユアンの鞄は軽くなり、代わりに仮の靴型と調整予定を書いた紙が入っている。ルゥは工房で肉をもらえなかったと不満を漏らしていた。ユアンは歩きながら指輪へ触れた。能力を増やすだけなら、素材を核にする選択もあった。けれど今は、手元にある力を使っても倒れないための道具が欲しい。
「お前は最近、逃げる話ばかりだな」
ルゥが言った。
「逃げるために靴を作ってるわけじゃない」
「なら何のためだ」
「ちゃんと戻るため」
ルゥはしばらく歩き、それから鼻を鳴らした。
「戻る先に肉があるなら、悪くない」
ユアンは笑った。いつも肉の話に戻る相棒が、今日は少しだけ頼もしく思えた。




