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D級解体士、魔獣の力を喰らう~素材を残すか、力に変えるか~  作者: ふゆ夜熊
C級への入り口

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36/48

資格

魔獣の流出が一旦落ち着いたのは、黒晶レッサーキマイラを倒してから3日後だった。原因が解決したわけではない。地下水路と旧坑道には監視班が置かれ、黒鉄地下城の立入制限も続いている。それでもパナリア周辺で新しい大規模流出は確認されず、街道の避難民も少しずつ村へ戻り始めていた。ユアンにとっては、赤鹿亭で朝食を食べられるだけで十分に平和だった。ただし身体は平和ではない。椅子へ座るだけで右脚が重く、剣を握ると前腕に鈍い痺れが残る。向かいに座ったノアがパンをちぎりながら聞いた。

「腕、まだ痺れる?」

「ほとんどない」

「ほとんど?」

「少し」

「フィアに言った?」

ユアンは水を飲んだ。ノアがじっと見る。

「言ってないな」

「言う必要ある?」

「自分に電気流して、脚まで痛めたんだろ」

「死んでない」

「基準がおかしい」

入口の扉が開いた。

「何が?」

聞き覚えのある声に、ユアンは嫌な予感がした。明るい栗色の短髪を揺らし、フィアが食堂へ入ってくる。琥珀色の目がノアへ向き、それからユアンへ移った。ノアは迷わなかった。

「自分に電気流した」

「ノア」

「俺は悪くない」

フィアが無言でユアンの前へ立つ。

「どこに?」

「少しだけ腕と脚」

「少し?」

「本当に少し」

「その結果は?」

「避けられた」

「結果じゃなくて副作用」

「脚が痛くなった」

フィアは目を閉じた。ユアンは逃げた方がいいか少し考えたが、今逃げると余計に怒られる気がする。

「前に言ったよね」

「短く、弱く、場所を限定する」

「覚えてるじゃない」

「守った」

「胸に流してない?」

「流してない」

「連続使用は?」

「してない」

フィアは少しだけ怒りを収めた。

「なら最低限は守ってる。でも、痛みが残るなら次はやめる」

「分かった」

「本当に?」

「たぶん」

「そこ!」

ノアが笑った。ルゥは床で肉を食べながら言う。

「また怒られている」

「誰のせいでもないだろ」

「弱いからだ」

「お前も黙れ」

そこへシキナが入ってきた。黒い軽装ではなく、今日は薄い灰色の上着を羽織っている。仕事の帰りらしく、《暮断》だけは腰にあった。

「フィアの声、外まで聞こえた」

「ユアンが無理に体を使ったの」

シキナの目がユアンへ向く。

「脚は?」

「歩ける」

「それは質問の答えじゃない」

「少し痛い」

「あとで診療所」

「もう診てもらった」

「ならいい」

話が早い。さらに扉が開き、今度はガルドが入ってきた。

「全員いるな」

「何で集まってるんだよ」

ユアンが聞く。

「俺は飯」

ガルドは簡単に答え、空いている椅子へ座った。女将が呆れながら皿を増やす。気づけば同じ卓にノア、フィア、シキナ、ガルドが並び、床にはルゥがいる。少し離れた卓にはマルク、エナ、ニルスもいた。エナがこちらへ手を振る。

「ユアンさん、脚大丈夫ですか?」

「何でみんな知ってるんだ」

ニルスが淡々と答える。

「防衛所で歩き方がおかしかった」

マルクも頷く。

「隠せてなかった」

「そんなに?」

ノアが笑う。

「お前、考えてることも怪我も顔と歩き方に出るから」

ユアンは少し傷ついた。ガルドがパンを食べながら言う。

「B級相手に前へ出すぎなかったのは成長だ」

「褒め方が微妙」

「褒めてる」

「前へは出たけど」

「必要な時だけだ。黒鉄オオザルの時みたいに、自分で倒そうとはしてなかった」

ユアンは少し黙った。確かにそうだ。黒晶レッサーキマイラを見た時、自分が倒す方法を最初から考えなかった。ダリオが戦い、ノアが人を守り、マルクたちが避難を進める。その中で、自分にできる1秒を作った。それを成長と言われると、少し照れくさい。

フィアが言う。

「あとは自分を壊さなければね」

「そこに戻るのか」

「戻る」

エナが別卓から声を飛ばす。

「今度C級になったら奢ってくださいね!」

ユアンは眉を寄せた。

「何の話?」

ニルスがエナを見る。

「まだ何も決まってない」

マルクも言う。

「まず試験だろ」

「試験?」

ユアンが聞き返すと、3人とも一瞬黙った。エナが口を押さえる。

「私、何も言ってません」

「言っただろ」

その時、赤鹿亭の入口から組合職員が顔を出した。

「ユアン・クロウさん。支部長がお呼びです」

卓の空気が微妙に変わる。ノアが笑いを堪えている。ユアンは全員を見る。

「何か知ってる?」

シキナは視線を逸らした。ガルドは普通に食べている。フィアは笑っている。ルゥだけが肉を見ている。

「嫌な感じしかしないんだけど」

組合へ向かう間、ユアンは理由をいくつか考えた。黒晶レッサーキマイラ戦で無茶をした件。防衛班の報告。イリスから追加の聞き取り。どれもあり得る。支部長室へ入ると、バルドが机の向こうで書類を読んでいた。

「来たか」

「呼ばれた」

「まず説教だ」

「やっぱり?」

バルドが紙を机へ置く。

「自分の身体に雷を流したそうだな」

「もう広まってる」

「フィアからじゃねえ。ノアの戦闘報告だ」

裏切られた気分になった。

「報告するだろ、普通」

そこにいないノアへ言われた気がする。バルドは太い指で机を叩いた。

「緊急時の判断として全部否定はしねえ。だが、自分を壊す戦い方を常用するな。使うたびに身体が削れる手札は、手札じゃなく借金だ」

ユアンは少し考える。

「分かった」

「今回は素直だな」

「何回も言われたから」

「なら最初から聞け」

反論できない。バルドはしばらく睨んだ後、別の書類を取り出した。

「次だ」

ユアンの前へ置く。上部に組合印がある。

「何これ」

「読め」

文字を追う。途中で止まる。《C級昇格試験・受験資格認定》と書かれていた。もう1度読む。文字は変わらない。

「……C級?」

「違う」

即答だった。

「試験を受けていいってだけだ」

「まだD級?」

「当たり前だ」

何となく損をした気分になる。

「じゃあ何でみんな知ってたんだよ」

「推薦審査の聞き取りしたからだ。ノア、シキナ、最近組んだ連中にも確認した」

ユアンは書類へ目を落とす。嬉しいのかどうか、すぐには分からない。7年近くD級だった。C級へ上がろうと思ったことがなかったわけではない。けれど、そのたびに実力も実績も足りず、いつしか自分はこの辺りなのだと思うようになっていた。灰鐘坑道から戻って、急に色々なものが変わった。指輪、スキル、ルゥ、シキナ、フィア、ガルド。それだけで資格が出たのなら、自分の力という感じがしない。

「黒晶レッサーキマイラの件?」

バルドが首を振る。

「それ1つじゃねえ」

書類を指で叩く。

「7年間のD級活動。解体士としての技術。灰鐘坑道からの生還後に積んだ依頼。翡翠樹洞と黒鉄地下城の調査。C級相手の戦闘記録。今回の街道防衛。孤立隊の救出。B級相手に力量を越えて正面へ突っ込まなかった判断。全部だ」

ユアンは黙る。

「強くなったからじゃねえ」

バルドが言った。

「C級ってのは、自分より弱い奴を連れて帰る側にもなる」

その言葉で、ノアの姿が浮かんだ。鎧牙イノシシが出た時、マルクたちを迷わず下げた。救助ではユアンの案を聞き、ニルスの情報を確認し、自分で実行を決めた。黒晶レッサーキマイラ戦でも、避難民と班員と自分の魔力を全部見ながら障壁を張っていた。いつも横にいたから気づきにくかった。ノアはすでに、自分より弱い者を連れて帰る側にいた。

「俺にできるかな」

口から出た。バルドはすぐ答えない。

「だから試験がある」

その答えが妙に納得できた。資格は、できるという証明ではない。できるか試していいという許可だ。

「受けるか?」

ユアンは書類を見る。迷いは長くなかった。

「受ける」

「なら日程は後で連絡する。それまではD級だ。浮かれるな」

「そこ何回言うんだよ」

「お前が勘違いしそうだからだ」

支部長室を出ると、廊下にノアたちがいた。

「待ってたの?」

ノアが真っ先に聞く。

「C級?」

ユアンは書類を見せる。

「受験資格」

「じゃあまだD級か」

「お前まで言う?」

フィアが笑う。

「落ちたらもっと笑える」

「応援する気ある?」

「あるから笑うの」

ガルドが腕を組む。

「試験では迷うな」

「内容も知らないのに?」

「何をやっても同じだ」

シキナが書類を見る。

「やっと入口だね」

「7年やって入口か」

「遅い?」

ユアンは少し考えた。以前なら、遅いと思ったかもしれない。もっと早く強くなれたら。もっと才能があったら。そう思うことは何度もあった。今は、7年やったから分かることもあると思える。

「いや。今でいい」

シキナが小さく笑った。赤鹿亭へ戻ると、マルクたちも待っていた。エナがすぐ手を出す。

「受かったら奢りです」

「まだ受験資格」

ニルスが横から言う。

「だからまだ奢らなくていい」

「受かったらですよ」

マルクがユアンの肩を軽く叩く。

「まず受けてこい」

床からルゥが見上げる。

「祝いの肉は?」

「まだ受かってない」

「入口でも祝いは必要だ」

女将が厨房から声を出す。

「今日は1皿くらい出してやるよ」

ルゥの耳が立つ。

「3皿」

「お前の祝いじゃない!」

食堂に笑いが広がった。ユアンは席へ座り、鞄へ書類をしまった。折れないように、いつもより丁寧に入れる。まだD級だ。B級には届かない。A級相手なら逃げるしかない。指輪が何なのかも、ルゥが何者なのかも、地下で何が起きているのかも分からない。分からないことは多い。それでも灰鐘坑道から逃げ帰った時とは違う。あの時は、自分が生き残ったことだけで精一杯だった。今は誰かが後ろにいる時、その人間まで帰す方法を考えるようになった。強くなったと言い切れるほど、自信はない。ただ、進んではいる。女将がルゥの前へ肉を置いた。

「1皿だけだよ」

「交渉の余地は?」

「ない」

「世知辛いな」

ユアンは笑った。明日になれば、また仕事がある。その先には試験もある。今日はまだ、いつもの飯を食べればいい。

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