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D級解体士、魔獣の力を喰らう~素材を残すか、力に変えるか~  作者: ふゆ夜熊
力の使い方

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24/48

滑空

黒鉄工房で剣を改修してから5日後、ユアンはガルドと一緒にパナリア北西の断崖地帯へ向かった。

依頼は、崖沿いの街道を通る荷運び隊を襲っているC級《滑空トカゲ》の討伐だった。滑空トカゲは翼を持たない代わりに、前脚から胴体へ薄い膜を張り、高所から滑るように移動する。崖から崖へ渡るため、地上だけを見ていると突然頭上から襲われる厄介な魔獣だった。

同行はユアン、ルゥ、ガルドの3人だけだ。

崖道を歩きながらガルドが聞く。

「今日はノアもシキナもいないんだな」

「2人とも別の仕事だ」

「なら障壁もA級もなし」

「最初からその予定だろ」

ガルドは肩へ担いだ片刃剣を軽く持ち直した。

ユアンは指輪の状態を確認する。探索中は《瞬駆》《暗視》《気配希薄》をすぐ使える状態にしていた。滑空トカゲは崖壁の裂け目へ潜むことが多く、日陰の洞穴を確認するには《暗視》が役に立つ。《振動感知》は滑空中の相手にはほとんど意味がない。

《電流》は休ませている。断崖で腕や脚が痙攣すれば、魔獣より先に自分が死ぬ。ガルドはまだ、その能力の存在自体を知らない。

ルゥが先を歩きながら鼻を動かした。

「獣臭い」

「方向は?」

「上」

3人が見上げる。

黒い岩壁の途中に細い裂け目があり、その周囲だけ白い糞跡が残っていた。

ガルドが地面へしゃがむ。

「荷馬車の骨じゃないな」

裂け目の下には小型獣の骨が散っている。

ユアンは1本拾って見る。

「山羊系。まだ新しい」

「巣か?」

「可能性はある」

ガルドはすぐ登ろうとしなかった。

「上から見られてる前提で行くぞ」

ユアンは頷く。

2人で左右に分かれ、ルゥを少し後ろへ置く。裂け目へ近づくにつれて影が濃くなる。

ユアンは《暗視》を使った。

暗がりの中に岩肌の輪郭が浮かぶ。

何もいない。

ただし、奥の壁に新しい爪痕があった。

「今はいない」

「なら周回してる」

ガルドが空を見る。

「戻る場所がここなら、待つ手もある」

「でも街道をまた襲うかもしれない」

「じゃあ先に見つける」

崖沿いをさらに進む。

しばらくして、ルゥが低く唸った。

「来る」

ユアンが振り向く。

風の音が変わった。

滑空トカゲは声も立てず、上の岩棚から飛び出していた。全長は4メートル近く、灰青色の鱗に覆われた細長い身体を持ち、前脚から脇腹まで半透明の膜が張っている。尾は身体と同じくらい長く、空中で左右へ振って姿勢を変えていた。

「伏せろ!」

ガルドが叫ぶ。

滑空トカゲが頭上を滑る。

前脚の爪が岩へ触れ、火花が散った。

ユアンは剣を抜く。

滑空トカゲはそのまま下の岩棚へ着地し、すぐ次の崖へ向かって走る。

「追うぞ」

ガルドが先に動く。

ユアンとルゥも続く。

直線で追っても距離は縮まらない。滑空トカゲは斜面を走って再び飛び出し、低い谷を越えた。

ユアンは滑空中の尾を見る。角度が変わるたび進路もわずかに変化している。

「飛んでるんじゃない。落ちながら進んでる」

ガルドが頷く。

「なら低い場所からは上がれない」

次に滑空するには、また斜面を登る必要がある。

「着地点を追うんじゃなく、登り口を塞ぐ」

ガルドがユアンを見る。

「どこ」

ユアンは右手の細い尾根を指した。

「あそこを登る。次に飛ぶなら、あの岩棚まで上がるはずだ」

「外したら?」

「走る」

「分かりやすい」

3人は左右に分かれた。

ガルドが谷側から滑空トカゲを追い、ユアンとルゥは尾根を回る。

途中でユアンは岩陰へ入った。

「少し待って」

ガルドが遠くから振り返る。

「何してる」

「準備」

「長いな」

「俺もそう思う」

ユアンは《暗視》を休ませ、《硬化》をすぐ使える状態へ切り替えた。これで《瞬駆》《気配希薄》《硬化》の3つとなり、崖上の接近戦にはこちらの方がいい。

ガルドは何も聞かず、切り替えが終わるまで周囲を見ていた。

「終わった」

「次から戦う前にやれ」

「そのつもりだった」

「言い訳も遅い」

ユアンは返事をせず走った。

予想通り、滑空トカゲが谷底から斜面を登り始める。

ガルドが下から片刃剣を振り、進路を左へ限定した。

滑空トカゲは斜面を蹴り、尾根の上へ飛び出す。

そこにユアンとルゥがいた。

ルゥが正面へ走る。

滑空トカゲは止まらない。

前脚を広げる。

また滑空するつもりだ。

「右を塞げ!」

ユアンが叫ぶ。

ルゥが右へ回る。

滑空トカゲは左へ身体を捻った。

ユアンは《気配希薄》を使い、岩陰へ消えるように回り込む。

魔獣の視線がルゥへ向いた。

その間に《瞬駆》で距離を詰める。

剣を膜の付け根へ振る。

浅い。

薄い膜そのものは切れたが、根元の腱は硬い。

滑空トカゲが尾を振った。

ユアンは腕へ《硬化》を集中して受ける。

衝撃で身体が横へ流れた。

崖際まで3歩。

危ない。

「下がれ!」

ガルドの声が飛ぶ。

ユアンは追撃せず、内側へ戻る。

滑空トカゲは切れた膜を広げた。

左右の張りが違う。

そのまま崖から飛び出す。

「落ちるぞ」

ルゥが言う。

「いや」

ユアンは尾を見る。

滑空トカゲは左へ大きく傾きながらも、尾を反対へ振って姿勢を戻した。

「まだ滑れる」

ただし距離は短い。

下の岩棚へ着地する。

ガルドが先回りしていた。

片刃剣が地面へ叩き込まれ、滑空トカゲの進路を変える。

「上へ戻すな!」

「分かってる!」

ユアンとルゥが斜面を下る。

滑空トカゲはガルドへ噛みつく。

ガルドは正面から受けない。半歩ずつ位置を変え、魔獣を崖壁側へ追い込んでいく。

派手な技はない。

だが滑空トカゲが走り出せる直線を少しずつ消していた。

ユアンは前回の模擬戦を思い出す。

相手が動いてから選ぶのでは遅い。

自分が何をするか先に決める。

「ルゥ、正面で吠えろ。飛び込むな」

「なぜだ」

「俺が左へ入る」

「分かった」

返事が早かった。

ルゥが正面へ出て牙を見せる。

滑空トカゲが首を向ける。

ユアンは左へ走り、岩の陰で1度視線を切った。《気配希薄》を使う。

ガルドが右側を潰している。

逃げ道は中央しかない。

滑空トカゲが前へ出た。

ユアンはそこで待っていた。

《瞬駆》で懐へ入り、さっき傷つけた膜の根元へ剣を入れる。

今度は腱まで切れた。

滑空トカゲが大きく崩れる。

滑空膜が片側だけ垂れ下がった。

「もう飛べない!」

ガルドが叫ぶ。

滑空トカゲがユアンへ爪を振る。

左肩だけ《硬化》する。

爪を受け流す。

完全には止めず、身体を回して衝撃を逃がす。

そのまま首の横へ回る。

解体で知っている位置へ刃を入れる。

だが浅い。

鱗が硬い。

滑空トカゲが暴れる。

ガルドの片刃剣が反対側から地面へ刺さり、魔獣の身体を壁際へ押し戻した。

「今だ」

ユアンは同じ場所へ剣をもう1度入れた。

今度は深い。

刃を寝かせ、首の奥へ押し込む。

滑空トカゲの力が抜けていく。

ユアンは動かなくなるまで離れなかった。

討伐証票が光る。

そこで剣を抜いた。

ルゥが身体を震わせ、鱗の粉を落とす。

「俺の出番が少ない」

「吠えただろ」

「犬の仕事みたいに言うな!」

「狼の仕事だった」

「ならいい」

ガルドが死体へしゃがみ、残った滑空膜を広げた。

「片側は使える。軽装防具や滑空具の素材になるし、高いぞ」

ユアンは死体を見る。

処分権は契約上、主討伐者であるユアンにある。ガルドは固定報酬だ。

右手を伸ばしかけて止める。

ガルドが気づいた。

「何で迷ってる」

「素材にするか、核にするか」

「核?」

「俺の固有スキル」

ガルドは少し考えた。

「魔獣を石にして、死体を消すやつか」

「知ってた?」

「組合登録されてるだろ。使い道がないって話も」

ユアンは黙る。

ガルドが膜を指で弾いた。

「これを捨ててまで作る理由があるのか」

「ある」

「なら作ればいい」

ユアンは少し意外に思った。

「聞かないのか」

「聞いてほしいのか?」

「いや」

「なら聞かん」

ガルドは立ち上がる。

「お前の処分権だ」

その態度が、かえってユアンを迷わせた。素材の価値を知っているからこそ、捨てる理由があるなら本人が決めるつもりなのだろう。

「ガルド」

「何」

「誰にも言うな」

ガルドが眉を上げる。

「内容を聞いてから決める、って言ったら?」

「話さない」

「なら言わん」

即答だった。

ユアンは右手の指輪を見せる。

「俺が作った核を、この指輪が吸収する」

ガルドの目が黒銀の輪へ向く。

「それで?」

「吸わせると、その魔獣に由来する能力を1つ使えるようになる」

ガルドはしばらく黙った。

それからユアンを見る。

「模擬戦の速さも?」

「《瞬駆》」

「気配が薄くなるのも?」

「《気配希薄》」

「身体を固くするのも?」

「《硬化》」

「他にもある?」

「ある。でも全部を使えるわけじゃない」

ガルドはそれ以上、能力名を聞かなかった。

「全部別か」

「ああ」

「何が手に入るか、核にする前に分かる?」

「分からない」

ガルドの目が滑空トカゲへ戻る。

「じゃあ、この膜を全部捨てて、何が出るか分からない方を選ぶわけか」

「そうなる」

「博打だな」

「否定はしない」

「能力が増えることと、強くなることは同じじゃないって言っただろ」

「覚えてる」

「それでも?」

ユアンは少し考えた。

「今回は選ぶ」

「理由は?」

「分からないものを増やしたいから、だけじゃない。今まで取ったものがどう繋がるかも見たい。でも、これが正しいかは結果が出ても分からないと思う」

ガルドはほんの少し笑った。

「前よりはましな答えだ」

ユアンは《スキル核作成》を使った。

滑空トカゲの身体が淡い粒子へ変わる。鱗も骨も、残っていた滑空膜もすべて消え、透明な核だけが残った。

ガルドは最後まで見ていた。

「本当に全部消えるんだな」

「だから迷う」

ユアンは核を指輪へ近づける。

光が吸い込まれる。

頭の奥へ新しい感覚が流れ込み、それが《滑空》だと分かった。

「何だった」

「《滑空》」

ガルドが崖を見る。

「飛べる?」

「名前だけなら無理そう」

「試すか」

安全な場所まで移動し、ユアンは《気配希薄》を休ませ、《滑空》をすぐ使える状態へ切り替えた。《瞬駆》《硬化》《滑空》の3つになる。

最初は高さ2メートルほどの岩から試す。

飛び降りた瞬間、身体の周囲に見えない膜が広がるような感覚がした。

落下が緩くなる。

前へ進む。

だが上には行かない。

そのまま数メートル先へ着地した。

ルゥが言う。

「飛べてないぞ」

「滑ってるんだよ」

ガルドも頷く。

「名前の通りだな」

「もう少し高いところなら距離が出そう」

「先に低いところで姿勢を覚えろ」

ガルドはすぐ止めた。

何度か試すと、左右へは曲がれるが、風に大きく影響され、上昇はほとんどできないと分かった。ユアンは次に《瞬駆》との接続を考えた。

着地直前、《滑空》を切って《瞬駆》を使う。

身体が前へ弾かれた。

着地の衝撃と加速が重なり、膝に強い痛みが走る。

「痛っ」

ガルドが呆れた顔をする。

「今ので分かっただろ」

「ああ。直接繋ぐと脚がきつい」

「膜を残して防具にした方が良かったかもな」

「まだ判断早いだろ」

「比較できなきゃ選択にならん」

ルゥが高い岩を見上げる。

「俺ならもっと上手く飛ぶ」

「飛ぶんじゃなくて滑る」

「細かい!」

ユアンは膝をさすりながら立ち上がった。

ガルドが横から言う。

「変な動きがまた増えたな」

「強くなった?」

「選べることが増えた」

「同じじゃない?」

「違う」

ガルドは少し間を置く。

「でも、前より迷わなくなった」

ユアンは少しだけ笑った。

崖下から吹き上がる風が、3人の服と銀灰色の毛を揺らしていた。

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