流す道
右腕の痺れが完全に消えた翌日、ユアンはフィアと一緒に黒鉄工房を訪れた。
炉の熱が入口まで流れ、金属を打つ音が奥から規則正しく響いている。ゴードンは作業台の前で剣身を固定し、リオは細い金属線を束ねていた。
ゴードンがユアンを見るなり眉を寄せる。
「今度は何だ」
「まだ何も言ってない」
「お前が来る時は大体何か壊れたか、変な注文を持ってきた時だ」
リオが顔を上げる。
「靴?」
「今日は剣」
「壊したの?」
「壊してない」
ゴードンは手を止めた。
「なら帰れ」
「相談がある」
「ほら来た」
フィアが横で笑った。
ユアンは腰の剣を抜き、作業台へ置いた。
「弱い電気を流せるようになった」
ゴードンの表情が止まる。
「何を?」
「電気」
「聞こえてる。何でだ」
「固有能力みたいなもの」
横でフィアが何も言わない。指輪の秘密を話さないという約束を守っている。
ゴードンはユアンをしばらく見た後、考えるのをやめたらしい。
「で、その電気を剣に流したい?」
「ああ」
「自分の身体に流すよりはましだな」
フィアが即座に言う。
「もう流した」
ゴードンがゆっくりユアンを見る。
「馬鹿か?」
「今日はそれを言われに来たんじゃない」
リオが吹き出す。
フィアは腕を組んだ。
「私も同じこと言った」
ゴードンは剣を持ち上げ、柄から刀身までを見る。
「今のままでも金属だから通らなくはない。ただし、どこを通るか分からん。柄に戻ればお前が食らう」
「だから流す道を作りたい」
「そういう注文なら話は早い」
作業台へ数種類の素材が並べられた。
銅に似た赤金属、細く加工した銀色の線、黒い樹脂質の板、魔獣の角を薄く削った絶縁材。リオが別の箱から青灰色の細い繊維を取り出す。
「サンダーバードの羽軸もあるよ」
ユアンが見る。
「この前の討伐分?」
「組合から市場に出た別個体の素材。あなたが倒したやつじゃない」
フィアが念を押すように言った。
ユアンが核化したサンダーバードは、羽も嘴も魔核も残っていない。ここにあるのは討伐隊が倒した別個体から回収され、正規に売却された素材だった。
ゴードンは青灰色の羽軸を曲げる。
「雷属性を帯びても焼けにくい。電気そのものを作る力はないが、通り道には使える」
「それでいい」
「本当にそれだけでいいのか?」
「剣に勝手に雷を出してほしいわけじゃない」
リオが頷く。
「魔剣を作るんじゃなくて、ユアンの電気を流しやすくするだけ?」
「ああ」
素材代の見積もりを見たユアンは、思ったより高い額に顔をしかめた。
「羽軸だけでこれ?」
ゴードンが鼻を鳴らす。
「サンダーバードはC級だぞ。導電性が安定した部位だけ選べば安くはならん」
フィアが横から言う。
「自分で倒したやつ残してれば買わなくて済んだのに」
「言うと思った」
「だって事実でしょ」
ユアンは代金を払った。核を選んだ時点で、素材を失うだけではなく、後から必要になれば別個体の素材を金で買うことになる。その不便まで含めて選択の代価なのだと、財布が教えてくれた。
ゴードンが鼻を鳴らす。
「ようやくまともな注文を覚えたな」
「前もまともだっただろ」
「《瞬駆》に耐える靴を急に作れって言った奴が言うな」
改修方針はすぐ決まった。
刀身そのものは変えず、柄の芯から刃へ電気が抜ける経路を作る。手が触れる部分には絶縁性の高い樹脂と魔獣角を挟み、電気が掌へ戻りにくい構造にする。鍔にも細い導電路を設け、流れが刃側へ逃げるように調整する。
フィアが設計図を覗き込む。
「ここ、濡れたら?」
ゴードンが答える。
「絶縁が落ちる。完全には防げん」
「雨の日は危ない?」
「危ない。水場で使えばもっと危ない」
ユアンが言う。
「なら雨の日は出力落とす」
「使わないという発想は?」
フィアが聞く。
「必要なら使う」
「その返事嫌い」
ゴードンも頷いた。
「俺もだ」
「味方がいない」
作業には半日ほどかかった。
その間、フィアは工房の裏でユアンへ雷魔法の基礎を説明した。電気は通りやすい場所へ流れること、金属だけでなく湿った地面や水分を含む身体も経路になること、狙った相手だけへ流すには周囲の条件を見る必要があることを教える。
「魔法なら術式である程度制御できるけど、あなたの《電流》はそこまで器用じゃない」
「だから剣を道にする」
「そう。ただし、剣から相手へ流れた後にどこへ抜けるかは別問題」
「鎧が金属なら?」
「通りやすい。でも相手の身体へ全部入るとは限らない。地面へ逃げることもある」
ユアンは頷く。
単純に刃へ電気を乗せれば強くなるわけではない。
どこから入り、どこへ抜けるかまで考える必要がある。
夕方、改修した剣が戻ってきた。
見た目はほとんど変わらない。柄巻きの下へ黒い絶縁材が加わり、鍔から刀身の根元へ細い銀線が見える程度だ。
「試すぞ」
ゴードンが工房裏の試験場へ導く。
木の標的では電気の通り方が分かりにくいため、湿らせた獣皮を巻いた金属杭を使う。
ユアンは剣先を杭へ触れさせた。
《電流》を弱く流す。
青白い火花が柄から散らず、刀身を走って剣先へ集まる。
金属杭の表面で小さな音が鳴った。
「戻りは?」
ゴードンが聞く。
「ほとんどない」
「出力上げるなよ」
フィアがすぐ言う。
「分かってる」
少しだけ強める。
火花が大きくなり、湿った獣皮が焦げた。
右手には弱い痺れが戻ってきた。
ユアンはすぐ止める。
「今の」
フィアが聞く。
「少し戻った」
ゴードンが剣を受け取り、柄を確認する。
「完全絶縁は無理だ。流した分の一部はお前にも戻ると思え」
「手袋厚くする?」
リオが聞く。
「厚くしすぎると剣の感覚が死ぬ」
ユアンが答える。
「じゃあ内側だけ絶縁布にする?」
「それなら試す価値ある」
リオはすぐ作業台へ戻った。
ユアンは改修した剣を見る。
試験はそこで終わらなかった。ゴードンは金属杭の下へ乾いた木板を敷き、次に湿った土へ直接立てた状態でも同じ出力を試させた。乾いた木板の上では剣先に火花が集中したが、湿った土へ替えると光は弱くなり、地面へ逃げるように散った。
「同じ力でも相手と足場で変わる」
ユアンが言う。
フィアが頷く。
「だから雷は面倒なの。金属鎧だから必ず効く、水場だから必ず強くなる、みたいに単純じゃない。流れる道ができて初めて結果が決まる」
リオが絶縁布を巻いた試験用の柄を渡す。
「こっちは?」
ユアンが握り、もう1度弱く流す。さっきより掌へ戻る刺激が減った。
「こっちの方がいい」
「じゃあ本番の柄も内側にこれ入れるね」
ゴードンが言う。
「ただし布が裂けたら終わりだ。定期的に外して見ろ」
「装備の点検項目が増えるな」
「能力を増やすたびに道具まで増やしてるのはお前だ」
言い返せなかった。
武器が能力を得たわけではない。
電気を作っているのは自分だ。
剣はその力を通すための道にすぎない。
それでも、素手で触れなければ使えなかった力を武器の先まで伸ばせるだけで選択肢は増える。
フィアがユアンの横顔を見る。
「今、また危ないこと考えてる?」
「何も」
「嘘」
「どうして毎回分かるんだ」
「顔」
「そんなに出る?」
ゴードンとリオが同時に頷いた。
ユアンは少し傷ついた。
「何を考えた」
フィアが聞く。
「《瞬駆》で入って、剣から《電流》を流せば」
「それは普通」
「その前に身体へも流せば、反応も早くできる」
フィアの顔が険しくなる。
「やめなさい」
「まだ考えただけ」
ゴードンが低い声で言う。
「装備はお前の身体まで丈夫にはしてくれんぞ」
ユアンはゴードンを見る。
「分かってる」
「分かってる奴は、自分から神経焼く組み合わせを考えん」
「焼くほど流さない」
「加減を失敗したら?」
返事が止まる。
フィアが畳みかける。
「《瞬駆》だけでも脚に負担かかるんでしょ。その上、筋肉の反応を無理やり早めたら、動ける速度と身体が耐えられる速度がずれるかもしれない」
その可能性は考えていなかった。
反応が早くなれば、判断と動作開始は速くなる。しかし《瞬駆》で身体そのものを加速させた時、腱や関節まで強くなるわけではない。《硬化》を使えば守れる部分は増えるが、3つしか同時にすぐ使えない。
《瞬駆》《電流》《硬化》を同時にすぐ使える状態にすれば、組み合わせだけ見れば強い。
だが《気配希薄》も《振動感知》も使えなくなる。
しかも3つ全部が身体へ負担をかける方向だ。
ガルドの言葉が頭へ戻った。
選択肢が多いほど、選べ。
「今すぐはやらない」
ユアンが言う。
フィアが目を細める。
「今すぐ“は”?」
「安全な使い方が分かるまでは」
「それならぎりぎり許す」
「許可制なのか」
「秘密を聞いた責任」
フィアは平然と言った。
ゴードンが2人を見る。
「何の秘密だ」
ユアンとフィアの返事が重なる。
「何でもない」
ゴードンは怪訝な顔をしたが、追及はしなかった。
代わりに改修した剣をユアンへ返す。
「これで完成じゃねえ。使って問題が出たら戻せ。特に雨と水場では信用するな」
「分かった」
「あと、痺れたらその日はやめろ」
フィアが追加する。
「それも分かった」
「胸に流さない」
「分かった」
「強くしない」
「分かったって」
リオが笑う。
「ユアン、監督増えたね」
「最近多い」
工房を出る頃には日が傾いていた。
ユアンは歩きながら剣の柄を握る。
以前なら、新しい能力を得ればまず強く使う方法を考えたかもしれない。
今は、どう流すかだけでなく、何と組み合わせないか、どこでは使わないかまで考える。使い方を決めることは、使わない場面を決めることでもあった。
隣を歩くフィアが言った。
「少しは学んだ?」
「たぶん」
「その言葉だけは学ばないわね」
ユアンは笑いながら、剣から手を離した。




