雷の魔術師
サンダーバードの討伐から2日後、ユアンは組合裏の小訓練場で短剣を握っていた。
人目の少ない朝を選び、ルゥには入口側を見てもらっている。すぐ使える状態にしているのは《瞬駆》《電流》《硬化》の3つだった。
ユアンは短剣の刃へ指先を添え、《電流》を弱く流す。
青白い火花が金属の表面を走った。
直接指先から放つより、刃へ沿わせた方が散りにくい。
「もう1回」
独り言のように呟き、今度は柄から刃先へ流そうとした。
「何をもう1回?」
背後から声がした。
ユアンの肩が跳ねる。
振り向くと、フィアが訓練場の入口に立っていた。栗色の短髪を片側だけ耳へかけ、腕を組んでこちらを見ている。
ルゥはその横で平然と座っていた。
「見張りは?」
「敵ではない」
「そういう問題じゃない」
フィアが近づく。
「で、今の何?」
ユアンは短剣を下げた。
「少し電気を流した」
「それは見れば分かる」
「じゃあ何を聞いてる」
「何であなたが電気を流せるのって聞いてるの」
ユアンは黙る。
フィアの目が細くなった。
「ねえ」
「何だ」
「それ、サンダーバードと関係ある?」
返事をするまでに、ほんのわずかな間が空いた。
フィアは見逃さなかった。
「やっぱり」
「まだ何も言ってない」
「サンダーバードをわざわざ核にした。その2日後に、あなたが電気を使ってる。無関係だって言う方が難しいでしょ」
ユアンは短剣を鞘へ戻した。
「偶然かもしれない」
「そんな都合のいい偶然ある?」
「世の中にはあるかも」
「じゃあ聞き方変える」
フィアはユアンの右手ではなく、腰の革袋を見るように視線を落とした。
「《スキル核作成》で作る核って、本当にただの結晶?」
ユアンの表情が止まる。
フィアは続けた。
「あの時、あれだけ高い素材を全部捨てた時点で変だと思ってた。核そのものに魔獣の性質が残るとか、そういうことじゃないの?」
「どうしてそこまで考える」
「サンダーバードの後だから」
即答だった。
「雷を使う魔獣を核にした直後、あなたが雷を使えるようになった。だったら、核が何か影響してるって考えるのが普通でしょ」
ユアンは少し黙った。
推測としてはかなり近い。ただし指輪までは届いていない。
フィアは腕を組んだまま言う。
「言えないなら無理には聞かない。でも、その電気を自分に流そうとしてるなら話は別」
「何で分かる」
「短剣で試す前に、自分の指先から出してたでしょ」
「見てたのか」
「来た時に」
フィアは呆れた顔をする。
「仕組みも分からない力を自分の神経に流す気なら、こっちも何も知らないまま手伝えない」
それは正論だった。
ユアンはルゥを見る。
ルゥは欠伸をしている。
「言うのか?」
「たぶん」
「好きにしろ。主の秘密だ」
ユアンは周囲を確認し、訓練場の扉を閉めた。
「誰にも話すな」
フィアは少し眉を上げる。
「内容次第って言いたいけど、それじゃ話さないんでしょ」
「ああ」
「分かった。誰にも言わない」
ユアンは右手の黒銀の指輪を見せた。
「灰鐘坑道で拾った」
「それが?」
「俺が作った核を吸収する」
フィアの目が指輪へ落ちる。
「吸収?」
「核を近づけると、この指輪が取り込む。そうすると、その魔獣に由来する能力を1つ使えるようになる」
数秒、フィアは何も言わなかった。
やがて顔を上げる。
「じゃあ、サンダーバードの核も」
「これに吸わせた」
「それで今の電気?」
「《電流》って能力だった」
フィアは右手で額を押さえた。
「ちょっと待って。核にする前から何が取れるか分かってた?」
「分からない」
「……あれだけ高いサンダーバードを全部消して、何が出るか分からない核を作ったの?」
「そうなる」
「思ってたより危ないことしてるわね、あなた」
「金の話?」
「それもあるけど、それだけじゃない」
フィアは指輪を指す。
「その指輪が何なのかも分からないんでしょ」
「分からない」
「核を吸わせ続けて何が起きるかも?」
「分からない」
ルゥが横から言う。
「俺が出た」
フィアがルゥを見る。
「それ、安心材料になってないから」
「失礼だな」
ユアンはこれまで分かっている範囲を説明した。保持できる能力は複数あるが、すぐ使えるのは3つだけで、切り替えには集中が必要なこと、同じ種の重複核は指輪が受け付けないこと、《硬皮》は上位らしい《硬化》へ統合されたこと、ルゥもユアンがすぐ使える状態にした3つだけを共有することまでだ。
フィアは途中から完全に技術者の顔になっていた。
「何個持ってる?」
「今は6つ」
「全部、魔力で動かすの?」
「魔法とは違う。指輪側の力を使う感じだ」
「出力は調整できる?」
「能力による。《硬化》はできる。《瞬駆》はある程度。《電流》はまだ試してる途中」
「面白い」
「顔が怖いぞ」
「失礼ね」
フィアはすぐ杖を取り出した。
「見せて。《電流》」
「今?」
「秘密まで聞いたんだから、何が危ないかくらい確認する」
訓練場の端に置かれた金属板を使う。
ユアンが指先から《電流》を流すと、小さな火花が走った。
フィアも杖を向ける。
「同じ板に当てるから離れて」
短い詠唱の後、青白い雷が杖先から飛んだ。
音から違う。
ユアンの《電流》が細い刺激なら、フィアの雷は空気そのものを裂く。彼女は次に出力を下げ、雷を地面へ這わせ、その後で2つの金属板へ枝分かれさせた。
「こんな感じ。私のは魔力を術式で雷へ変えて、形と出力を調整してる」
ユアンが自分の指を見る。
「比べると地味だな」
「比べる相手が悪いのよ」
「自分で言う?」
「事実でしょ」
フィアはユアンの火花をもう1度見る。
「でも、変」
「何が」
「これ、雷魔法よりサンダーバードの放電に近い」
「分かるのか?」
「少なくとも術式じゃない。あなた、詠唱も魔力の組み替えもしてないでしょ」
「してない」
「だったら魔法じゃない。魔獣が身体の中で電気を作って流してた、その性質だけ持ってきてる感じ」
フィアは少し考える。
「やっぱりスキル核の時点で、魔獣の何かが残ってるんじゃない?」
「核が?」
「指輪が能力を作ってるんじゃなくて、核に残った性質を読み取ってるとか」
ユアンはルゥを見る。
ルゥの耳が動いた。
「力をまとめて持たせるものだった気がする、と言っただろう」
「それと繋がるかもしれないな」
フィアはさらに聞いた。
「他の能力も、その魔獣らしいものなの?」
「夜爪猟犬から《暗視》、震尾蜥蜴から《振動感知》、影猫から《気配希薄》が出た」
「なら偶然じゃなさそうね」
「何が」
「核に残るもの。何でも好きな能力が出てるんじゃなくて、その種が生きるために使ってる性質が1つ残ってるように見える」
ユアンは黙って考える。同じ種から同じスキルが出ることは、これまでの試行でも一致していた。
「指輪が勝手に能力を作ってるなら、種ごとに固定される理由が薄いか」
「そう。だから私は、核を作った時点で何かの情報が入ってる方を疑う」
フィアは指輪を指した。
「これはそれを読んで、あなたが使える形にしてるんじゃない?」
「まだ仮説だな」
「当然。分からないものを分かったことにしない」
その言い方に、ユアンは少しだけ笑った。
ただし仮説にすぎない。核そのものが能力情報を持つのか、指輪が死体から何かを引き出しているのかはまだ分からない。
フィアが手を叩いた。
「そこは後。問題はあなたが何しようとしてたか」
「身体に流したらどうなるか見たかった」
「やっぱり」
フィアは木剣を2本取った。
「弱く。腕だけ。変だと思ったら即やめる」
「分かった」
向かい合う。
フィアがゆっくり木剣を突き出す。
ユアンは受ける。
何度か繰り返して速度を覚える。
次に、前腕へほんの弱い《電流》を流した。
痺れるほどではない。
フィアが突く。
見てから腕を動かす。
木剣が少しだけ早く間へ入った。
「今の」
フィアが止まる。
「速かった?」
「移動じゃない。動き始めが少し早い」
もう1度試しても、結果は同じだった。
脚が速くなったわけでも、腕を振る最高速度が上がったわけでもない。攻撃を認識してから筋肉が動き始めるまでの間が短い。
フィアがユアンの腕を見る。
「神経か筋肉に直接作用してるのかも」
「強くしたらもっと早い?」
「やめなさい」
ユアンは少しだけ出力を上げた。
「ちょっと!」
次の瞬間、右腕が強く跳ねた。
肘が勝手に曲がり、指が開く。
木剣が地面へ落ちた。
「っ……」
前腕の筋肉が硬く痙攣する。
フィアが駆け寄った。
「だから言ったでしょ!」
「少し強かった」
「少しで腕止まってるじゃない!」
ルゥが横から覗き込む。
「弱い」
「お前は黙ってろ」
数分経っても指先の痺れが残ったため、フィアは問答無用でユアンを組合の診療所へ連れていった。
治癒術師は腕を診て、幸い大きな損傷はないと判断したが、強い電気を身体へ流せば筋肉の痙攣や神経痛だけでなく、胸部なら心臓や呼吸へ影響する可能性もあると警告した。
診療所を出ると、フィアが腕を組んで待っていた。
「聞いた?」
「聞いた」
「もうやらない?」
「強くはやらない」
「やるのね」
「使い方はありそうだから」
フィアは深く息を吐いた。
「じゃあせめて、短く、弱く、場所を限定する。胸には流さない。痺れたらその日は終わり」
「医者みたいだな」
「あなたが患者みたいなことするからでしょ」
ユアンは右手を握って開く。
まだ少し重い。
《電流》は《瞬駆》のように身体を遠くへ運んではくれない。それでも、動き始めのほんの短い遅れを削れるなら、使いどころはある。
フィアが横から睨む。
「今、危ないこと考えた?」
「考えてない」
「嘘」
「何で分かる」
「顔に出てる」
シキナにも同じことを言われた気がして、ユアンは黙った。
フィアは少し笑ってから声を落とす。
「秘密は言わない。その代わり、電気で変なことする前に相談しなさい」
「命令?」
「忠告」
「分かった」
「本当に?」
「たぶん」
「そこ直しなさいよ」
フィアの声が診療所の廊下に響いた。




