サンダーバード
ガルドとの模擬戦から4日後、ユアンはパナリア東部の岩丘陵にいた。
街道から外れた荒れ地には黒い岩山が連なり、その上空を青白い光が何度も走っている。雷をまとった大型鳥類が旋回するたび、乾いた空気が焦げた匂いを運んできた。
「4羽」
ルゥが空を見上げる。
「見えてる」
ユアンも目を細めた。
相手はC級で、翼を広げれば3メートルを超え、嘴の根元にある発電器官から強い電気を放つ。通常は単独か番で縄張りを持つ魔獣だが、今回は少なくとも4羽が同じ岩丘陵周辺へ集まり、荷馬車を襲っている。
組合は街道封鎖を避けるため、複数班をまとめて討伐隊を組んだ。
その中心に立っていたのがフィア・レイゼンだった。明るい栗色の短髪が岩風に揺れ、小柄な身体には軽量の魔術外套をまとっている。琥珀色の目は上空を忙しく追い、右手には短い魔導杖を握っていた。以前顔を合わせた時と同じく、黙っていれば可憐に見えるが、口を開けば印象はすぐ変わる。
「そこ、ぼーっとしない!」
ユアンが顔を向ける。
フィアはユアンを見つけて眉を上げた。
「あ、変な動きするD級」
「その覚え方やめろ」
「じゃあ名前」
「ユアン」
「知ってる」
「知ってるなら最初から呼べ」
フィアは笑い、すぐ空へ視線を戻した。
少し離れた位置ではガルドが地上班と合流している。大型弓を持つ傭兵と、岩場へ降りた個体を仕留める役目らしい。ユアンとルゥは街道側の抜け道を塞ぐ補助に回された。
「俺たちは逃げたやつを止める」
ユアンがルゥへ言う。
「最初から空へ行けば早い」
「飛べるのか」
ルゥが黙る。
「なら地上で待て」
「そのうち飛ぶ」
「勝手に能力増やすな」
討伐開始の合図が上がった。
フィアが杖を振る。
青白い雷光が1本、空へ伸びた。
サンダーバードが急旋回して避ける。
だが雷はそこで終わらなかった。フィアが手首を返すと、光の筋が途中で枝分かれし、別方向から2羽目へ迫る。
ユアンは思わず目を追った。
魔獣スキルとは違う。
射程も形も、その場で変わる。
1羽が高度を下げれば地面近くへ雷を這わせて上昇を強制し、2羽が重なれば出力を絞った雷を間へ通して進路を分ける。倒すだけではなく、空そのものを狭くしていた。
「器用だな」
「人間の魔法だ」
ルゥが言う。
「知ってるのか?」
「見れば分かる」
「どこまで分かる」
「それ以上は聞くな」
少し離れた岩棚で爆音が響いた。ガルドの班が1羽を地上へ追い込み、複数人で囲んでいる。
残る3羽のうち1羽が大きく鳴いた。
直後、フィアの雷が右翼へ直撃する。
羽毛が弾け、焦げた破片が散った。
サンダーバードは高度を落としたが、墜落まではしない。そのまま街道側の低い谷へ逃げようとする。
「そっち行った!」
フィアの声が飛ぶ。
次の雷撃が胸部へかすめる。
今度こそ姿勢が崩れた。
サンダーバードは岩壁へ肩をぶつけ、地面を滑るように不時着する。
「落としたけど、まだ生きてる!」
フィアはすぐ別の2羽へ向き直った。そちらを放置すれば討伐隊全体が危ない。
ユアンはルゥと走る。
岩陰を回ると、サンダーバードが片翼を引きずりながら立ち上がるところだった。右翼の羽毛は焼け、胸にも黒い火傷がある。
それでも黄色い目は死んでいない。
嘴の根元に青白い光が集まる。
「手負いだな」
ルゥが言う。
「手負いでもC級だ」
ユアンは指輪の状態を確認した。すぐ使えるのは《瞬駆》《気配希薄》《硬化》の3つだ。
「ルゥ、右から。速さは使うな」
「なぜだ」
「俺が必要になる」
「俺も必要かもしれん」
「なら先に言え」
「面倒だな」
文句を言いながらも、ルゥは普通の脚で右へ回った。
サンダーバードから青白い光が弾けた。
ユアンは横へ飛ぶ。
放電が地面へ走り、足元の石が破裂した。
次が来る。
ルゥが右から吠える。
サンダーバードの視線がほんの瞬間だけそちらへ向いた。
ユアンは岩の陰へ入り、《気配希薄》を使う。完全に消えるわけではない。それでも、1度視線を切った相手を探すには時間がかかる。
サンダーバードが首を振る。
その間に左へ回る。
フィアの雷で傷ついた翼側だ。
「そこだ」
ルゥが正面へ飛び込んだ。
サンダーバードが嘴を振る。
ルゥはぎりぎりで退く。
青白い電気が再び集まった。
今度はルゥが近すぎる。
「下がれ!」
ユアンは《瞬駆》で懐へ入った。
サンダーバードが反応し、放電の向きを変える。
避け切れない。
左前腕だけ《硬化》する。
青白い光が腕から肩へ抜けた。
「っ!」
硬くした皮膚も筋肉も、電気そのものは止めなかった。
指先が勝手に曲がり、剣を落としかける。
足の反応もほんの瞬間だけ遅れた。
サンダーバードが迫る。
ルゥが横から体当たりし、軌道をずらした。
「何をしている!」
「助かった!」
ユアンは痺れた左腕を下げ、右手で剣を握り直した。
硬さだけでは防げないのなら、次は受けない。
サンダーバードは飛べなく火傷で弱っているとはいえ、正面から押し切れる相手ではない。
ユアンは翼の付け根を見る。
フィアの雷撃で羽毛が焼け、皮膚が露出していた。
そこから胸郭の位置を考える。
解体台なら何度も刃を入れた角度だ。
「ルゥ、正面」
「また囮か」
「嫌なら俺がやる」
「俺がやる!」
ルゥが低く走る。
サンダーバードが嘴を振り下ろす。
ルゥは直前で横へ外れた。
嘴が地面へ突き刺さる。
ユアンは待っていた。
《瞬駆》で傷ついた翼側へ入る。
剣を翼の付け根の下へ差し込む。
抵抗が強い。
角度を少し上げる。
サンダーバードが暴れた。
嘴の根元が再び光る。
近すぎる。
逃げれば剣が抜ける。
ユアンは歯を食いしばり、刃をさらに押し込んだ。
放電が肩から背へ抜けた。
筋肉が勝手に震える。
それでも右手だけは離さない。
手応えが変わった。
胸の奥へ刃が届く。
サンダーバードが大きく身体を反らし、そのまま力を失った。
ユアンはすぐ剣を抜かず、呼吸と瞳の反応を確認する。
数秒後、討伐証票が淡く光った。
そこで初めて剣を抜く。
膝が少し揺れた。
「平気か」
ルゥが近づく。
「痺れてる」
「弱いな」
「お前は雷受けてないだろ」
遠くの雷鳴が止んだ。
しばらくしてフィアが岩場を駆けてきた。
倒れたサンダーバードを見て、次にユアンの焦げた袖を見る。
「あ、それ私が落としたやつ」
「かなり弱らせてもらってた」
「でしょうね。あれ、私の雷まともに受けてたし」
「それでも危なかった」
フィアは少しだけ表情を緩めた。
「ならまだ正常な感覚ね」
彼女はサンダーバードへしゃがみ、翼と胸の傷を確認した。
「私のは致命傷じゃない。最後はその剣?」
「ああ」
「胸まで入ってる。よく手負いのC級に近づいたわね」
「飛べないうちにやるしかなかった」
フィアは剣傷へ指先を近づけ、焼けた羽毛との位置関係をもう1度見た。
「これ、私が落とさなかったらどうしてた?」
「逃げてたと思う」
「即答なのね」
「飛べるC級を俺とルゥだけで追い回すのは無理だ。地上に落ちて、片翼が死んで、それでもこれだけ危なかった」
フィアは少しだけ満足そうに頷いた。
「ならいい。手負いを倒したことと、万全のC級を普通に倒せることは別だから」
「分かってる」
ユアンも自分の焦げた袖を見る。勝てた理由を間違えれば、次は同じ相手に殺される。フィアが空から落とし、飛行能力を奪った。その条件があって初めて、解体知識と《瞬駆》を届かせることができた。
「自分が電気食らってたら意味ないけど」
「それは反省してる」
「本当に?」
「たぶん」
「してない顔」
討伐隊が残りの個体を処理する間、ユアンは契約票を確認した。この個体は討伐証票上ユアンの討伐として記録されており、フィアは隊全体の固定報酬契約だ。
それでも確認しておく方がいい。
「フィア。この個体、俺の処分でいいんだよな」
「討伐判定はあなた。私は固定報酬だからいいけど」
「分かった」
ユアンがサンダーバードへ手を置く。
フィアが首を傾げた。
「……何するの?」
「核にする」
「これを?」
声が少し高くなった。
「ああ」
「待って。雷羽も残ってるよね?」
「残ってる」
「魔核も?」
「たぶん無事」
フィアはサンダーバードとユアンを交互に見る。
「それ全部消すの?」
「ああ」
「あなたの《スキル核作成》って、死体を核にすると全部なくなるんでしょ?」
「よく知ってるな」
「同行者の登録情報くらい見るわよ。それに作った核も長く残らないって書いてあった」
「そうだな」
「じゃあ、何で?」
ユアンは少しだけ間を置いた。
「試したいことがある」
「何を?」
「まだ言えない」
フィアの目が細くなる。
「……怪しい」
「否定はしない」
「そこは否定しなさいよ」
ユアンは《スキル核作成》を使った。
大きな身体が淡い粒子へ変わり、焼けた羽も、鋭い嘴も、魔核も、血もすべて消えていく。最後に透明な核だけが地面へ残った。
フィアはしばらく無言だった。
「私なら絶対売る」
「俺も少し惜しい」
「少しなのが余計に怪しい」
ユアンは核を革袋へしまった。
フィアの視線が袋へついてくる。
「それ、本当にただ消えるだけの石?」
ユアンは答えなかった。
フィアもそれ以上は聞かなかったが、納得していないことだけは顔を見れば分かった。
その日の帰還後、ユアンは人目のない部屋でルゥに見張らせ、核を指輪へ吸収させた。
細い刺激が指先から腕へ走る。
頭の奥に新しい名が浮かび、それが《電流》だと分かった。
ユアンが指先へ意識を集めると、ほんの小さな青白い火花が弾けた。
ルゥが鼻を近づける。
「弱い」
「最初から大雷撃が出ると思うな」
「フィアの方が強かった」
「比べる相手が悪い」
ユアンはもう1度だけ火花を出した。
小さい。
だが、指先へ走った感覚はサンダーバードから受けたものとよく似ていた。




