スキル共有
翌朝、ユアンは出発前に指輪の中を整理した。
《硬皮》は《硬化》へ統合され、独立した能力としては残っていない。帰路は薄暗い根道を通るため、《気配希薄》を休ませ、《瞬駆》《暗視》《硬化》をすぐ使える状態にした。
今はシキナにも仕組みを説明済みなので、隠す必要はない。
「今ので選んだ?」
シキナが聞く。
「ああ」
「何を?」
「《瞬駆》《暗視》《硬化》」
ノアが笑う。
「急に堂々と言えるようになったな」
「町では言うなよ」
「分かってる」
ルゥが出口側の風を嗅いでいる。
「早く行こう。外を見たい」
「昨日まで何年寝てたかも分からないくせに急ぐな」
「起きたからには見る」
3人と1頭は帰路についた。
しばらくして、ユアンは高い根の間で何かが動くのを《暗視》で捉えた。
「上にいる」
シキナが《暮断》へ手を伸ばす。
もう1頭。
さらに反対側にも影が動いた。
「影猫?」
ノアが嫌そうな顔をする。
「3頭はいる」
シキナが周囲を見る。
影猫は本来単独で狩る魔獣だ。昨日に続き、複数が同じ範囲で動いている。
「帰ったら報告追加だな」
ユアンが言う。
「今は?」
「生きて帰る」
「正解」
シキナが《暮断》を抜いた。
ルゥが1歩前へ出る。
「この程度、俺がやる」
「待て」
ユアンが止めるより早く、ルゥの身体が銀灰色の残像になった。
ルゥが《瞬駆》を使った。
ユアンは目を見開く。
指輪から力が抜ける感覚があった。
「今の」
ルゥは一気に根の下へ走り、降りてきた影猫へ体当たりした。
別の1頭がユアンへ跳ぶ。
ユアンも《瞬駆》を使おうとする。
発動しない。
感覚はあるのに、力が流れてこない。
「出ない」
影猫の爪が迫る。
ノアの障壁が割って入った。
「何が?」
「《瞬駆》!」
ルゥが振り向く。
「俺が使った」
「だからか!」
「知らん!」
シキナが1頭の進路へ入り、《暮断》を短く振る。影猫の前脚の腱が切れ、着地に失敗して転がった。
「確認は後」
「分かってる!」
ユアンは指輪の状態を探る。《瞬駆》はルゥ側へ流れた感覚がある。《暗視》《硬化》は自分で使える。
数秒後、《瞬駆》が戻ってくる感覚がした。
同じ力を同時には使えない。
なら分ければいい。
「ルゥ、《瞬駆》はお前が使え!」
「命令するな!」
「主なんだろ!」
「それとこれは別だ!」
「使え!」
「言われなくても使う!」
ルゥが再び加速した。
ユアンは《暗視》で根の陰を見る。3頭目の目が反射している。
「ノア、右上!」
「了解!」
障壁が斜めに出る。
影猫が飛び出し、進路を変えてユアンの正面へ落ちてくる。
前腕だけ《硬化》する。
強くしすぎれば肘が動かない。皮膚とその下の筋肉を固める程度に抑えた。
爪を籠手と前腕で受け流す。
衝撃はあるが姿勢は崩れない。
右手の剣を返し、腹へ浅く入れる。
影猫が飛び退く。
「左!」
シキナの声。
ユアンは反応するが、《瞬駆》はまだルゥが使っている。
普通に踏み込む。
その遅れをノアが障壁で埋めた。
影猫の逃げ道が塞がる。
ルゥが正面から追い込み、ユアンが横から剣を入れる。
1頭が倒れた。
シキナが腱を切った個体へ近づき、首筋へ刃を入れる。
残り1頭。
高い根へ跳ぶ。
ルゥが追う。
また《瞬駆》を使った瞬間、ユアンの胸の奥へ空虚な感覚が走った。
指輪側の力が一気に減る。
「ルゥ、使いすぎるな!」
「まだ動ける!」
「お前だけの問題じゃない!」
「何?」
ルゥが一瞬振り向く。
その隙に影猫が方向を変え、ノアへ飛びかかった。
「何でまた俺!」
ノアが障壁を出す。連戦で膜が薄い。1枚目が爪で破られた。
ユアンは《瞬駆》を使おうとするが、まだ戻っていない。
なら普通に走る。
ノアの前へ入り、左肩だけ《硬化》する。
影猫の体当たりを受けた。身体が後ろへ押されるが倒れない。
剣を右手だけで振り、脇腹へ入れる。
浅い。
ルゥが横から噛みついた。
「今!」
ユアンが同じ傷へもう1度剣を入れる。
ノアが最後の障壁を背後へ出し、逃げ道を塞ぐ。反対側にはシキナが立っている。
影猫がユアンへ向かって飛ぶ。
首元が開いた。
剣を突き出す。
刃が深く入った。
影猫が数歩よろめき、その場へ倒れる。
討伐証票が反応するまで待つ。
ノアが盾を地面へ置いた。
「今度こそ整理しよう」
「同じスキルは同時に使えない」
ユアンが言う。
シキナがルゥを見る。
「ユアンが《暗視》と《硬化》を使ってる間も、ルゥは動けてた」
「別なら同時に使える」
「俺は他も使えるのか?」
ルゥが聞く。
「今すぐ使えるようにしてる3つなら、たぶん」
「3つしかないのか」
「俺も3つだ」
ルゥが不満そうに耳を倒す。
「狭いぞ、この器」
「俺に言うな」
ノアが聞く。
「消耗は?」
ユアンは指輪へ意識を向ける。戦闘前より明らかに減っている。
「共有だ。ルゥが使った分も減ってる」
「じゃあ勝手に連発されたら困るな」
「聞いたか」
ルゥが鼻を鳴らす。
「主の力が少ない」
「指輪側の力だ」
「主の管理不足だ」
「目覚めて1日で偉そうだな」
シキナが倒れた影猫を確認しながら言う。
「でも、使い方は増えた」
ユアンが見る。
「どういう意味?」
「ユアンが見ながら、ルゥが動ける。1人なら同時にできなかった」
ノアも頷く。
「俺が止める」
シキナが《暮断》の血を拭う。
「私が切る」
ルゥが胸を張る。
「俺が全部倒す」
3人が同時にルゥを見る。
「何だ」
「最後だけ違う」
ユアンが言う。
「なぜだ」
「全部倒してない」
「次は倒す」
ノアが倒れた影猫へ近づく。
「こいつら、どうする?」
ユアンは3頭を見る。
昨日、《気配希薄》を得た時点で影猫の固定スキルは分かっている。同じ種を核にしても、新しい能力にはならない。以前、夜爪猟犬で作った重複核が指輪に拒まれたこともある。
「核にはしない」
シキナが聞く。
「同じ種だから?」
「ああ。同じものは指輪が受けない」
「それも分かってるんだ」
「前に試した」
ノアが遠い目をする。
「その時も素材を1体分消したけどな」
「もう言うな」
3頭のうち、シキナが仕留めた個体は調査試料として追加記録することにし、ユアンとルゥが主体になった個体は素材として持ち帰ることにした。今回は能力より、毛皮と爪の方が明確に価値がある。
ユアンは1頭の後脚を持ち上げる。
「帰りの荷物が増えたな」
「自分で残すって決めたんだろ」
ノアが笑う。
「そういう選択もするってことだ」
シキナが静かに言った。
ユアンは少しだけ彼女を見る。
能力を得られるからといって、何でも核にするわけではない。
そのことを説明する必要はなかった。今の行動だけで十分伝わっている気がした。
戦力が単純に2倍になったわけではない。同じスキルは同時に使えず、指輪の力も共有する。ルゥが勝手に使えば、ユアンが必要な時に使えなくなる。
それでも、自分1人なら順番にしかできなかったことを2つ同時に処理できる。その差は大きかった。
ユアンはふと思い出してルゥを見る。
「《気配希薄》は使えるか?」
ルゥが目を細める。
「何だそれは」
「今は休ませてる力だ」
「なら分からん」
「やってみろ」
ルゥがしばらく集中したが、何も起きない。
「ないぞ」
ユアンは安全を確認してから、《暗視》を休ませ、《気配希薄》へ切り替えた。数十秒かけて切り替えが終わる。
ルゥの耳が動いた。
「今、増えた」
「使える?」
ルゥの輪郭が少しだけ周囲へ馴染む。完全に消えたわけではないが、視線を外すと見つけにくくなった。
「使えるな」
ノアが腕を組む。
「つまり、ルゥが勝手に別のスキルへ替えることはできない?」
「今のところはそうみたいだ」
「俺の使えるものは、お前がすぐ使えるようにしたものだけということか」
ルゥが不満そうに言う。
「主の選び方が悪かったらどうする」
「だから相談するんだろ」
「命令ではなく?」
「そこは相談次第だ」
ルゥは納得していない顔をしたが、反論はしなかった。
「帰ったら練習だな」
ユアンが言う。
「何を」
「勝手に使わない練習」
「断る」
「俺の指輪から出てきた」
「それは関係ない」
ノアが間へ入る。
「町着く前に喧嘩で体力使うな」
シキナが言った。
「それより、ルゥをどう説明する?」
全員が黙る。
パナリアへ着けば、ルゥの存在は隠せない。
「契約精霊でいいんじゃない?」
ノアが言う。
ユアンがルゥを見る。
「どうだ」
「気に入らん」
「でも他にある?」
ルゥはしばらく考える。
「狼型と付けろ」
「そこ?」
「重要だ」
シキナが頷く。
「狼型契約精霊」
ルゥは満足そうに胸を張った。
「なら許す」
出口が近づくにつれ、緑晶の光へ自然光が混じり始めた。
ルゥが足を止める。
「外か」
「ああ」
ユアンも隣へ立つ。
入口の先には昼の森が広がっている。
ルゥは眩しそうに青白い目を細めた。
「久しぶりな気がする」
「思い出した?」
「いや。そう感じるだけだ」
ルゥはしばらく外を見てから1歩踏み出した。
ユアンも続く。
指輪の正体も、ルゥの記憶も、深層から魔獣が上がってきている理由も分からないままだった。
それでも、分からないものを全部1人で抱える必要はなくなった。
ノアがいる。
シキナも知った。
そして面倒な狼が1頭増えた。
「誰が面倒だ」
ルゥが突然言う。
ユアンは足を止めた。
「今、何か言ったか?」
「顔に出ていた」
「嘘つけ」
「主は分かりやすい」
シキナが前から振り返る。
「それは本当」
ノアも頷く。
「本当だな」
「お前ら」
3人と1頭の声が森へ響いた。
パナリアへ続く道は、午後の光を受けながら木々の向こうまで長く伸びていた。




