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D級解体士、魔獣の力を喰らう~素材を残すか、力に変えるか~  作者: ふゆ夜熊
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12/48

黒鉄工房

岩殻猪の素材と鎧甲蟲の甲殻を抱えて《黒鉄工房》を訪れたのは、昼を少し過ぎた頃だった。

工房はパナリア東区の職人街にある。

通りへ入った瞬間から金属を打つ音が響き、煤と油と焼けた革の匂いが混じっていた。

黒鉄工房の看板は古い。

鉄板に黒い槌の印が打たれ、何度も熱で歪んだ跡がある。

中へ入ると、黒鉄工房の中は、昼でも薄暗かった。

炉の火だけが赤く揺れ、壁には大小の槌、やすり、鋏、革紐が整然と掛かっている。油と煤と焼けた革の匂いが混じり、奥では金属を打つ音が一定の間隔で響いていた。

「そこ置け」

ゴードン・ヘインズは振り向かずに言った。

44歳のドワーフで、背は低いが肩幅はユアンより広い。頭頂部に髪はなく、赤褐色の髭が胸まで伸びている。革前掛けには細かな焼け跡が無数に残っていた。

ユアンは作業台へ荷物を置いた。

持ち込んだのは鎧甲蟲の甲殻と岩殻猪の腱、筋膜、それから灰鐘坑道から何度も縫い直してきた靴だった。

ゴードンは槌を置き、まず靴を持ち上げた。

裏を見る。

眉が寄る。

「走り方変えたな」

「分かるのか」

「見りゃ分かる」

「最近そればっかり言われる」

「ならお前が分かりやすいんだろ」

ゴードンは靴底の外側を指で押した。

「前は踵から減ってた。今は前が潰れて、外へ逃げてる。何した」

ユアンは少し迷った。

指輪のことを話すつもりはない。

スキル核が使えることも伏せる。

だが、装備を作る職人へ動きまで隠せば、合わないものができるだけだった。

「一瞬だけ、普通よりかなり速く踏み込めるようになった」

ゴードンが顔を上げる。

「魔法か」

「違う」

「身体強化?」

「それとも違う」

「自分でも分かってねえのか」

「使い方は分かる」

「一番面倒なやつだな」

奥から声が飛んだ。

「速いってどれくらい?」

橙色の髪が炉の横から現れた。

リオ・クラインは18歳で、人間とドワーフの混血だった。身長は153センチほどだが、腕は鍛冶仕事で鍛えられている。橙色の癖毛を後ろで雑に束ね、黄緑色の目がユアンの靴へ釘づけになった。頬と鼻には煤がついている。

「こいつは?」

ユアンが聞く。

「弟子だ」

「共同研究者!」

「弟子だ」

「細かいこと言わないでよ」

「そこは細かくねえ」

リオはユアンの靴を奪うように持った。

「何これ。変な裂け方」

「さっき同じこと言われた」

「見たい」

「何を」

「走るところ」

ゴードンが低い声を出す。

「工房の中でやるな」

「外ならいい?」

「俺に聞くな」

ユアンはため息をついた。

結局、工房裏の試験場へ出ることになった。

土は硬く踏み固められ、中央に木人が3体並んでいる。

ユアンは今の靴を履き直した。

「全力は出さない」

「出すな」

ゴードンが即答する。

弱い《瞬駆》を使う。

身体が前へ弾かれた。

数歩先へ着地する。

右足が外へ滑る。

踏ん張るため膝が内側へ入り、身体が少し遅れて止まった。

「もう1回!」

リオが叫ぶ。

「お前、それで見えたのか?」

「見えなかったからもう1回!」

「正直だな」

今度は斜めへ動く。

着地後に剣を抜く動作までつなげた。

柄が手の中でわずかにずれる。

胸当ての肩も引っかかった。

ゴードンは何も言わない。

ユアンの足元へ来て、膝と足首を順に触った。

「靴だけ固くするなら簡単だ」

「じゃあそれで」

「次は膝が壊れる」

ユアンは黙った。

リオが笑う。

「今の返事、すごく傭兵っぽかった」

「どういう意味だ」

「壊れてから考える感じ」

「俺はそこまでじゃない」

ゴードンとリオが同時にユアンを見る。

「何だよ」

「自覚ねえな」

工房へ戻る。

ゴードンは岩殻猪の腱を引き、筋膜を曲げた。

「こっちは靴だ。衝撃を受けて戻る」

次に鎧甲蟲の甲殻を持ち上げる。

「これは肩と手甲」

「胸全部じゃないのか」

「全部替えたら割れた時に困る。正面は今の鉄を残す」

説明はそれだけだった。

ゴードンは甲殻を胸当てへ重ね、余る部分へ白墨で印をつけた。

「これ、自分で取ったのか」

「ああ」

「売らなかったのは正解だな。今買えば工賃より素材代の方が高い」

ユアンは少しだけ胸を張った。

「珍しく褒められた」

「褒めてねえ。必要な材料を持ってきただけだ」

「十分じゃない?」

リオが横から言う。

「素材持ってきても、使い方を決めずに全部貼りつけてくれって人、結構いるよ」

「強い素材なら強くなると思うからだろ」

「その結果、重くて動けない鎧ができる」

ゴードンが鼻を鳴らした。

「作らねえけどな」

ユアンは岩殻猪の腱を見る。

あの時、核にできなかったから残ったものだ。鎧甲蟲の甲殻は、核にせず自分で残すと決めたものだった。

同じ素材袋に入っていても、手に入った理由はまるで違う。

「工賃は?」

ゴードンが金額を言った。

ユアンは黙った。

リオが笑う。

「素材自前なのに、その顔?」

「最近、力を試すたびに金が減る」

「何それ」

「こっちの話」

「払えねえなら胸当ては後回しにするか」

ゴードンが言う。

ユアンは財布を確かめた。

宿代と食費を残しても払える。余裕はなくなるが、壊れた靴のまま依頼へ行く方が高くつく。

「全部やってくれ」

「なら前金半分」

銀貨を机へ置く。

その音を聞いた時だけ、夜爪猟犬の毛皮が頭をよぎった。

「やっぱり素材って大事だな」

「今さら何言ってんだ」

ゴードンが呆れた。

あとは2人が勝手に話し始めた。

リオが靴底の形を紙へ描き、ゴードンが半分消す。リオがまた書き足し、今度はゴードンが黙る。

ユアンには何をしているのかよく分からない。

「俺、いて意味ある?」

「足だけ置いて帰れ」

「足は帰るのに必要だ」

「じゃあ寸法測るまで黙ってろ」


3日後、完成した装備を受け取りに来た。

靴は見た目ほど変わっていなかった。

底が少し厚くなり、足首の固定が高くなっている。中には岩殻猪の腱と筋膜が仕込まれ、踏み込んだ時の力を1か所へ集中させない構造になっていた。

籠手の手甲には薄く削った鎧甲蟲の甲殻が入っている。

胸当ても肩周りだけが軽い甲殻へ替わり、腕を前へ出した時の抵抗が減っていた。

「派手じゃないな」

ユアンが言う。

リオが頬を膨らませる。

「名前つけようって言ったのに、師匠が嫌がったから」

「いらない」

「《迅雷踏破1型》」

「絶対いらない」

「じゃあ《高速猪甲靴》」

「もっと嫌だ」

ゴードンがリオの頭を軽く叩く。

「試せ」

工房裏へ出る。

ユアンは新しい靴で地面を踏んだ。

普通に歩く分には違和感がない。

走る。

問題ない。

最後に《瞬駆》を弱く使った。

身体が前へ出て、そのまま着地する。

右足が地面を掴んだ。

外へ流れない。

衝撃はある。

だが足首だけへ集中せず、膝へ突き上がる感じも弱い。

そのまま剣を抜く。

肩が引っかからない。

木人へ踏み込み、横薙ぎに振る。

柄が手の中で逃げなかった。

刃が木へ深く食い込む。

「どう?」

リオが聞く。

ユアンは自分の足を見る。

「速くなったわけじゃない」

「当たり前だろ」

ゴードンが言う。

「靴に加速する魔法なんか入れてねえ」

「でも使いやすい」

「なら終わりだ」

「もっと喜んでよ!」

リオがゴードンへ言った。

「金払うのはこいつだ」

「俺にも喜べってこと?」

「そう!」

「ありがとう」

「雑!」

ノアが見物に来たのは、その少し後だった。

新しい胸当てを叩き、感心したように頷く。

「これ、あの鎧甲蟲?」

「ああ」

「残した方?」

ユアンはノアを見る。

リオとゴードンもいる。

ノアがすぐに言い直した。

「売らなかった方」

「ああ」

工房を出てから、ユアンはノアの肩を掴んだ。

「言い方」

「悪かったって」

「核を作れるのは知られてもいい。でも、選んで残したみたいな言い方をすると余計な疑問が出る」

「分かった。今度から気をつける」

ノアは素直に謝った。

「飯で許して」

「何でお前が奢られる側なんだ」

「この前の約束がまだだから」

「別件だ」


2人が言い合いながら職人街を抜けると、共同訓練場の脇で黒い人影が立っていた。

シキナ・アルヴェールだった。

黒い軽装に身を包み、肩に届く黒髪を風に揺らしている。腰には黒い片刃の短剣《暮断》があった。

「何してるの?」

「装備を直した」

ユアンが答える。

シキナの視線が靴へ落ちる。

「試した?」

「今」

「もう1回見せて」

ノアが小声で笑う。

「今日それ言う奴2人目だな」

「誰?」

「知らない方がいい」

ユアンは訓練場へ入った。

弱い《瞬駆》で斜めへ動く。

着地して、そのまま剣を抜く。

シキナは1度しか見なかった。

「前より止まれるようになったね」

ユアンが振り返る。

「速くなったじゃなくて?」

「速さはそんなに変わってない」

「よく分かるな」

「見れば」

シキナは近づき、ユアンの足元へ視線を落とした。

「前に見た時は、止まった後で右足が半歩流れてた」

「そこまで見てたのか」

「動く相手を見るのは仕事だから」

「俺は魔獣じゃないぞ」

「知ってる」

シキナは真顔で答えた。

ユアンは返す言葉を探したが、ノアが後ろで笑いを堪えているのが聞こえた。

「何だ」

「別に」

「今日はそればっかりだな」

シキナは気にせず、靴と胸当てを順に見る。

「鎧甲蟲?」

「分かるのか」

「軽い甲殻は見慣れてる」

「岩殻猪も使ってる」

「足?」

「ああ」

シキナは少しだけ口元を緩めた。

「その方が前より厄介」

「俺が?」

「相手が」

それだけ言って歩き出した。

ユアンはしばらくその背中を見た。

ノアが横へ来る。

「褒められたんじゃない?」

「そうなのか?」

「たぶん」

「分からないな」

「お前ら似てるとこあるよな」

「どこが」

ノアは答えず笑った。

ユアンは新しい靴で石畳を踏む。

指輪の中には4つの力がある。

だが今日増えたものは1つもない。

それでも前より動きやすい。

残した甲殻も、核にできなかった猪の腱も、ちゃんと自分の力になっている。

強くなる方法は、指輪の中だけにあるわけではない。

そのことが分かっただけでも、今回の出費は少しだけ安く思えた。

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