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D級解体士、魔獣の力を喰らう~素材を残すか、力に変えるか~  作者: ふゆ夜熊
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11/48

生き残る計算

北街道でダリオ・グレンの一行と顔を合わせたのは、昼を少し過ぎた頃だった。

ユアンとノアは商人2人の護衛でパナリアへ戻る途中だった。反対側から来たダリオたちも同じ街道を使っており、荷車の脇で1度足を止めた。

「久しぶり」

ダリオが穏やかに手を上げた。

相変わらず人当たりのいい笑顔だった。細身の身体に軽い革鎧を着け、腰には細剣と投擲用の短刃が並んでいる。

「そっちは護衛?」

「ああ」

「こっちも似たようなものだよ。あと2時間くらいは同じ道かな」

ダリオは上位B級だった。

模擬戦では、ユアンが何をしようとしても半歩先へ動かれた。力で押すのではなく、危険になる前に位置を変える。相手に有利な形を作らせない。

ユアンはその戦い方を覚えていた。

「一緒に行く?」

ダリオが聞く。

「依頼人がいいなら」

双方の商人に異論はなかった。

人数が多い方が安全だ。

しばらくは何事もなく進んだ。

街道の左には低い森、右には緩い斜面が続いている。

異変に最初に気づいたのはダリオだった。

「止まって」

声は穏やかなままだった。

全員が止まる。

ダリオが前方を見る。

「鳥がいない」

ユアンも森へ視線を向けた。

確かに静かだった。

次に、斜面の下から荷車が1台見えた。

横倒しになっている。

車輪が外れ、積み荷の木箱が周囲へ散らばっていた。

その近くで何かが動く。

灰色の獣が3頭いた。

《裂耳犬》だった。

D級下位。夜爪猟犬より大きく、耳の後ろに骨の突起を持つ。群れで獲物を追い、1頭が正面を引きつける間に別の個体が側面へ回る。

「人がいる」

ノアが言った。

荷車の脇に男が2人倒れている。

1人は動いている。

もう1人は見えにくい。

ダリオは即座に指示を出した。

「俺たちが前。盾2人は後ろを守って。依頼人は下がらせる。荷は捨てる」

商人の1人が顔を上げた。

「うちの荷じゃないぞ」

「だから捨てます」

「いや、あの荷車の人間を」

「人だけ回収します。箱は見ません」

迷いがなかった。

ユアンも反対しなかった。

今守るべきなのは人間だ。

積み荷まで回収しようとすれば、時間が増える。

ダリオたちが前へ出る。

裂耳犬の1頭が低く唸った。

残り2頭が左右へ広がる。

「来るよ」

ダリオが短刃を投げた。

先頭の魔獣が顔を逸らす。

その瞬間に間合いへ入る。

細剣が前脚の内側を切った。

深追いしない。

すぐに戻る。

別の裂耳犬が側面へ回ろうとするが、ダリオはすでに位置を変えていた。

「ノア、右」

ユアンが言う。

「分かった」

障壁が出る。

右側の裂耳犬が進路を変える。

ユアンは左から来た個体へ剣を向ける。

《暗視》は必要ない。《振動感知》も柔らかい土では拾いにくい。

《瞬駆》と《硬皮》を前へ出している。

裂耳犬が飛びかかる。

ユアンは直前まで待った。

弱い《瞬駆》で半身だけ外へ逃がす。

肩を掠めた爪を《硬皮》で受ける。

痛みはあるが皮膚は裂けない。

そのまま剣を腹へ入れる。

魔獣が転がった。

仕留めるより先に、ノアが叫ぶ。

「人を先に!」

ダリオも同じ判断だった。

「負傷者を運ぶ。魔獣は追い払えばいい」

倒れていた男の1人は意識があった。

額から血を流しているが、自力で立てる。

もう1人は荷車の陰にいた。

ユアンからは脚だけが見えた。

「こっちもいる」

近づこうとした時、森の奥で別の鳴き声がした。

1頭ではない。

ダリオの顔から笑みが消える。

「増える。撤退」

「でも、もう1人」

ノアが言う。

ダリオは荷車と森の距離を見る。

「戻ると全体の危険が上がる」

声に冷たさはなかった。

事実を言っているだけだった。

「動ける負傷者を連れて、街道を戻る。あの人には悪いけど、今は切る」

ユアンは荷車を見る。

倒れている人間まで約35歩。

森から聞こえた声は2頭以上。

今いる裂耳犬3頭のうち、1頭は負傷している。

ノアの障壁なら正面を数秒止められる。

《瞬駆》なら往復を短くできる。

ただし倒れている男を抱えれば帰りは使いにくい。

斜面の下に溝がある。

そこを使えば、1方向だけ魔獣の接近を遅らせられる。

ダリオがユアンを見る。

「助けたいなら、助けられる根拠を出して」

ユアンはすぐに答えなかった。

もう1度距離を測る。

「ノアの障壁で右を止める。俺が《瞬駆》で荷車まで行く。帰りは溝沿い。裂耳犬が回り込むならダリオが左を牽制」

「時間は?」

「30秒」

「失敗したら?」

「俺を置いて出てくれ」

ノアが嫌な顔をする。

「おい」

「全員残る方が危ない」

ダリオはユアンを見たまま2秒ほど黙った。

「分かった。30秒。越えたら置いていく」

「了解」

「俺は了解してないけど!」

ノアが言う。

ダリオがノアを見る。

「障壁を出せる?」

「出すよ! 出すけど!」

「なら始めよう」

ダリオの短刃が飛ぶ。

左へ回っていた裂耳犬の鼻先をかすめる。

同時にノアが右へ障壁を張る。

ユアンは走った。

最初の10歩だけ《瞬駆》。

一気に荷車へ近づく。

倒れている男の肩を掴む。

息はある。

右脚から血が出ているが、意識はない。

持ち上げるには重い。

背負う時間が惜しい。

ユアンは腕を脇へ入れ、引きずるように荷車の陰から出した。

森から灰色の影が飛び出す。

追加の裂耳犬だった。

「ユアン、左!」

ダリオの声が飛んだ。

短刃が魔獣の前へ刺さる。

一瞬だけ足が止まった。

ユアンは男を肩へ担いだ。

重心がずれる。

《瞬駆》は使わない。

溝へ入る。

後ろで障壁が割れる音がした。

ノアが次の1枚を出す。

「あと10秒!」

ダリオが叫ぶ。

ユアンは走る。

脚が重い。

負傷者の血が肩へ流れる。

裂耳犬が溝の上から追ってくる。

低い位置まで降りれば、跳びかかる角度が限定される。

ユアンはそこだけ見ていた。

魔獣が跳ぶ。

ノアの光弾が横から当たる。

わずかに軌道がずれた。

ユアンの肩の横を爪が通り過ぎる。

街道へ上がる。

ダリオの仲間が負傷者を受け取った。

「28秒」

ダリオが言った。

ユアンは息を吐く。

「数えてたのか」

「言った以上はね」

そのまま全員で撤退した。

裂耳犬はしばらく追ってきたが、森から離れると戻っていった。

安全な場所まで来てから、ダリオの仲間が負傷者を地面へ寝かせた。

ダリオは自分の外套を丸めて頭の下へ入れ、裂けた脚へ布を巻く。手つきに迷いはなかった。

商人の1人が遠くの荷車を振り返った。

「積み荷は?」

「戻りません」

ダリオが即答する。

「高そうな箱もあったぞ」

「人を連れて帰れば契約は達成です。箱を拾いに戻って誰か死んだら赤字になる」

「徹底してるな」

「だから生きてます」

笑いながら言ったが、負傷者の包帯はきつすぎないよう何度も指で確かめていた。

ユアンはその手元を見た。

切り捨てる判断が早いからといって、人間そのものを軽く見ているわけではない。

ダリオが見ているのは、助けたいかどうかではなく、助けるために何を失うかだった。

安全な場所まで来てから、ノアがユアンの肩を叩く。

「次から先に相談しろ」

「しただろ」

「俺が反対する時間がなかった!」

「時間なかったからな」

「そこを言ってる!」

ダリオが少し笑った。

「俺なら最初から戻らない」

ユアンが見る。

「知ってる」

「全体を危険にするから。でも、あの条件なら選択肢には入る」

「意外だな」

「僕を何だと思ってるの?」

「合理的な人」

「合ってるよ」

ダリオは荷車の方角を見た。

「助けたいだけなら危ない。助けられる形を作れるなら、話は別だ」

ユアンは少しだけ笑った。

「もっと止められると思ってた」

「君が感情だけで戻るって言ったら止めたよ」

「今回は?」

「条件を出した。時間も退路もあった。なら僕が嫌いでも、選択肢から外す理由はない」

ダリオはそこで初めてユアンを正面から見た。

「前の模擬戦より、考えて動くのが速くなったね」

「負けたのは変わらないけどな」

「今やっても僕が勝つよ」

「そこは言い切るんだな」

「事実だから」

ノアが横で笑った。

それ以上は言わなかった。


夕方、ダリオたちと別れた後、ユアンとノアは林の外れで夜爪猟犬1頭に遭遇した。

依頼対象ではない。

群れからはぐれた若い個体らしく、戦闘自体は長引かなかった。

ユアンが仕留める。

死体を見たまま少し黙った。

ノアが嫌な顔をした。

「その顔、何か試す顔だろ」

「1回だけ」

「毛皮あるぞ」

「分かってる」

「俺の取り分は?」

「これは俺が倒した。お前の支援分は今日の護衛報酬から別で出す」

「そこまでしなくていいって」

「俺の確認だからな」

ノアはため息をついた。

「じゃあ飯奢れ」

「それでいいのか」

「高い店」

ユアンは《スキル核作成》を使った。

夜爪猟犬が消え、透明な核が残る。

指輪へ近づける。

何も起きない。

もう1度、触れるほど近づける。

吸収されない。

《暗視》にも変化はない。

「同じだから?」

ノアが聞く。

「たぶん」

「じゃあこの核どうする?」

ユアンは手の中の結晶を見る。

「どうもしない」

「売る?」

「時間が足りない」

生成した核は長く残らない。

以前と同じなら、数日もしないうちに消える。

「毛皮を消して、消える石作ったのか」

「確認はできた」

「高い確認だな」

「飯まで増えた」

「約束したからな」

数日後、確認した時には、革袋の中から夜爪猟犬の核は消えていた。

残ったのは、何も入っていない小袋と、素材を売らなかったという事実だけだった。

それでもユアンは後悔していなかった。

同じものを何度も核にする必要がないと分かったなら、次からは迷わず素材を残せる。

損をしたのは1度で済む。

少なくとも、そう考えれば少しは安かった。

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