9話.確信
主人公もそうですがライバルの方も名前は未定
このまま名前無しでいくかもしれませんし
どこかで名前を入れるかもしれません。
「昔からお前が四番だっただろ」
ライバルの言葉が頭から離れなかった。
試合は続いている。
なのに集中できない。
ベンチに座りながら、何度もその言葉を反芻していた。
昔から四番。
選抜で無双。
ホームランを量産。
そんな記憶はない。
少なくとも俺にはない。
だがライバルは本気だった。
冗談ではない。
周囲の人間も当然のように頷いていた。
つまり今の世界では、それが事実なのだ。
俺が知らないだけで。
「さっきからどうした?」
チームメイトが声を掛けてくる。
「いや、何でもない」
そう答えるしかなかった。
説明できるわけがない。
タイムリープしました。
過去を変えました。
その結果、未来が変わりました。
そんな話を信じる人間はいない。
俺自身だって信じられないのだから。
試合は終盤へ入っていた。
一点差。
相手チームがリードしている。
ランナー二塁。
二アウト。
マウンドにはライバル。
昔から勝負強かった男だ。
現代でもそのままらしい。
ピンチでも顔色一つ変わらない。
「ナイスボール!」
キャッチャーのミットへ球が吸い込まれる。
バッターは三振。
チェンジ。
相変わらずだな。
そんな感想が浮かぶ。
俺の知っているライバルもそうだった。
どんな場面でも強かった。
それが少し懐かしかった。
最終回。
俺たちの攻撃。
一点差。
先頭打者がヒットで出塁。
続く打者も出る。
送りバント。
進塁打。
気付けば二アウト二、三塁。
逆転のチャンスだった。
ベンチが騒がしい。
そして。
「四番!」
呼ばれる。
俺だった。
ゆっくり立ち上がる。
バットを握る。
打席へ向かう。
マウンドを見る。
ライバルもこちらを見ていた。
視線が合う。
向こうが少し笑う。
俺も少し笑った。
久しぶりの真剣勝負だった。
本当なら。
「まさかお前と勝負するとはな」
打席へ入る。
「こっちの台詞だ」
ライバルが帽子を直す。
「覚えてるか?」
「何をだよ」
「選抜の決勝」
「……」
覚えていない。
正確には。
その記憶が存在しない。
ライバルは笑う。
「お前がホームラン打ったんだ」
胸がざわつく。
まただ。
俺の知らない話。
俺の知らない過去。
俺の知らない俺。
ライバルは肩を回す。
そして捕手へ何か合図を送った。
次の瞬間だった。
キャッチャーが立ち上がる。
ベンチがざわつく。
審判も少し驚いている。
俺も意味が分からなかった。
だが。
次の瞬間。
理解した。
敬遠だった。
四球。
一塁へ歩けということだ。
こんな草野球で。
しかも一点差の場面で。
俺は思わず苦笑した。
「おいおい」
ライバルが肩をすくめる。
「悪いな」
「勝負しないのかよ」
「したいよ」
そう言って笑う。
そして。
「でもこの場面でお前じゃ分が悪い」
時間が止まった気がした。
その言葉だった。
俺の記憶では違う。
昔からライバルの方が上だった。
そう思っていた。
だが今は違う。
少なくともこの世界では。
俺の方が警戒されている。
俺の方が恐れられている。
知らない未来。
知らない過去。
知らない自分。
胸の奥が妙にざわついた。
審判が告げる。
「フォアボール!」
その瞬間。
全身が硬直した。
フォアボール。
またその言葉だった。
嫌な予感が走る。
今までと同じだ。
体育の授業。
草野球。
全部同じ。
一塁へ向かう。
足が重い。
頭では分かっていた。
もしかしたら。
いや。
きっと。
また戻る。
一歩。
二歩。
三歩。
ベースが近付く。
ライバルが何か言った。
だが聞こえなかった。
視界が揺れていた。
耳鳴りがする。
周囲の声が遠ざかる。
そして。
一塁ベースを踏んだ。
世界が歪む。
景色が砕ける。
身体が沈む。
何度目だ。
そう思った。
そして。
意識が途切れた。
目を開く。
天井が見えた。
知らない天井じゃない。
知っている天井だった。
何年も見ていた天井。
小学生の頃の部屋。
俺は大きく息を吐いた。
「やっぱりか……」
驚きはなかった。
むしろ納得していた。
布団から起き上がる。
身体が小さい。
手も小さい。
鏡を見る。
五年生だった。
予想通りだった。
もう間違いない。
フォアボールだ。
試合でも。
体育でも。
申告敬遠でも。
全部共通している。
俺はようやく確信した。
条件はフォアボールだった。
「意味分かんねぇ……」
思わず笑う。
分かったところで理由は不明だ。
なぜフォアボールなのか。
誰にも分からない。
少なくとも俺には。
だが今はそれより大事なことがある。
小学校五年生。
つまり。
あいつが来る年だ。
ライバル。
現代で会ったばかりの男。
転校生。
学校へ向かう足が少し速くなる。
教室へ入る。
いつもより騒がしい。
みんな何かを話している。
そして担任が入ってきた。
「席につけー」
生徒たちが座る。
先生が出席簿を閉じる。
そして言った。
「今日は転校生を紹介します」
教室がざわつく。
俺は黙って前を見た。
ドアが開く。
少年が入ってくる。
短い髪。
少し日焼けした顔。
自信ありげな目。
見間違えるはずがなかった。
現代では三十近い男。
今は十歳の少年。
それでも分かる。
間違いない。
あいつだ。
ライバルは教壇の前へ立つ。
そして元気よく頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
教室が拍手に包まれる。
その中で俺だけが固まっていた。
さっきまで草野球場にいた男が。
今は目の前にいる。
十歳の姿で。
そして当然だが。
向こうは俺を知らない。
だが。
席へ向かう途中。
ライバルが一瞬だけこちらを見た。
そして不敵に笑った。
なぜか。
そんな気がした。




