10話.接触
「よろしくお願いします!」
転校生の声が教室に響く。
元気がいい。
いや、元気が良すぎる。
教室中の視線を集めていた。
担任が黒板に名前を書く。
俺はその姿を黙って見ていた。
間違いない。
現代で再会したライバルだった。
草野球でマウンドに立っていた男。
敬遠で俺を歩かせた男。
そして、俺の知らない過去を知っていた男。
だが今は小学生だ。
当然ながら向こうは俺を知らない。
少なくとも、そう思っていた。
「席はあそこな」
担任が指差す。
俺の斜め後ろだった。
転校生は元気よく返事をすると席へ向かった。
その途中。
一瞬だけ目が合う。
すると転校生が少しだけ眉を上げた。
気のせいかもしれない。
だが何かを確認するような目だった。
俺は少しだけ引っ掛かった。
午前中の授業はほとんど頭に入らなかった。
転校生のことが気になって仕方ない。
現代で会った時。
あいつは確かに言っていた。
「俺ら二人で無双してたじゃん」
そんな記憶はなかった。
だからこそ気になる。
未来はどこまで変わっているのか。
昼休み。
予想通り転校生の周りには人だかりができた。
質問攻めだった。
どこから来たのか。
前の学校はどうだったのか。
好きなゲームは何か。
そんな話ばかりだ。
俺は少し離れた場所から眺めていた。
すると。
転校生が立ち上がる。
そして真っ直ぐこちらへ歩いてきた。
「なあ」
突然だった。
「ん?」
「お前、野球やってるだろ」
少し驚いた。
「やってるけど」
「やっぱりな」
転校生が笑う。
「なんで分かった?」
すると転校生は当たり前のように言った。
「見たことあるから」
俺は固まった。
「は?」
「先週の試合」
思わず目を見開く。
確かに先週試合はあった。
ホームランも打った。
だが。
「見てたのか?」
「たまたまな」
転校生は肩をすくめる。
「入団するチームの偵察的な感じだよ。その時だよ、お前右中間にツーベース打ったろ」
俺は驚く。
見ていなければ分からない。
「あとはホームラン」
「……」
「変なフォームだなって思った」
失礼なやつだった。
だが、変なフォームと思われても仕方ないかもしれない。
俺は少々この時代なら独特なフォームを使っているからだ。
「おい」
一応つっこむ。
「でも飛ばすからびっくりした」
転校生は楽しそうだった。
そして少し笑いながら言う。
「転校決まった時、面白そうなやついるなって思った」
その言葉に少しだけ笑ってしまう。
現代でもそうだった。
こいつは昔からこんな性格だ。
土曜日。
チームの練習日。
監督は朝から機嫌が良かった。
転校生が来るからだ。
「結構上手いらしいぞ」
チームメイトたちも騒いでいる。
俺は心の中で苦笑した。結構どころじゃない。
本物だ。
グラウンドに現れた転校生は全く緊張していなかった。
監督へ挨拶する。
そしてすぐにキャッチボールが始まる。
周囲がざわついた。
球が強い。
小学生離れしている。
肩だけじゃない。
捕ってから投げるまでが異様に速い。
監督も驚いていた。
続いてノック。
転校生はショートへ入る。
俺は思わず懐かしくなった。
そうだ。
こいつはショートだった。
チームの中心。
グラウンドの真ん中に立つ選手。
打球が飛ぶ。
三遊間。
深い位置。
普通なら抜ける。
だが転校生は飛び付いた。
土煙が上がる。
捕球。
そのまま立ち上がる。
一塁へ送球。
アウト。
グラウンドが静まり返る。
「おお……」
誰かが声を漏らした。
監督も笑っている。
一球で分かったのだろう。
上手い。
圧倒的に。
打球判断。
捕球。
送球。
全部が一段階上だった。
俺は思う。
打つだけなら俺の方が上かもしれない。中身大人だけど。
でも。
野球選手としての完成度なら違う。
守れる。
走れる。
肩も強い。
そして何より野球が上手い。
だから昔から目立っていた。
フリーバッティングが始まる。
俺の順番だった。
初球。
真ん中。
打つ。
打球は右中間を破る。
二球目。
ライナーでフェンス直撃。
三球目。
高め。
振り抜く。
打球が伸びる。
伸びる。
そしてネットを越えた。
ホームラン。
変なフォームでも十分通用する。
というより普通は投手が投げるタイミングで前足を少し上げて踏み込んで打つのがスタンダードだ。
俺の場合、前足をほとんど動かさずに打つ。ただ完全に足を固定しているわけではなく、小さくすり足気味で体重移動
してスイングする。
まあこの時代じゃこんなフォームの小学生はいないだろう。
大丈夫だ。何十年かすれば似たようなフォームで投手やりながら打者でも大成する漫画みたいな野球選手が現れるから。
周囲がざわつく。
監督も驚いている。
チームメイトたちも騒いでいる。
だが、転校生だけは笑っていた。
まるで答え合わせをするように。
練習終了後。
グラウンドの隅でスパイクの土を落としていると。
後ろから声が聞こえた。
「やっぱりな」
振り返る。
転校生だった。
「何が?」
「ホームラン」
俺は苦笑する。
「見てたんだろ?」
「最初はまぐれかと思った」
「失礼だな」
「でも違った」
転校生が笑う。
そして真っ直ぐ俺を見る。
「お前、ちゃんと上手い」
少しだけ沈黙が流れる。
夕陽が差し込んでいた。
風が吹く。
そして転校生は当然のように言った。
「このチーム弱いって聞いてたんだけど」
「おい。…まあでも強いとも言えないか」
「でも安心した」
そう言って笑う。
「お前がいるなら勝てる」
俺は少し呆れた。
相変わらず自信満々だった。
だが、不思議と嫌な気はしない。
むしろ。
少し楽しくなっていた。
その言葉を聞いて。
なぜだろう。
現代で聞いた言葉が頭をよぎった。
『俺ら二人で無双してたじゃん』
あの時は信じられなかった。
だが。
今なら少しだけ分かる気がした。
もし本当に。
こいつと一緒なら。
俺の知らない未来が待っているのかもしれない。




