7話.無意識と願い
気付けば四年生になってから二ヶ月以上が過ぎていた。
時間の流れは不思議だった。
最初の頃は毎日タイムリープのことばかり考えていた。
なぜ戻ったのか。
なぜ小学生なのか。
なぜ二回とも同じような状況だったのか。
考えても答えは出なかった。
それでも考え続けていた。
だが最近は違う。
考える時間が減った。
忘れたわけではない。
今でも気になる。
でもそれ以上に毎日が忙しかった。
学校がある。
友達がいる。
家族がいる。
そして野球がある。
それだけで十分だった。
昼休み。
友達に誘われて校庭へ出る。
サッカーだった。
昔なら適当に走っていただけだったと思う。
でも今は違う。
身体が思った以上に動く。
パスを出す。
走る。
またパスが来る。
気付けばゴール前だった。
シュート。
ボールがネットに突き刺さる。
歓声が上がる。
「うまっ!」
「ナイス!」
みんなが集まってくる。
俺は苦笑した。
野球だけじゃない。
中学三年間で得た運動能力は他にも影響している。
昔より動ける。
昔より周りが見える。
それだけで別人みたいだった。
授業中。
窓の外を見る。
青空が広がっている。
先生の声が遠く聞こえる。
ふと考える。
今の俺は本当に幸せなんじゃないか。
仕事の心配もない。
給料の心配もない。
将来の不安もない。
明日の会議もない。
残業もない。
ただ学校へ行って。
友達と遊んで。
野球をする。
それだけだ。
大人になってから失ったものを取り戻している気がした。
週末。
野球の日だった。
朝からテンションが違う。
自分でも分かる。
昔の俺はこんなに野球が好きだったのか。
グラウンドへ向かう足が軽い。
試合が始まる。
相手は隣の市のチームだった。
そこそこ強い。
みんな身体も大きい。
一打席目。
ランナーなし。
打席へ入る。
相手投手を見る。
ストライク先行のタイプだった。
初球。
真ん中。
打った。
快音。
だが少し詰まる。
打球はセンターへ上がった。
センターフライ。
ベンチへ戻る。
「惜しい!」
声が飛ぶ。
惜しくはない。
完全な打ち損じだった。
だが悔しくはなかった。
こういう日もある。
二打席目。
二アウト二塁。
チャンスだった。
相手は警戒している。
一球目。
外。
ボール。
二球目。
また外。
ボール。
その瞬間だった。
少しだけ嫌な感覚がした。
理由は分からない。
ただ胸がざわついた。
二ボール。
たまたまだ。
そう思う。
三球目。
外。
ボール。
スリーボール。
俺は少しだけ眉をひそめた。
まただ。
何だろう。
説明できない。
でも何かが引っ掛かる。
四球目。
外寄り。
本来なら見送る球だった。
だが身体が勝手に動いた。
無理やり振る。
バットの先だった。
打球はふらふらと上がる。
ライトフライ。
アウト。
ベンチへ戻りながら首を傾げる。
今のは振る球じゃなかった。
自分でも分かっている。
なのになぜか振った。
不思議だった。
試合は続く。
三打席目。
今度は甘い球が来た。
迷わず振る。
打球は右中間へ飛んでいく。
外野が追う。
だが届かない。
ツーベースヒット。
歓声が上がる。
二塁へ滑り込む。
土の感触が懐かしい。
立ち上がる。
ユニフォームを払う。
そして笑う。
やっぱり野球は楽しかった。
試合後。
チームメイトたちと帰る。
みんな好き勝手なことを話している。
試合の反省なんてほとんどしていない。
ゲーム。
テレビ。
アニメ。
そんな話ばかりだった。
それが妙に心地良かった。
帰宅すると父親がいた。
珍しく早かった。
居間でテレビを見ている。
「勝ったのか?」
「勝った」
「そうか」
短い会話だった。
でも悪くなかった。
大人になってから気付く。
こういう何気ない会話は意外と少ない。
夕飯を食べる。
風呂に入る。
部屋へ戻る。
ベッドへ寝転ぶ。
天井を見上げる。
そして思い出す。
今日の二打席目だった。
スリーボール。
あの時の違和感。
なぜだろう。
少しだけ胸がざわついた。
フォアボールになりそうだったからか。
いや。
そんなわけない。
もしそうなら。
まるで。
フォアボールを避けているみたいじゃないか。
いや、思えばタイムリープをして過去へ戻ってきたこの二ヶ月の俺のフォアボールでの出塁はゼロ。
無意識に俺はフォアボールを避けてる?
自分で考えて笑ってしまう。
…そんな馬鹿な話があるか。
フォアボールで人生が巻き戻るなんて。
漫画じゃあるまいし。
俺は寝返りを打つ。
考えても答えは出ない。
それだけは分かっていた。
ただ一つ。
最近の俺は少しずつ変わっていた。
現代へ戻ることばかり考えていたはずなのに。
今は違う。
明日の学校が楽しみだった。
来週の試合が楽しみだった。
そして。
この時間が少しでも長く続いてほしいと思っていた。




