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4話.再び

月曜日の朝。


会社の駐車場に車を停めてエンジンを切る。


しばらく動けなかった。


別に体調が悪いわけじゃない。寝不足というほどでもない。


ただ頭の中が落ち着かなかった。


先週の日曜日。


草野球の試合。


小学校四年生。


センター。


ホームラン。


フォアボール。


そして現代。


思い返せば思い返すほど意味が分からない。


夢だった。

そう片付けられれば楽だった。


でも無理だった。

あまりにも鮮明すぎる。


グラウンドの匂い。土の感触。

父親の顔。母親の声。


全部覚えている。


夢というには生々しかった。


「はぁ……」


ため息をついて車を降りる。


考えても仕方がない。


「…仕事だ」


今は仕事。


そう言い聞かせながら事務所へ向かった。


だが、その日から一週間。


結局ほとんど仕事に集中できなかった。


「先輩…」


「はい?」


「この出荷予定なんですけど」


「あ、ごめん」


同じ資料を二回見ていた。


最近では珍しいミスだった。


同僚が少し心配そうな顔をする。


「大丈夫ですか?」


「ちょっと寝不足」


そう言って笑う。


半分は本当だった。


夜になると考えてしまうのだ。


小学校のことを。


野球のことを。


自分でも不思議だった。


中学で野球を辞めてから十年以上経つ。


草野球は続けていた。


でも本気じゃない。


毎週試合があるから行く。


友達がいるから行く。


そんな程度だった。


それなのに最近は違う。


昼休み。


弁当を食べながらスマホを開く。


気付けばプロ野球の動画を見ている。


ホームラン集にファインプレー集。

更にはドラフト特集まで。


昔なら途中で閉じていた。いや昔は見てすらいなかったかもしれない。


今は最後まで見てしまう。


おまけに関連動画まで見ている。


「俺、こんなに野球好きだったっけ……」


思わず苦笑した。


嫌いになったわけじゃない。


でも好きだったかと言われると分からない。


少なくとも最近までは。


金曜日の夜。


アパートのベランダでタバコを吸う。


煙を吐きながら夜空を見上げる。


今では完全に癖になっている。


一口吸う。


煙が肺に入る。


ゆっくり吐き出す。


昔の自分なら怒るだろうなと思った。いや野球から離れたくらいでタバコに手を出すくらいだ。

野球選手になりたいと言っていた頃の自分なら。なんて思うがそんな自分があった記憶はない。


そんなことを考えてしまう。



そして日曜日。


試合の日だった。


朝から妙に暑い。


河川敷へ向かう車の中でエアコンを強める。


緊張しているわけじゃない。でも落ち着かない。


理由は分からない。


いや、本当は分かっていた。


また何か起きるんじゃないか。


そんな期待が少しだけあった。


グラウンドに到着する。


チームメイトたちが準備をしている。


「おーす!」


「おはよう」


「今日も打ってくださいよ!」


「はは…頑張るよ」


笑いながら返す。


はなからそのつもりだった。


今日は打ちたかった。動画見たくらいで打てるとは思ってないが今週は野球関連の記事や動画に加えて某動画配信サイトで色々な打ち方やフォームの動画を見た。


先週は結局まともに打席に立てた気がしないし、納得出来るバッティングがしたかった。


試合が始まる。


今回はセンターではなく守備位置はレフトだった。

思えばセンターよりレフトのほうがやってたかもしれない。


外野から試合を眺める。


風が気持ちいい。


少年野球の頃もこんな風が吹いていた気がした。


そんなことを考えているうちに一回裏。


打順が回ってきた。


バッターボックスへ入る。


相手投手を見る。


球はそれほど速くない。


打てる。


そう思った。


初球。


見逃し。


ストライク。


二球目。


ファウル。


真ん中高めの絶好球。


力んだ。


あっという間に追い込まれる。


まずい。


そう思った瞬間には遅かった。


三球目。


外角低め。


空振り。


三振だった。


「くそ……」


ベンチへ戻る。


久しぶりに悔しかった。


最近は三振してもそこまで気にならなかった。


草野球だし、おっさんだし、久々だしな、と。


そんな感じだった。


でも今日は違う。


打ちたかった。


理由は分からない。


ただただ無性に打ちたかった。


三回。


早くも二打席目。


今度こそ打つ。


そう思って打席へ入る。


投手が投げる。


その瞬間だった。


ボールが抜ける。


内角へ一直線。


「うおっ!」


避ける。


間に合わない。


ゴツッ。


鈍い音。


腕に衝撃が走る。


デッドボールだった。


「すみません!」


投手が帽子を取る。


「大丈夫です」


手を振る。


少し痛い。


でも問題ない。


一塁へ歩く。


白いベースが近付く。


そういえば先週も一塁へ歩いたな。


ふとそんなことを思った。


ただそれだけだった。


深い意味はない。


「…まさかな」


ベースを踏む。


何も起きない。


当然だった。


何か起きる方がおかしい。


自分で考えて少し笑ってしまう。


試合はそのまま続いた。


そして終盤。


六回裏。


二死。


走者なし。


三打席目だった。


ここで打たないと今日は終わりだ。


バットを握る。


相手投手も疲れているようだった。


初球。


ボール。


二球目。


ボール。


ツーボール。


初回から投げてるしな。

疲れかな。

制球が定まらない。


三球目。


また外れる。


スリーボール。


ベンチから声が飛ぶ。


「見ていけー!」


俺は頷いた。


打ちたい。


でも無理して振る場面じゃない。


四球なら四球でもいい。


そう思った。


投手が振りかぶる。


四球目。


高め。


外れる。


キャッチャーが立ち上がる。


「ボール!」


審判の声。


フォアボールだった。


俺は小さく息を吐いた。


今日は結局ヒットなし。


三振とデッドボールとフォアボール。


何とも締まらない結果だ。


来週は打たないとな。


そんなことを考えながら一塁へ歩く。


白いベースが近付いてくる。


風が吹く。


河川敷の匂いがする。


チームメイトの声が聞こえる。


いつもの日曜日。


いつもの草野球。


そう思いながら足を伸ばした。


ベースを踏む。


その瞬間だった。


耳鳴りが響いた。


視界が揺れる。


足元の感覚が消える。


「……え?」


思わず声が漏れた。


景色が歪む。


河川敷が遠ざかる。


空が白く染まる。


何が起きているのか分からない。


ただ一つだけ分かった。


まただ。


また、あの日と同じだった。


俺は何もできないまま、理解出来ないまま、白く崩れていく世界の中へ飲み込まれていった。

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