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14/16

14話.決意の


夕飯の時間だった。


テレビではプロ野球のニュースが流れている。


父親は缶ビールを片手にテレビを見ていた。


母親は台所で洗い物をしている。


俺はご飯を食べながら、なんとなく明日の試合のことを考えていた。


最近は毎週の試合が楽しみだった。


前の人生では違っただろう。


でも今は少し違う。


失敗する怖さも。


打てなくなる不安も。


ほとんどない。


ただ野球が楽しかった。


打球を追いかけることも。


ホームランを打つことも。


仲間と笑うことも。


全部だ。


「そういやさ」


父親がテレビから目を離さず言った。


「あのショートの子いるだろ」


俺は顔を上げる。


「ああ」


父親はビールを一口飲んだ。


「あの子、上手いな」


思わず苦笑する。


「そうか?」


「そうかじゃねえよ」


父親は笑った。


「守れるし」


「打てるし」


「足も速いし」


「野球を分かってる感じするしな」


その言葉は妙にしっくりきた。


野球が分かっている。


まさにそんな感じだった。


技術だけじゃない。


考え方も。


練習への姿勢も。


小学生とは思えない。


「お前も上手くなったけどな」


父親が言う。


「そうか?」


「だからそうかじゃねえって」


また笑われた。


そして父親は何気なく続ける。


「ああいう子がプロになるんだろうな」


その言葉だけが妙に残った。


プロ。


俺は知っている。


未来のあいつを。


少なくとも俺の知る未来にプロ野球選手のあいつはいない。


テレビにも出ない。


新聞にも載らない。


ドラフトで名前も呼ばれない。


ただ。


草野球をしていた。


それだけだった。


だから分からない。


なんでだ。


なんであいつがプロじゃないんだ。


翌日。


空は快晴だった。


試合会場には朝から父兄が集まっていた。


ノックが始まる。


ショートへ打球が飛ぶ。


深い三遊間だった。


誰もが抜けると思った打球。


だがライバルは追いつく。


捕る。


投げる。


アウト。


父兄席がどよめいた。


「うまっ」


「すげえな」


「本当に五年生か?」


ライバルは何事もなかったように次の打球を待っている。


試合が始まった。


ライバルは相変わらずだった。


ヒットを打つ。


走る。


守る。


難しい打球を当たり前みたいにアウトにする。


派手じゃない。


でも気付けば試合の中心にいる。


俺はレフトからその姿を見ていた。


上手い。


本当に上手い。


未来を知っている俺だからこそ分かる。


こいつは特別だ。


それなのに。


未来のあいつはプロじゃなかった。


どうしてだ。


何があった。


第一打席。


ツーアウト。


ランナーなし。


カウントはフルカウント。


投手が振りかぶる。


投げる。


ど真ん中だった。


甘い。


今の俺なら打てる。


ホームランだって狙える。


身体が反応しそうになる。


でも振らない。


ミットにボールが収まる。


「ストライク!」


「バッターアウト!」


三振。


ベンチが少しざわついた。


監督も首を傾げる。


「珍しいな」


俺は苦笑する。


本当に珍しかった。


打ちたかった。


だけど我慢した。


今日は戻る。


そう決めていたからだ。


ベンチへ戻る。


ライバルが不思議そうな顔をしていた。


「今の打たなかったな」


「たまにはな」


そう答えたが、自分でも苦しかった。


本当は打ちたかった。


めちゃくちゃ打ちたかった。


第二打席。


ランナー一塁。


ワンアウト。


打席へ向かう。


さっきの三振が頭に残っていた。


ど真ん中。


打てた球。


それを見逃した。


打席へ入る。


初球。


ストライク。


二球目。


ファール。


三球目。


ボール。


四球目。


ファール。


五球目。


ボール。


フルカウント。


投手が振りかぶる。


真ん中高め。


甘い。


その瞬間だった。


身体が勝手に動いていた。


カキン。


乾いた音が響く。


打球は高く伸びていく。


センターが下がる。


まだ下がる。


フェンス際。


そして。


そのまま越えた。


ホームラン。


歓声が上がる。


ベンチが飛び出してくる。


「ナイス!」


「すげえ!」


「また打った!」


ホームベースを踏みながら思う。


何やってんだ俺。


本当に何やってんだ。


戻るんじゃなかったのか。


ライバルのことを聞きに行くんじゃなかったのか。


それなのに。


ど真ん中が来たら普通に打ってる。


しかもホームランだ。


アホだろ。


俺は。


ベンチへ戻りながら苦笑した。


でも仕方ないとも思う。


あんな球。


打てるに決まってる。


打つのが好きだ。


ホームランなんてもっと好きだ。


だから戻ると決めていても振ってしまう。


結局。


俺は俺だった。


「やっぱ飛ぶなー!」


ライバルが笑う。


「たまたまだ」


「絶対嘘だろ」


周りも笑う。


俺も笑った。


でも心の中は晴れなかった。


どうしてだ。


未来で何があった。


その疑問だけが残り続ける。


試合は終盤へ進む。


そして最後の打席が回ってきた。


ツーアウト。


ランナー二塁。


一点差。


打てば試合を決定付ける場面だった。


ベンチから声が飛ぶ。


「頼む!」


「一本!」


「打ってこい!」


俺は息を吐いた。


二打席目の俺。


本当に馬鹿だったな。


戻るつもりだったのに。


普通にホームラン打ってるんだから。


今度こそだ。


今度こそ戻る。


打席へ入る。


初球。


外角。


ファール。


二球目。


ボール。


三球目。


内角。


ファール。


四球目。


ボール。


五球目。


低め。


ファール。


六球目。


高め。


ファール。


七球目。


外角。


ファール。


「粘るなぁ」


ベンチから声が飛ぶ。


監督も腕を組んで見ていた。


俺は構える。


打つためじゃない。


粘るためだ。


打てそうな球は危ない。


だから切る。


とにかく切る。


フルカウント。


野球で一番好きなカウントだった。


次の一球ですべてが決まる。


だから面白い。


そして今。


決まるのは試合だけじゃない。


俺自身だった。


投手が振りかぶる。


投げる。


外角。


少し遠い。


振らない。


ミットが捕る。


審判が叫ぶ。


「ボール!」


一瞬だけ静かになる。


そして。


「フォアボール!」


歓声が上がった。


「ナイス!」


「よく見た!」


「珍しい!」


監督まで笑っている。


「お前が四球選ぶとか雪降るぞ」


俺も笑った。


確かにそうだ。


でも。


これでいい。


一塁へ向かう。


白いベースが近付いてくる。


答えを聞きに行く。


そのために戻る。


俺は一塁ベースを踏んだ。


視界が歪む。


歓声が遠ざかる。


仲間の声が消えていく。


ライバルの姿も霞んでいく。


やっぱりな。


そう思った。


世界が暗転する。


そして――。


目を開けると。


見慣れた天井があった。

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