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12話.キャッチボール


パシン。


夕暮れのグラウンドに乾いた音が響く。


練習はとっくに終わっていた。


監督も帰った。


チームメイトたちもほとんどいない。


グラウンドには俺と転校生だけが残っていた。


ボールを捕る。


投げ返す。


また捕る。


ただそれだけだ。


ただそれだけなのに不思議だった。


昔の俺は、この時間を避けていた。


何度も誘われた。


練習の後。


試合の後。


放課後。


それでも断り続けていた。


理由は単純だった。


上手いやつと一緒にいるのが嫌だった。


自分の下手さが目立つ気がした。


比較される気がした。


だから逃げていた。


でも今こうしてやってみると、そんな空気はどこにもない。


転校生はただ普通にキャッチボールをしている。


パシン。


「なあ」


俺はボールを握ったまま聞いた。


「ん?」


「なんで色んなやつとキャッチボールするんだ?」


転校生が首を傾げた。


意味が分からないという顔だった。


「色んなやつ?」


「そう」


俺は続ける。


「あんまり上手くないやつともやるだろ」


当時の俺とか。俺は断ってたけど。


「あー」


転校生は納得したように頷く。


「やるな」


「なんでだよ」


すると転校生は少し考えた。


難しい質問をされたというより、


どう説明しようか考えているようだった。


そして。


「別によくないか?」


と言った。


「いや、よくないかって」


思わず笑う。


転校生も笑った。


「誰とやっても練習になるし」


「でも上手いやつとやった方が練習になるだろ」


そう言うと転校生は首を横に振った。


「いや、そうとも限らないぞ」


パシン。


ボールが飛んでくる。


捕る。


投げ返す。


転校生は続けた。


「下手なやつって変な投げ方するじゃん」


「まあな」


「変な回転だったり」


「変なバウンドだったり」


「たまにすげー取りづらい球投げたり」


俺は思わず笑った。


確かにいる。


本人は真面目なのに妙な球を投げるやつ。


「でも試合ってそういうもんだろ」


転校生は言う。


「綺麗な球ばっかり来るわけじゃないし」


「それはそうだな」


「だから意外と勉強になる」


なるほど。


少し納得した。


だが転校生の話はまだ終わらない。


「あとさ」


「うん」


「いつかそいつと試合に出るかもしれないじゃん」


俺は黙る。


転校生は当たり前のように続ける。


「だったらどんなやつか知っといた方がいいじゃん」


「どんなやつか?」


「足速いとか」


「肩強いとか」


「緊張しやすいとか」


「声出すの得意とか」


「色々あるじゃん」


確かにそうだ。


とても小学生が考えることとは思えなかった。


俺が同じ年齢だった頃。


そんなこと考えたこともない。


転校生はボールを手元で回転させながら続ける。


「あと自分に無いもの持ってるやつもいるし」


「お前が持って無いもの?…例えば?」


すると転校生は即答した。


「お前なら肩」


またそれか。


思わず苦笑する。


「そんな強いか?」


「強いよ」


真顔だった。


「遠くまで投げられるし」


「球も速いし」


「俺にはあんまり無い感じ」


そう言われると何だか照れる。


転校生はさらに続ける。


「足速いやつもいるし」


「バント上手いやつもいるし」


「守備だけ上手いやつもいるし」


「みんな何か持ってるだろ」


俺は何も言えなかった。


そんな風に考えたことがなかったからだ。


上手い。


下手。


それだけだった。


俺の中では。


だが転校生は違う。


一人一人を見ている。


ちゃんと。


「それに」


転校生が言う。


「キャッチボールって立派な練習だろ」


「まあな」


「だったら誰とやっても意味あるじゃん」


そして少し笑った。


「もし俺から何か覚えて、そいつが上手くなってくれたら嬉しいし」


「チームも強くなるし」


「別に損しないだろ?」


夕陽が差し込む。


オレンジ色の光がグラウンドを照らしていた。


俺は思わず苦笑する。


こいつ本当に小学生か。


考え方が大人すぎる。


いや。


大人の俺よりよっぽど大人かもしれない。


俺なんて。


小学生の頃は自分のことしか考えていなかった。


ヒットを打ちたい。


レギュラーになりたい。


褒められたい。


そんなことばかりだった。


だから上手いやつを避けた。


だから誘いを断った。


だから勝手に劣等感を抱いた。


全部自分だった。


転校生は何も悪くない。


むしろ何度も手を伸ばしてくれていた。


それを振り払ったのは俺だった。


胸の奥が苦しくなる。


視界が少し滲む。


「……っ」


慌てて空を見上げた。


泣くな。


そう思う。


でも悔しかった。


情けなかった。


三十近く生きて。


タイムリープまでして。


ようやく気付くなんて。


昔の自分があまりにも小さい。


あまりにも幼い。


あまりにも情けない。


「おい」


転校生が笑う。


「どうした?」


「いや」


慌てて顔を逸らす。


「何でもない」


「変なやつだな」


転校生はケラケラ笑った。


俺も少し笑う。


そしてふと思う。


こいつは本当にすごい。


守備も上手い。


打撃も上手い。


野球を理解している。


努力もする。


周りも見えている。


こんな小学生見たことがない。


なのに。


現代で会ったあいつは。


河川敷で草野球をしていた。


もちろん楽しそうだった。


野球を好きなのは伝わった。


でも。


どうしてなんだろう。


プロにはなっていない。


社会人野球でもない。


甲子園の話も聞かなかった。


こんなに野球が好きで。


こんなに野球が上手くて。


こんなに意識が高いのに。


何があったんだろう。


俺は少しだけ不安になる。


未来は変わる。


過去も変わる。


だったら。


こいつの未来も変えられるのだろうか。


できることなら。


もっと上へ行ってほしい。


ずっと野球を続けてほしい。


そんなことを考えていると。


転校生がボールを投げながら言った。


「来週試合だな」


「ああ」


「楽しみだな」


本当に楽しそうだった。


俺はその笑顔を見ながら思う。


まだ分からない。


未来がどうなるのか。


何が待っているのか。


でも一つだけ確かなことがあった。


俺はもう。


こいつとのキャッチボールを断りたいとは思わなかった。

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