第14話 竹林の白虎神獣
生い茂る竹林は深い森の如くに、周囲を薄暗くする。細長い竹とて密集すれば、一つの大木よりよほど見通しを利きにくくするものだ。
あまつさえ陽が落ちようという頃合いに、私兵ながら千に近いという軍を相手に、竹林で真っ向から睨み合う者がいる。
白髪の偉丈夫、即ち人化した白だ。無論、千も兵がいるからと、ここに全兵が密集している訳ではない。それでも白を取り囲む者は数十人、桃花の囚われている建物までには何百人と立ちふさがっている。
兵士らしく武装した逞しい男たちが、多勢に無勢と勝ち誇ったかのように笑っていた。
「げっへっへ……などとは申しませぬ。私兵とはいえ国の公子の所属ですゆえ」
「一人を取り囲むなど心苦しく存じますれど、如何せん勝ち戦に享楽を見出すのも人間の浅ましき宿業。とくと堪能させて頂きますぞ」
「仕えておる主の人柄もちょっとどうかと思いつつ、されど主君に忠を尽くすがこの国のどうしようもなき通念。愚かなる忠義を盲目的に貫きますことよ」
恐ろしき兵士たちが、ただ一人を取り囲み、槍の穂先を突き付ける。
だが、白は何一つ動じない。静かに、けれど内には煮え滾る憤怒を宿し、ゆらりと無造作に動き始めた。
「タオファの声が、聞こえる。口に出さずとも、心の声が、聞こえる」
「? 一体、何を申し上げておるのでしょう……多勢に囲まれた恐怖で、気が触れでも致したのでしょうか? フッ、お可哀想に……」
「自らが危機に陥れど、我の身を案じ、気遣おうとは……全く、どうしようもない。どうしようもないほどに……尊く、愛おしき人だ」
「?? おや……何でしょう、目の錯覚……でしょうか? 竹の影から出てきた一瞬、まるで……虎のように、見えた気が……?」
一歩、人の足で竹を横切る。一歩、見通しが悪い竹の向こう、虎の如き影が映る。そしてまた一歩、現れたのは、やはり秀麗な面貌の偉丈夫。
だが、更に一歩――密集した竹の群れに、全身が隠れた、次の瞬間である。
「我を遮るものは、もはや何一つとしてない。ただ、我が主のもとへ、一直線。小兵ども、己の身が惜しければ、道を開けよ。……刮目せよ、貴様らの前におるのは、四神が一柱。伝説たる、いと高き超越の存在。我こそは――」
「……な、ななっ……た、確かに、人だった……人だったはず、なのに……!」
『――――白虎神獣なるぞ――――!!』
竹林から、今また現れしは、白き毛並みの尋常ならざる大虎。
馬すら呑み込めそうな大口から鋭き牙を剥きだしにし、大木をも紙切れの如くに引き裂けよう鋭い爪を閃かせ、私兵の群れをど真ん中から突っ切った――!
「「「ヒ、ヒイイイイッ!?」」」
『グオオオオオオオオオンッ!!!』
無数の人間の叫び声すら、一吠えでかき消してしまう大音声。
遅れて追いついてきた太子・燕景と、その衛士たる文が、下馬して竹林を進みつつ感嘆する。
「な、なんと……あれが白殿なのですか。ただ、体が大きい虎というだけではない……あの巨体で、まるで狼の如くに俊敏で、しかも猫のように軽やか。爪牙は人の手により造られた鎧兜などあっさりと引き裂いている。あれが、神獣……!」
「ウム。道なき道に、道ができる。あの凄まじさこそが、人や獣では到達できぬ、超越者の力というものであろう。……とはいえ、伝説で語られるものとは程遠い、あれしきでは物足りんのだがな。フンッ」
「燕景様、それは手厳しすぎるのでは……ムッ」
「た、太子・燕景……まさか本当に、自らこのような場へ! ええい、太子を屠れば全て終わる! 御命、頂戴いたします――!」
剣を両手で構えて強く固定した敵兵が、一点を差し貫く構えで突撃してくる。
だが、いち早く動き出した衛士・文が、剣すら抜かぬ徒手で横入りし――敵の剣を絡めとったばかりか、そのまま投げ飛ばして地面に打ち倒す。
「グハッ!? む……無念にござります、ガクッ」
「うむ、さすがは余の衛士よ、見事だな、文」
「いえいえ、これしき、どうということも……それに、白殿のご活躍と比ぶれば、お褒め頂くことさえ恥ずかしいほどですから」
「はっはっは、そなたも謙虚よの! まあしかし、そうだな、ウム」
太子の存在を認識したのか、今度は標的を変えて大勢で取り囲む公子の私兵たち。
だが燕景は、やはり物怖じなどせず、少数の手勢でも有利を確信して声を放った。
「所詮、ろくに働きもせぬ愚昧公子の私兵ども。戦場に不要な礼が口調に滲んでおる時点で、知れたものよ――国を駆けまわり賊や内乱を鎮圧せし、余の兵の足元にも及ばぬわ! 全員、ひっ捕らえてやるゆえ覚悟せい!」
「最近は桃花殿のお宅に顔を出してばかりで、我々も戦はめっきりご無沙汰なんですけどねえ」
「はっはっは、それは言わぬ約束よ、文! いや、それもまた余にとっては大事な戦ゆえな! そして今は……桃花を救うための戦いじゃ、者共、かかれいっ!」
燕景の号令によって、まるで長い手足の如く兵士たちが自在に動く。公子の私兵に比べれば、太子の兵は小勢にもかかわらず、一方的に圧倒していた。
この分であれば、ほどなくして勝敗は決するだろう。しかも命令通り、捕縛と拘束を成し遂げた上で、だ。
燕景にも、それは既に分かっているようだが――だからこそ、気になることは別にあるらしく、神妙な顔で呟く。
「さて、こちらは無問題。あとは本命のみよ。桃花、無事でおってくれよ……ぬかるなよ、トラ公」




