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第12話 白虎神獣の尾

 太子・燕景えんけいが兵を動員してまで桃花の捜索を開始してから、大山たいざんへと日が差しかかるほど時間が経っていた。

 もうすぐ日が暮れようという頃、騎馬した衛士・ぶんが駆け寄り、下馬しながら報告する。


「燕景様! 桃花タオファ殿の捜索を続けておりますが、少し気になる情報が……」


「……軍が動いた気配など、容易くは消せぬ。何やら、違和感があるな?」


「! さすがは燕景様。はい、実は都から西側全域に聞き込みしておりましたところ、村民の中に〝見知らぬ兵士の一団が北へ向かった〟のを見た者がいたとのこと。この国の旗を掲げていたことで、そこまで怪しみはしなかったようですが……」


「今や軍権は、弛んだ軍部ではなく、余が持っておる。ゆえに国の軍が動くならば、余が知らぬわけがない。ならば恐らく私兵……心当たりがあるとすれば、余を見当違いに逆恨みしておる、一応の公子である叔父あたりか。機を見るに、桃花と無関係とは思えぬ……ふん、相変わらず陰険な奴よ!」


「はっ! そして今、証言を頼みに北側を調査しておりますところ……確かに、多くの馬の足跡が確認された、とのことです」


 手際よく仕事を進める衛士・文に、燕景は感心しながら頷いた。


「なるほど、馬の足跡か……まさに馬脚を露したというところだな!」


「……はい、まあ。……ではとにかく、兵に足跡を追わせますが、よろしいですね?」


「ウム! はっはっは、しかしどうした文よ、浮かない顔をして! 桃花が心配なのは分かるが、気持ちだけ後ろ向きに引っ張られても仕方ない。もう少し笑うなどしても良いのだぞ、はっはっは!」


「あ、はい、そうですね。……しかし気になるといえば、パイ殿のことも。桃花殿の邸宅には、留守居を任されたという雇われの女中など使用人以外は、誰もおりませんでした。近所の方が言うには、時々見かける巨大な白い虎が、山へ入ったといいますが……恐らく白殿のことですよね?」


「フン、殊勝にも山へ帰ったというなら良いのだがな。……都に〝山賊出没〟の報がされておる。これもまた機を見るに、無関係でないとすれば……」


「! まさか……桃花殿と白殿を分断するための、これもはかりごとの内だと!? そんな、仮にも国の公子たる者が、賊を使って連携など……」


「フン、あの馬鹿公子なら、ならず者を雇うくらいしてもおかしくないわ。チッ、何が神獣か、肝心な時に役立たぬ……もう良い! 別にトラ公などおらんでも、差し支えないわ! 調査など生ぬるいことは言わぬ、余もすぐ兵を率い、北へ……ッ!」


「え? 燕景様、どうか致しましたか……うわっ!?」


 刹那、天から何かが飛来し、地に着弾する勢いで砂埃を巻き起こす。

 少しして砂塵の幕が薄まった頃、大きな()()の影が微かに浮かび上がってきた。


 そこに現れた、長身の偉丈夫は――常の天上人の如く秀麗な面貌を歪め、万物を斬り裂く刃のような眼差しを隠しもしない。


 突然の登場に、衛士・文がおののきながら口を開く。


「パ、白殿、一体どこから……て、天? まさか飛んできた、とでも――」


「――――タオファは、どこだ――――」


「……ひっ!?」


 今の白の声は、まるで冥界の底から響いてくるような重低音で、あまりの威圧感に衛士である文とて怖じるしかない。

 だが、太子・燕景は無遠慮に前に進み出た。


「おいトラ公」


「!? え、燕景様、今の白殿は危険です、お下がりを――」


「よい。おまえこそ下がっておれ、文」


「え……燕景様?」


 文を片手で制し、異様な雰囲気で佇む白へと、燕景は改めて続けた。


「桃花は今、浅はかな野心家に浚われ、北へと連れ去られようとしている。身内の恥だ、そこは恥じるべきだが……余とて怒り心頭じゃ、この始末は自らつける。トラ公、貴様はどうする?」


「……フゥ―――ッ……北、北か」


 人の身でありながら、今にも誰彼構わず噛み殺さんばかりの威圧を発していた白が、大きな息を吐くと同時にその気配を和らげる。

 それでも内側には漲る激情を秘める、そんな白が北側へ目を向けるや、流麗な白髪を獣のように逆立てた。


「――――聞こえた、タオファが、我を呼んでいる。……フン、邪魔をしたな。山に出た賊は全て蹴散らした、捕縛したければ人でも送っておけ。では、我は、ゆく」


「おいトラ公」


「なんだヒト公」


 いつものように険悪な呼び合い方で、けれど燕景は簡潔に言った。


「余らも軍を率い、後から追う。桃花を、頼むぞ」


「フンッ、言われるまでもないわ――タオファは我が、守るのだ――!」


 雷鳴の如くに叫ぶや、飛来してきた時以上の速度で、白は北へ向けて飛び去った。

 衛士・文は呆然と見送ってから、はっ、と声を上げる。


「え、燕景様! いくら白殿が人ならざる力を持っていようと……相手が公子ならば、私兵の規模は軍単位! 馬の足跡からして、千にも及ぼうかという兵を相手に、いくら何でも単独では……」


「白虎神獣、四神というものはな」


「は……はいっ?」


 突然に言葉を放つ燕景に、衛士・文は目を丸くするが、構わず続けた。


「古代より伝説として語られる神獣にして、今なお中華において畏れ敬われ君臨せし存在。天文を果てまで極め五行を解したとしても、人間の手では決して届かぬ超越者たる、まさしく神よ」


「! それが四神……白虎神獣、白殿である、と……?」


「ふん……憐れむべきは、神の懐に手を出し、大切な者を奪わんとした愚か者であろう。分かるか、文よ。これはな」


 白き神獣が飛び立った北の空を見つめながら、燕景は告げた。



「まさしく、虎の尾を踏んだ……ということよ」



「…………。よし、皆の者! 急ぎ軍を編成し直し、北へ向かうぞ!」


「文、文、聞こえたか? 虎の尾を踏んだ、ということぞ?」


「貴き女人の身が危ういかもしれぬ、急ぐぞ! コラそこ、くだらん無駄口を叩いておる場合ではない! 粛々と準備を進めるのだ!」


「あ、もしかして意味が分からぬか? 白虎は虎であろ? だからの、その尻尾を踏み、怒りを買ったと――」


「よーし急げ急げー! 急いでゆくぞ、自分に続けぇーーー!!」


「お~~~い文~~~!!」


 軍の編成もそこそこに、大急ぎで騎馬して駆けだす文を、燕景もまた騎乗するや追いかけるのだった。


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