第10話 錬丹術師と白虎神獣、それぞれの仕事へ
『フム……付近の山に、数多の山賊の影あり、か』
ぼそっ、と白が虎の姿で呟いた相手は、ご近所の石おばあさん。白が白虎神獣だとは知らないまでも〝喋る虎〟だと認識している、数少ない人物の一人だ。
別に秘密にしている訳ではないが、普通は〝白い大虎〟と〝謎の美青年〟を同一人物には結びつけないらしい。
だからなのか、白が白虎神獣であることや、人間の姿に変化できることは、不思議なほど知れ渡っていない。
真実を知るのは、当事者である桃花と白、太子・燕景と衛士・文くらい……と、それはともかく話の続きを、石おばあさんがのんびりと口にした。
「ええ、ええ、虎ちゃんや……山狩りしていたら、いきなり妙な男たちが現れてねぇ。武器を持ってたし、いかにも悪そうだしで、驚いてしまったわぁ……」
『むむう、それは災難な。しかしよく逃げられたもの、無事で何よりだ』
「ええ、ええ、それはもう……この矢を思うさま、ぶちこんでやりましたからねぇ。転がって逃げていきおったのよぉ。猟のための山狩りが、犯罪者を狩るほうの山狩りにあわや早変わりしちまうとこだったぜぇ。哈哈哈!」
『ご老人、前に腰を痛めたばかりなのだし、あまり無理なさらぬようにな。しかし、その山はこの家とも近いな。ふぅむ……』
虎の渋面で何か考え込んでいると、後から入ってきた桃花も聞いていたらしく、話に入ってくる。
「山賊だなんて、物騒ね……この家はパイがいてくれるから、心配はないけれど。でも、村にまで被害が及ぶかもしれない、と思うと……気になってしまうわ」
「あらあら、タオちゃんは本当に優しい子だねぇ、ありがたや、ありがたや……さてお邪魔しちゃったけど、そろそろ帰るわね。ああそうだわ、これ、さっきの山狩りで取れたお肉、置いていくわねぇ」
「あっ、石さん、いつもありがとうございます。……あの、ところでこのお肉……」
「うふふ、安心して? これはちゃんと、猟で獲った……ただの、獣のお肉だからさァ……」
「あの石さんすみません、もう少し具体的にというか、抽象的な言い方を避けて頂ければ。あの、石さん……石さん~!」
久しぶりに大声を出して呼ばわる桃花に、石おばあさんは〝ぐっ〟と親指を天に突き立てるだけで、明確な返事はせずそのまま帰っていった。
(※白さんがニオイを嗅いでくれて〝猪の肉〟と判明しました)
ひとまず本日の来客予定は終わり、先ほど告げられた気になる件に関して、改めて白が提案した。
『有象無象の賊如き、タオファの言う通り我らには問題にならぬし、どうでも良いが……心優しきタオファのこと、村が気になるのだろう? ならば我が出向いて、直接こらしめにいってやろうか?』
「えっ……パイ、いいの?」
『ウム、タオファの顔色が優れぬこと、先ほどから気付いておるぞ。タオファの心を乱すような無粋、白虎神獣たる我が許さぬ。任せておくがよい!』
「パイ……ありがとう! 本当に、気になっていたから……けれど、気をつけてね? パイが怪我なんてしたら、それが何より悲しいから……」
『フ、無用な心配よ! 神獣たる我の身には、鋼の刃とて文字通り太刀打ちできぬわ! ……くっ、タオファが我を気遣ってくれるだけで、なんでだろうか、この胸が高鳴る……白虎の身に熱が宿り、今にも駆けだしたい心地ぞ……!』
何やら悶えている白に、桃花は首を傾げつつ続けた。
「本当は、私もついていきたいけれど……実は、宮廷に錬丹術で造ったお薬を届けるため、都へ行かないといけないの。取り扱いの難しいお薬で説明も必要だし、他の誰かに任せる訳にもいかなくって……」
『ははは、可憐なタオファを山狩りに連れて行く気など、我には端から無いぞ? だがそうか、都へ……そちらにこそ付いていきたいが、まあ都ならば、治安に関しては安心だろう。何なら、たまには休みついでに羽を伸ばしてくると良い。だが、変な男には気をつけるのだぞ!』
「あら、ご心配なくっ。ちゃんと撃退用のお薬も、仕込んでいきますからっ♪ うふふ、うふふ♪」
『うむうむ、少しでも危険を感じたら、即座にぶっかけるのだぞ、ははは♪』
軽快に笑いながら、なかなか過激なことを口走る桃花と白は、息の合う主従だ。
さて、白虎神獣は山へ賊狩りに、錬丹術師は都へ男退治……もとい薬の配達に、と互いの動向が決まる。
「それじゃあ、パイ……あなたなら大丈夫だろうけれど、本当に、気をつけるのよ?」
『タオファこそ、できることなら、早く帰ってくるのだぞ。もし、何かあれば……我を呼べ。必ずや、雷光の速度で駆け付けてみせるからな!』
こうして、桃花と白は暫しの別れを惜しみながら、互いに逆の方向へと向かう。
思えば出会ってからは、ほとんど離れず、ずっと一緒に暮らしていた二人だ。
久方ぶりの離れ離れ……ゆえにこそ、両者はまだ気付いていない。
この後、桃花を襲う事件を――あるいは二人が、二度と会えなくなるかもしれないなどと、今の時点では考えられるはずもなかった――




