第三百十六話 許証
フィナンシェは卵白と焦がしバター、砂糖にはアーモンドパウダーを混ぜて焼くんだって。マドレーヌは卵白じゃなくて全卵使うらしい。
「おや、陛下。随分とお早いお戻りで」
「お、おう、宰相。今戻った。変わりないか?」
「変わりないか? ありますよ、ええ、ありますとも! いつの間にか近衛騎士たちを連れて国王陛下が忽然と居なくなったんですからね! 城中大騒ぎでしたよ!」
あ、国王陛下、出掛けること宰相様に言ってなかったのか。そりゃあいかんよ。宰相様だって拗ねるって。いや、拗ねるというより怒ってんね。
「原因はあなたですか、また」
宰相様の視線が私に向いた。私は愛想笑いを浮かべる。だが宰相様は誤魔化されない。
「さて陛下、どうしてこのような事をしたのかお話し願えませんか?」
宰相様は優しく微笑んだ。そう、今だけ。話さなかったら般若の顔になるだろう。でも般若の面って嫉妬と憎悪に狂った女の面なんだよね。宰相様はどう見ても男だから不適切かな。
「実はアンダーゲートでな」
国王陛下は観念して話すことにしたみたい。話すほどに顔が険しくなっていくのはなんでだろう。私、悪くないもん! あのクソ豚野郎が悪いんだ!
「で、勢い余ってデブンシャ子爵を連れて来た、と?」
「その通りだ」
「何してくれちゃってんですかねえ、この人は」
宰相様が深いため息をついた。あら、もしかしてなんかやらかした?
「アンダーゲートに出向いて掣肘したことは良かったと認めましょう。ですが、なんで連れてくる必要があるんですか? これでは誘拐ではありませんか」
「いや、待て、奴は国王たる私を面罵すると言ったのだ。それを不問にする事も出来なかったので連れて来たのだ。あとの処理は任せる!」
バッと立ち上がると国王陛下はそのまま逃走した。逃げ足も早いんかい。宰相様は再び溜息をついて、近衛騎士の人たちにクソ豚野郎をシンターのところに連れて行けと命令していた。
近衛騎士が去るとこの部屋には私と宰相様の二人きりだ。帰ろうとしたら宰相様に止められた。
「それじゃあ私もこれで」
「待ちなさい」
「いやいや、私単なる冒険者ですよ? しかも銅の。王城に用事なんかありませんて」
「度重なる不法侵入、さすがに見逃す訳にはいきませんから」
あー、それを言われると弱い。だって国王陛下に会うには直接来るのがいちばん早いんだもん。待ってたら一週間とか一ヶ月とか掛かるらしいし。
「私に着いてきなさい。拒否権はありませんよ」
「はい」
仕方なくトボトボと着いていくと応接室に通された。ソファとかふかふかだ。かなり高そう。ついでに言えばお茶とお菓子も出してくれた。晩御飯は食べたのであまり入らないけど。
「ここで待っていなさい」
そういうと宰相様は姿を消した。あ、いや、ドロンじゃなくて普通にドアから出て行ったんだけど。お茶を飲んでみる。うまっ。なにこれ。ペットボトルのお茶と全然違う。お菓子をぱくり。うーん、これは私はコンビニで出した方が好きだなあ。
そう思ったのでコンビニでフィナンシェを出す。割と美味しいよね。作り方とかわからんし、わかったところで作れないけど。
「キュー殿!」
バタンとドアが開いたかと思ったらリンクマイヤー公爵とミルドレッド公爵が入って来た。うわっ、びっくりした!
「あ、お久しぶりです」
「うむうむ。何やら人が増えたそうだな。その分の給与もウチが出すからな。あと、今いる三人の給与倍増願いも承諾しておいたぞ!」
あっ、そういえばあの子達の給与は私が出すつもりだったから言ってなかったんだよね。いやまあ、出してくれるのはありがたいけど、大丈夫なのかなあ?
「リンクマイヤーとしてはこの程度なんともないわ。テオの奴が向こうの大陸で稼いでくれているからな」
あー、テオドールまだ向こうにいるんだよね。ヒルダ様いるから大丈夫だと思うけど。ヤッピとかミリアム様とかにも会いたいし、そのうち向こうにも行ってこよう。
「ならば運ぶ食料の量も増やさねばならんな」
「あ、いや、今のままで十分です。それよりもミルドレッド公爵にお願いが」
「おお、恩返しの絶好の機会だな。なんでも言ってくれ」
「実は作物の種が欲しくて」
そうだよ、果物の種を求めてアンダーゲートまで来たんだよ。なぜ私はアンダーゲートの内政問題に首突っ込んじゃったんだろ。いやまあ答えは簡単なんだけど。行きがかりだ。
「作物の種なあ。あの山の上で育ちそうな作物と言えば葉物野菜なんだが」
「それはもうやってます」
「ふむ、実際に育ててる者に聞かんと分からんな。よし、一週間待ってくれ。大鷲便で届けさせよう」
どうやらミルドレッド公爵が領内とか知り合いの貴族の領地とかから取り寄せてくれるらしい。名産とかが競合しないかって? いやいやうちの村で作るだけだからね。市場に出しても大して量は無いし、そもそも上手くいくかもわかんない。
だいたい、私の超能力はこういうのの育成には向いてない。というか使い物にならないんだよ。じゃあコンビニは? というとこっちもダメだ。完成品は出てくるんだけど当然ながら肥料とかそういう農機具とか出てこない。売ってないもんね。
とりあえずそんな話をしていると宰相様が戻ってきた。手には何かを持っている。カード?
「これを持っておけ。城に入る事を許可した許可証だ。両公爵家の口添えがあったから発行出来た。二人に感謝しておけ」
許可証! つまり、転移でお城に来ても見とがめられることが無くなるってことか。もうコソコソしなくていいんですね。いや、元からあまりコソコソしてないんだけど。
「自由に出入りは構いませんが、あまり陛下を連れ回さないでいただきたい。仕事が滞りますので」
聞けばアンダーゲートに行ってた間に溜まったお仕事を今片付けてるらしい。終わるまで寝られないんだってさ。いくらなんでもあんまりじゃないかと言ったら、出来るだけ量を減らしてある、と。
本来は倍以上の量があるらしいんだが、締め日が直近のもののみチェックさせてるんだとか。うわぁ、国王陛下って大変なんだなあ。




