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第三百十一話 正座

三すくみのナメクジは蛇毒が効かないでしかも蛇を体液で溶かしてしまえるから、という「虫拳」の考え方らしい。まあ実際はナメクジを食べる蛇もいるみたいです。

 晴れた空。白い雲。海から吹く潮の香りが混ざった風。心地よい陽射しが部屋の中まで届く様に窓は工夫されている。つまり、部屋の中は割かし冬でも暖かい……はずなのだが、何故か今この場には寒波が到来している。


「さて、あなた? 色々聞くことがあります」


 表情だけはにこやかなアルテミシアさんの笑み。目は笑ってないんだよね。いや、細めてるから笑ってるのかもしれないんだけど。


 ホーク君はすやすやとシャーロッテさんの腕の中で眠ってる。この人は自分を傷付ける人じゃないとわかってるかのような安心しきった寝顔。守りたい、ずっと。ルピナスの花のように。そっと。


 あ、ルピナスは昇り藤とも呼ばれる花で花言葉は「あなたは私の安らぎ」なんだよね。優しい花だよね。特に青色のルピナスの花言葉は「母性愛」なんだよね。えっ? もうひとつの花言葉は「貪欲」? それはスルーだよ!


 ごめんなさい。アルテミシアさんを直視したくなくて現実逃避してました。今、私の前にはティーチが正座させられています。それも下半身が氷で埋まってるんだよね。あれは、ちょっと、うん。


「私にもわかるように説明してくれると、嬉しいわ」

「はい……」


 完全に蛇に睨まれたカエルである。あ、ところで三すくみってあるよね。あれのナメクジの存在がイマイチわかんないんだけど。ええと、ナメクジだと蛇には勝てなそうなんだけど。あ、カエルがナメクジに勝てるのはわかる。


「それで、ティーチ。もう蜂蜜館には行ってない、のよね?」

「も、もちろんだ! このティーチ、キッパリと蜂蜜館の誘惑にも耐え切ったんだからな!」

「そうね。一先ずそれは信じるとしましょう。ところで、ロッテの小遣いを巻き上げてた、というのは本当かしら?」


 あ、その事なのか。まあそりゃ子どもの小遣いを巻き上げる親とかとんでもねえなって思うけど。私? 小遣いとか必要ない場所にいたからなあ。欲しかったら申請したら割と手に入ったし。いや、訓練とか実践とかでちゃんと成果をあげた時だけね。成果ポイントみたいなのを使うんだけど、思えばあれがお小遣ってやつだったのかな?


「い、いや、その、ほら、ちょっとした時に手持ちがなくてな。それで借りただけなんだ。返すつもりだったんだ」


 ちなみに、「だった」と過去形である。まだ借りてるはずなのにな。おかしいなあ、私も殺意の波動に目覚めてきたよ。どうやらそれはアンナさんも同じようだ。シャーロッテさん? シャーロッテさんはキョトンとしてる。感覚が麻痺してんのかな?


「あのお金がどういうお金かわかっているの?」

「わかっている。オレが漁に出たりなんだりで稼いできたお金だ。まあ家計のことはお前に任せていたが」

「違います」


 メキャッとその辺にあった椅子がひしゃげた。あの、アルテミシアさん? 備品を壊すのはちょっとどうかと思うんですが。


「あのお金は、私が内職をして稼いだお金です。あなたからのお金なんて殆ど無かったじゃありませんか」

「し、仕方ないだろう。男には何かと付き合いってもんが」

「それで蜂蜜館ですか?」

「い、いや、毎回そこじゃあ……」


 あ、こいつもしかして……蜂蜜館だけじゃなくて他の娼館にも通ってたとか? それも手頃な価格帯の?


「生活費は私の内職と冒険者時代の貯蓄で何とかなっていましたが、あなたからのお金なんて一週間分の食費にもなってませんよ」

「そ、そんなはずは……」

「当たり前じゃないですか。やれ酒だ、やれ肉だ、と大食らいが居るんですから。それでも身体が資本だし、漁は水ものだから不調な時もあるわと我慢して来ましたのに」


 これは判決、ギルティ。どう考えてもティーチのド屑が悪い。吐き気を催す様なクズだわ。


「それで、いくら借りて、いつ頃ロッテに返すの?」

「いくら借りたかなんて覚えてねえよ。あと、まあ返すのはそのうち、な?」


 この期に及んで誠意の欠片もない返答だ。どうするんだよ、こいつ。アンナさんなんか信じられないものを見る目で見てるぞ。そりゃあそうだ。アンナさんの父親のエイリークさんは家族を守るためにその身を奴隷にまで落とした人だもの。まあモテてたけどね!


「わかりました」

「わかってくれたか?」

「あなたに言っても無駄だということがわかりました。返済額と期限は私が決めます」

「なんだと!?」


 あー、うん。こういうやつは交渉するだけ無駄だと思うよ。それでも更生の道を歩ませてやるだけ温情ってものだろう。


「ティーチはロッテに現在の年齢の十九……いえ、二十枚の金貨を支払うこと。期限は一年」

「金貨だと!? そ、そんなにも借りてねえよ。それに一年でそんな額稼げる訳が」

「借りたものには利子がつく。当然でしょう? それでいいかしら、ロッテ?」

「あ、うん。ちょっと貰い過ぎと思うけど」

「いいのよ。子どものお金を取り上げるというのはそれだけの重罪なんだもの」


 あー、子供心を傷付けた分も含まれてるのね。そりゃあまあ納得だわ。というかシャーロッテさんはその辺麻痺ってそうだけど。いや、私も多分シャーロッテさん側だから人のことは言えない。


「さて、ティーチ? それじゃあ他の疑惑も吐いてもらおうかしら?」

「なっ、なんだよ、まだなんかあんのかよ」

「蜂蜜館以外の娼館にも行ったの?」

「行ってねえ! 神に誓って行ってねえよ! あそこは遠洋から帰ってきたやつらを連れてくついでに行ってただけだからな!」

「遠洋船なんて数日に一回、交代で帰ってきてるでしょうが! そんな頻度で行っていたの?」


 この男らアホである。船舶ギルドの副長やってんのはアルテミシアさんなんだからその辺誤魔化せる訳ないやん。


「あ、ちなみに他の娼館に行ってない、は嘘ですね。商業ギルド長の絶対で別の高級娼館にも行ってます。名前は……緑青館」


 ありがとう鑑定サイコメトリ。この状況で嘘をつくとは思ってもみなかったよ。あ、今まで言ってた事はだいたい正確。借りた金の額についてはなんか数えてたけど、途中で諦めたみたい。

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