Southern Cross
熱気が重く、肌にまとわりついた。
新谷は、眠れなくて兵舎の外に出た。夜襲に備えて灯火規制がかけられておりほとんどか暗闇で、整備庫が唯一、明かりが漏れていた。
200時間以上の稼働時間がある機の整備のようだ。
空冷複列14気筒でバルブ駆動方式はOHVの、エンジンだ。
カウルを外されて、エンジンだけがむき出しのヘッドがあった。
整備員に紛れて、エンジンをいじっている,飛行服の男がいた。
竹部飛行兵曹長だった。
「竹部飛行兵曹長どの,なにをなされておるのですか。」
「ああ、新谷少尉。なに、今日の空戦で,シリンダーに食っちまってな、一気筒死んでるみたいなんで、いま整備してるんだ。」
新谷は、あきれた。
竹部飛行兵曹長は、新谷より6つも上の27歳だった。
新谷は学徒で下士官なので、航空学校を卒業と同時に少尉に昇進した。
竹部は、現場たたき上げの人間だった。
だが、破天荒ではなく、大した戦績はあげてはいないが必ず生きて帰ってきた。
それは、竹部のゼロ戦へのこだわりだった。
竹部は、兵舎ではなく整備庫で過ごしていた。
整備兵と一緒になって、飛行機の整備をしていることが多かった。
「竹部さん,その機体はもう駄目じゃないですか。二一型ですよ。」
二一型、ゼロ戦初期の型で、すでにほとんど飛んでいない機体だ。
今は、ほとんど52型になっている。
「そうですな、ただ新谷少尉、この機体寄せ集めて作ったもんで調整が大変なんですよ。しかし、命をあづける機体だし,だれが乗るかやからんし。」
実際、愛機などという固定でのる機体はない、非常の場合は空いてる期待に乗って出撃するのが常だ。
「二一型は,馬力はないけれども抜群の旋回性能と舵の利きがいんですよ。この頃の機体はまだちゃんとした職人が作っているからまだ現役なんです。」
竹部は塗装の剥がれた,胴体を叩いていった。
整備員たちも、嬉しそうにしている。
シリンダーに被弾したらしく、シリンダーごとの取替が必要らしい。整備兵が、倉庫のすみから部品撮りしたらしいシリンダーをケロシンで洗浄して差し込んでいた。
「しかし、二十一型は20mmは九九式一号銃だし、80発しか積めんでしょう。初速も遅いし当たらんでしょう」
二十一型の20mmは砲身が短く翼内に格納されているので、改良された2号に比べて携行玉数も少なく、初速も遅い。
ただし、翼面荷重が軽いため旋回性能などの運動性にすぐれている。
今、主力52型は、馬力はあがっだ機銃なと゜の変更で重くなり、降下速度速度を引き上げたため機体が重くなり、運動性に低下がみられた。
対して今、戦闘を繰り広げている敵機は、2000馬力クラスのF6F 高速とゼロ戦と同じ航続距離をもつP51だった。
どちらも、分厚い防弾と7.7mmを嫌というほど打ち込んでも火すら噴かなかった。
対して、こちらは1発でも当たれば火をふく、飛ぶ火薬庫みたいなものだ。
出撃するたびに、必ず誰かが帰ってこない。
52型の発動機も、よくオイルを噴いて風防が汚れている。
材料自体が、鍋や釜では仕方がないことだ。
だいたい、翼に直接足をのせてはならないし、ガソリンもオクタンの低いものしかない。
機体の稼働率は、7割がいいところだ。
竹部が、一升瓶を整備兵たちに差し出していた。整備兵たちは喜んで受け取っていた。
「新谷少尉、すこし付き合いませんか」
と、どこで手に入れたかはしらないがウイスキーの瓶を下げていた。
滑走路の隅にある掘っ立て小屋みたいなところに腰かけると、グラスにウイスキーを注いで
「今日を生き延びたことに」
と竹部がいって乾杯した。
「今日の未帰還機は?」
と新谷が尋ねると
「6機だそうです。それも最近配属されたものばかりです。」
「そうですか、私も危なかったです。竹部さんがあそこで威嚇射撃をしてくれなければ」
その日の空戦は、迎撃戦であり飛行場を強襲にきた、P38とB24と戦闘になっていた。
P38の初期型はのろく、ペロだといわれていたが、ターボ―チヤジャーを備え、高高度の戦闘機に改良され、機首に武装を集中させたことで、命中度がよく、高高度からの一撃離脱でかなりゼロ戦が屠られることになった。
この日も、P38に穴につかれた、新谷は機をロールさせたりしながら攻撃をかわしていたが,頭を押さえられて徐々に高度がさがり、300m近くになっていた。
相手の機銃の弾が、胴体をかすめて火花を散らしていったとき、落とされると覚悟した。
その時、P38の前方に曳光弾が流れた。
慌てた、P38は上昇しようとして機首をあげた。それが命取りだった。
双発の真ん中にある,コクピット向かって,7.7mmが撃ち込まれた。
風防が割れて、飛び散った。
慌てたパイロットは、機を捨ててパラシュートで脱出した。
機体は、洋上激突して沈んでいった。
新谷のよこで、竹部がパンクして帰投すると合図した。
新谷は,口の中が異常に乾いていることと、失禁していることに気付いた。
「戦闘機乗りは、いつか死ぬんです。それは入隊したときから覚悟していたことですから。ただ、戦争だから戦って死にたい。仲間を守るために戦っているんです。」
竹部は、グラスを煽ると夜空を眺めた。
「新谷少尉、夜間に長距離を飛んだことがありますか。」
「いえ、まだ」
「夜 明かり無いところ飛んでいると上下の感覚がなくなって落ちるんですよ。だから星を見るんです。ほらあそこに、南十字星が見えるでしょう。」
といって、竹部は指さした。
「サザンクロス(Southern Cross)ですね」
「新谷少尉は,大学では何を学んでいたのですか」
「敵性語の英語です。理系ならば内地で兵器開発の仕事があったでしように」
と自傷ぎみに笑った。
実際、学徒出陣の学生は文系に限られて、理科系学生は兵器開発など、戦争継続に不可欠として徴兵猶予が継続され、陸軍・海軍の研究所などに勤労動員陸軍・海軍の研究所などに勤労動員された。
「主計でもいいし司令部づきでもよかったでしょうに」
「いえ、空を飛んでみたく。昔から飛行機乗りにはあごかれていました。女性にもてるし」
「もてましたか」
「いえ、ぜんぜん、学校でのしごきがすごかったですし」
「将校さんでも厳しかったですか」
「一時期ほどはなかったと聞きますが、精神注入棒はありましたよ」
「あれは、まだあったですか」
と竹部は笑った。
明日も笑えるという保証は,どこにもなかった。
戦場とは、いつ死ぬかという場所でしかなかったからだ。
二人の頭上には、Southern Crossが二人を明日を祈るように瞬いていた。




