戦うということ その6
「た、助けてくれ!」
魔人は暗闇の中、星の光だけを頼りに平原を必死に走っていた。
何者かに追われている。
何度も背後から飛び道具で襲われ、身体中に無数の傷を負っていた。
肩で大きく息をしながら走り続ける。
「大丈夫か——?」
前方から仲間の声が聞こえた。
魔人の集団と合流し、仲間がその肩を支える。
「お前、どこに行っていたんだ?俺ら、必死に探したんだぞ」
同僚が怯えきった魔人を安心させようと、声をかける。
助かった。魔人がそう思った瞬間、生暖かい液体が全身に噴きかかるのを感じる。
悲鳴もなく、肩を貸した同僚が地面に崩れ落ちた。
「うわぁぁぁぁあっ!?」
思わず大きな叫び声をあげると魔人の部隊は彼の周りに固まり、防御陣形を敷く。
数は20人ほどの小部隊であった。
「ぎゃっ!」
一人離れていた魔人が高い叫び声とともに崩れ落ちた。
魔人の一団を狙う影は音もなく近づいてくるようだった。
「警戒を怠るな!敵は少数だ!!」
ただ一人、馬に乗る指揮官が声を上げる。
追われてきた魔人を中心に円陣を作って見えない敵に対峙する。
「がっ!?」
また一人、外側にいた兵が倒れる。
包囲されている——兵士たちは肌でそう感じたのか、段々と円陣を狭めていく。
気づくとお互いの肩がぶつかる程に密集していたのだった。
何かがおかしい……指揮官が気づいたときは遅かった。
「いかん、散れっ!散解、散解し……」
そう言い終わる前に指揮官は絶命した。前方から飛んできた短剣が喉に突き刺さり、力なく馬から落ちる。
指揮官が倒れた部隊は脆かった。
我先にと逃げ出そうとする。
その刹那、地面が金色に輝く。密集した部隊をすっぽり包む、直径10メートルほどの魔法陣が現れる。
「!?」
地面から魔法陣の外縁をなぞるように細長い槍が無数に飛び出し、逃げようとした半数の魔人たちを貫いた。
彼らは百舌の早贄のように、無残に宙で串刺しとなった。
「ひっ!?」
生き残った魔人たちも槍の林に閉じ込められた格好となる。
ヒュン——
空気を切る音が上空から聞こえる。
魔人たちは見上げる。
彼らは月明かりに浮か上がる赤い瞳の鬼を見た——
鬼は顔を布で覆い、ギラついた赤い瞳をしていた。
口を覆うように交差させたその両手には幅が広く、切っ先の尖った肉包丁のような剣が握られている。
それはふわりと静かに円の中心に着地した。
次の瞬間、二人の魔人の首が胴体から離れ、辺りに生暖かい液体を撒き散らす。
「ち、畜生っ!!」
一人の魔人が槍を水平に構えると、鬼に向けて突進する。
だが、次の瞬間には握る腕ごと槍を落とされていた。
「……!?」
その魔人は断末魔すら許されなかった。
喉を鍔元まで深く、突き通され、膝を折ってその血に溺れた。
残った数人の魔人は恐慌に陥る。
剣を捨て、槍を捨て、めいめい逃げようとする。
だが、鬼は許さなかった。
まるで輪舞を踊るように、華麗に舞うと次々に魔人の息の根を止めていく。
そこに一切の容赦はない。
「ああっ……」
人間の捕虜となり、逃げ出した魔人の目の前にそれはいた。
捕虜だった魔人は力なく膝立ちに見上げる。
赤い瞳をした鬼は冷ややかに見下ろしていた。
不意にガチャ、ガチャという音が後方で聞こえた。
一人の兵士が槍によって作られたサークルを抜け、必死に逃げようとしていた。
着込んだ鎧が擦れて鈍い金属音を響かせている。
恐怖で足がもつれ、うまく走れない。
捕虜だった魔人を背後に残し、鬼はゆっくりと進む。
そして、最初の槍の犠牲となった魔人の前に立つ。
その魔人は体の中心に槍が突き刺さり、腰の高さで宙ぶらりんになっていた。
鬼が槍を引き抜くと、その骸が地面に落ちる。
「いやだ、死にたくない!死にたくない!」
もつれる足で必死に魔人は恐怖から遠ざかろうとしていた。
鬼は槍をぎりっと握りしめると、空に向け放った。
槍は弧を描くと、血で濡れた切っ先を月明かりに不気味に光らせると、鈍い音を立てて地面に突き刺さる。
魔人の背を貫いて——
鬼はゆっくりと捕虜になっていた魔人の元へ戻って来る。
すでにあたりに動くものはなかった。
魔人も先程と同様、膝立ちで虚空を見つめている。
その瞳の先に、赤い瞳が重なった。
「た、助けてくれお願いだ」
力なく魔人が懇願する。
恐怖と絶望で涙が、鼻水が、涎がだらしなく流れる。
「——何人殺した……?」
鬼が、何事か呟く。
布に覆われた口元で何を言われたのか魔人にはわからなかった。
その様子を見て、鬼は顔を覆う布を解く。
「あ、アンタは……!?」
魔人は目の前の鬼の顔を見たことがあった。
「お前は……お前たちは——そうやって命乞いをする人間を何人殺した——?」
「そ、それ……は……」
魔人は何か言おうとしたようだが、その言葉は最後まで続かなかった。
「いいさ——聞きたくない——」
ずぶっ、と魔人の胸に刃を押し込むと素早く引き抜いた。
目を見開いた魔人は絶命し、そのまま前のめりに倒れた。
——俺は、何を……やっているんだろうな。
怪しげに光る月を見上げるホークの手は血で濡れていた。




