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空が壊れるほどの恋だった  作者: Kakou
【第三部】第三章
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第九十二話「切断」

開いた繭の中、灯はゆっくりとを開けた。


まだ、霞む視界。

全身に纏わりつく、鉛のような気だるさ。

灯は、必死に瞼を持ち上げた。


その視界に映ったのは――晴の、姿だった。

出会った頃の綺麗な格好とは違う、土埃と汗と幾筋もの傷にまみれた姿。


灯の目が、まっすぐに晴を捉えた瞬間

――頭上に、瞬時に雨雲が湧き上がった。


これまで灯自身、抑えることすら忘れかけていた感情。

長い間、押し込められ堰き止められていたそれが、決壊するように一気に噴き出した。


轟音と共に、豪雨が地下に降り注ぐ。

空間全体に、まるで本物の空があるかのように、雨粒が絶え間なく降り続けていた。


「――晴、さん」


灯の、声が震えていた。

その目に、涙がみるみるうちに溢れ出す。


晴は、手を伸ばした。

震える、その手で、灯の頬に、そっと触れる。


「――灯、迎えにきたよ」


晴の、声もまた、掠れ震えていた。

二人の間に、これまでの、長い道のりの、すべてが、凝縮されているかのようだった。



「――お前!!」


中枢卿の金切り声が、なお、響いていた。


「よくも!よくも!!」


だが、その怒りは、言葉だけに留まっていた。


次の兵器人形が、送られてくる気配はなかった。

外では恐らく、仲間達が、なおも敵を抑えてくれているのだろう。


灯は、震える体を支えながら、繭から身を起こした。

足に、力がうまく入らない。

それでも、灯は、歯を食いしばりながら立ち上がろうとした。


「――晴さん」


「――無理、するな」


「連れて、行って。あの人のところへ」


灯の言葉に、晴は思わず目を見開いた。


「――危険だ」


「――大丈夫」


灯は、強い意志を込めて、晴を見つめ返した。

その瞳の奥には、確かな、覚悟が宿っていた。


「この国のシステムを、終わらせなきゃ」



晴は、迷った。


だが、灯の目に宿る決意を見て、頷いた。

灯の肩を、そっと支えながら、晴は中枢卿へと、向かって歩き出した。


一歩、また一歩と進む足取りは、決して、軽くはなかった。

灯の、体重を支えながら、晴もまた、疲労の限界に近づいていた。


二人は、互いに寄り添うようにして、その距離を詰めていった。


――横たわる雫の姿をした中枢卿前に、立った。灯は、静かに口を開いた。


「――みんな、どこで間違ってしまったんだろう」


その声は、これまでにない、静かな響きを帯びていた。

雨音だけが、静けさを優しく包み込んでいた。


「ただ、愛していただけ、なのに」


「――お前は、間違ったことをした」


晴が、言葉を継いだ。


「でも、紬さん――娘を、愛していただけだった。東雲洸も、あなたの旦那さんも、紬さんを、愛してただけだった。失った、その、感情を、空を、壊してしまうほどにっ…」



晴の肩に体を預けながら、灯は続けた。


「少しの間だけど――あなたと過ごして、わかったよ。寂しいって。あたしを、紬って、呼ぶあなたは、ずっと、壊れた、世界のまま――」


「――お前に、何が、わかる」


中枢卿の、声が震えていた。


「わかってたまるか」



晴は、なおも続けた。


「世界が壊れた日を――俺ら忘れない。世界も、忘れるべきじゃない。別の、形で――必ず、語り継いでいく」


灯は、目を伏せた。

頬を伝う、雨粒と涙とが、混ざり合っていた。


「感情を、壊したい。無くしたい――なんて、嘘だよ。だって、今でも、こんなに――こんなに、愛しているのに」



――横たわる、雫の瞼の端から、一筋の涙が、静かに伝い落ちた。


「――お前らなんかに、わかるはずが、ない」


中枢卿の、声は続いていたが、その響きは、次第に力を失っていった。


「わかってたまるか……」


その声は、弱々しいものへと変わっていた。

まるで、長年張り詰めていた何かが、ゆっくりとほどけていくかのように。



「――冴さん」


晴は、その名を呼んだ。


「教えて欲しい。どうやったらシステムは止まる?」


しばらくの、沈黙の後

――中枢卿は、フッと、乾いた笑いを漏らし、試すような口調で告げた。


「――この、体の中だよ」


「――え」


灯の、体が僅かに強張った。


「お前の、母親。雫の中に――システムの、中核がある」


その言葉に、灯は大きく目を見開いた。


「灯。お前は――自分の、母親に、刃を突き立てられるか?」


その問いは、あまりにも重く、繭の空間に、降り続ける、雨音の中へと溶けていった。

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