第九十話「再会」
重厚な扉の向こうから現れた、三つの人影。
その姿を確かめた瞬間
――灯の擦り切れかけた意識の奥に、鋭い衝撃が走った。
土埃と汗にまみれた、その輪郭。見間違えるはずのない、姿。
「――晴、さん」
掠れた声が、灯の口からこぼれ落ちた。
喉が、ひび割れるように痛んだ。
晴は、部屋に足を踏み入れた瞬間、そこに広がる異様な光景に、思わず息を呑んだ。
中心に大きな機械。
その周りに、無数の繭型の機械が、整然と並んでいる。
壁面から青白い光が、絶えず放たれ、低い機械の駆動音が、部屋全体を絶えず震わせていた。
空気そのものが、これまでとは違う、異質な、重さを帯びているようだった。
――その一つの中に、灯がいた。
全身に、無数の管を繋がれ、力なく横たわっている。
頬はこけ、以前の健やかな面影は見る影もなかった。晴の胸に、鋭い痛みが走った。
「――灯!!」
晴は叫びながら、繭に駆け寄ろうとした。
地を蹴るその足が、これまでの旅路の疲れを一瞬にして忘れさせた。
「――待て」
翔が、鋭くその腕を掴んだ。
指先に、これまでにない、強い力が、込められていた。
「罠かもしれん。もっと周りを、よく見ろ」
その忠告に、晴ははっと我に返った。
荒い息を整えながら、改めて部屋を見渡す。
部屋の中に横たわる人影が見えた。
「――環さん!!」
玲が思わず声を上げて駆け寄った。
ぐったりと、目を閉じたまま、動かない環の姿。
血の気の失せた顔色。
頬に落ちた、深い、影。
晴の胸に、これまでにない激しい怒りが込み上げてきた。
「――ようこそ」
声が、聞こえてきた。
感情の読めない、平坦な、響き。
「とはいえ、歓迎はしてないのだけど。素敵な記念日を邪魔されて本当に不愉快だわ」
声の先に、晴達は、視線を向けた。
中央の、大きな機械――その中に、目を閉じ、口も動いていない、女性がいた。
声は、確かに、そこから聞こえていた。
目を閉じたままの、その顔立ちは静かで、それでいてどこか作り物めいた、不気味さを湛えていた。
「あなたが、天宮晴ね。感情に任せて、あの繭に突っ込んで死んでくれたら、良かったのに」
その言葉の意味を、晴は一瞬飲み込めなかったが、翔が静かに口を開いた。
「――回路を切らずに、繭に触れると、死ぬ仕掛けだったんだろう」
いろんな状況で戦ってきた、翔の感覚は、正しかったのだ。
もし触っていたら命を落とすほどの強力な電気ショックが流れて晴は死んでいたのだ。
背筋に、冷たいものが走るのを感じた。
もし、翔が、止めていなければ
――その想像だけで、晴の腕に鳥肌が立った。
「――灯を、返してもらいます」
晴は、そう言い放った。
瞳には、確かな決意が宿っていた。
玲と、翔も、それぞれ武器を構え直し、警戒を緩めなかった。
「灯?灯なんてここにはいないわ」
中枢卿は、続けた。
愉しむような口調に、晴の背筋がいっそう粟立った。
「ねぇ、紬」
「――紬?」
晴は、思わず聞き返した。
灯が、その名前で呼ばれる意味が、すぐには理解できなかった。
「紬は昔に死んだはずだろう」
「紬が死んだ?ははっ!紬は死んでない!ここにいるもの!あたしの可愛い娘」
その言葉に、三人は灯が連れてこられた理由と中枢卿正体を悟った。
空気が一瞬にして、凍りついたように感じられた。
「まさか、紬の母親……!?生きていただと……!?」
翔は驚きを隠さなかった。
玲も状況が掴めていない様子だった。
「どういうことだ……?この国は、亡霊に、囚われていたのか?」
晴は灯に呼びかける。
「――灯、俺だ。わかるか」
無反応な灯。
その虚ろな瞳が、晴にはこれまでにないほど、痛ましく、 映った。
「――お前、灯に、何をしたんだ」
晴の声は、これまでにない、低く鋭いものへと変わっていた。
「なにって、親子の絆を、確かめ合っていただけよ」
あまりにも身勝手な言葉に、晴の中で抑えていた怒りが、一気に燃え上がった。
「――お前たちは、親子ではない。紬は死んだ。東雲によって」
「――…東雲」
中枢卿の声が急に変わる。
これまでの余裕たっぷりの口調が、瞬時に消え失せた。
「東雲!!!氷雨!!!腹立たしい!!!!幸せになることなく、死に絶えたらいい!!!死ね!死ね!!」
その絶叫にも似た金切り声には、憎悪が、生々しく滲み出ていた。
晴達は、突然の豹変ぶりに、思わず息を呑んだ。
「紬は死んだ。灯は紬じゃない」
晴は、なおも言い切った。
「うるさい…うるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!」
中枢卿の叫びと共に
――部屋の奥、壁の一角が静かに開いた。
現れたのは、一体の兵器人形。
だが、これまで地下水路で相対してきた兵器人形たちとは、明らかに違う佇まいだった。
全身を覆う漆黒の装甲。
両腕には、これまで見たことのない、禍々しい、刃が、埋め込まれている。
その佇まいだけで、これまでの人形たちとは格の違う、脅威であることが、はっきりと伝わってきた。
「――全員死ね」
中枢卿の声に響き、兵器人形が動いた。
翔は、咄嗟に身を投げ出すようにして、晴を庇った。
人形の繰り出した刃が、翔の肩を僅かに掠める。血飛沫が、宙に舞った。
「――翔さん!」
「――かすり傷だ! 気を抜くな!!」
翔は、痛みを堪えながら叫んだ。
額に、脂汗が滲んでいた。
玲も、瞬時に態勢を立て直し、人形へと斬りかかった。
だが、玲の刃は、装甲に弾かれ、金属音を響かせるだけに終わった。
「――っ硬い!」
これまでの兵器人形とは、比較にならない防御力。
人形は、無言のまま動き出し、玲へと鋭い一撃を繰り出してきた。
玲は、辛うじて避けたが、体勢を崩し、その場に片膝をついた。
「――玲さん!!」
晴が、駆け寄ろうとした瞬間、人形の標的が晴へと切り替わった。
振り下ろされる、漆黒の刃。
晴は、咄嗟に身を捩り、間一髪、それをかわした。
頬に、僅かな切り傷が走る感触。
生温かい、血の感触が、頬を、伝った。
「――このままじゃ、まずい」
翔が、肩を押さえながら、低く呟いた。
三人がかりでも、この人形は容易ではない。
呼吸が、次第に、荒くなっていく。
中枢卿は、その光景を、繭の中から愉しげに見つめ続けていた。
佇まいの奥、抑えきれない悪意だけが、部屋の中に満ち続けていた。




