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空が壊れるほどの恋だった  作者: Kakou
【第三部】第三章
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第八十七話「地下への道」

学校の裏庭、古井戸の前に、一行は集結していた。


祭りの喧騒が遠く、街の中心から、風に乗って聞こえてくる。

太鼓の音、人々の笑い声

――その賑わいが、かえってこの人気のない裏庭の静けさを、際立たせていた。


頭上には、雲一つない澄んだ青空が、広がっていた。


「――行くぞ」


翔の短い合図に、一行は次々と井戸の中へと体を、滑り込ませていった。



手すりを頼りに、一人、また一人と、地下へと下りていく。

晴は、最後尾に続いた。


井戸の内壁は、湿り気を帯び、苔むしている。

その感触が、掌にじかに伝わってきた。

ひんやりとした石の冷たさが、指先から体全体へと染み渡っていく。


下るごとに、地上の光が、次第に遠ざかっていく。

円形に切り取られた青空が、みるみるうちに、小さくなっていった。


やがて、足の裏に水の感触が伝わった。

地下水路の底に辿り着いたのだ。

冷たい水が、足首のあたりまで浸かってくる。



周囲を松明の灯りが、淡く、照らし出す。

石造りの狭い通路。

天井は低く、頭上に注意を払いながら進む。


足元には、絶えず水が流れている。

水音だけが、この閉ざされた空間に、絶え間なく響いていた。


時折、頭上から水滴が、ぽたりと落ちてくる。

カビと、湿った石の匂いが、あたり一帯にこもっていた。


「――こっちだ」


翔が、地図を片手に、先頭を進んでいく。

分岐点に差し掛かるたび、一行は、慎重に、その進むべき道を確かめた。


松明の灯りが、揺れるたびに、壁面の影が生き物のように蠢いた。



道中、幾度か、罠らしき、仕掛けにも出くわした。


「――止まれ」


足元、水面の下に、光る細い糸のようなものが見て取れた。

息を殺し、全員が、その場に凍りついたように動きを止めた。


「――踏めば、何かしら起きる仕掛けだろうな」


翔が、地図と目の前の光景を、慎重に見比べながら、そう呟いた。


一行は、壁際に、身を寄せるようにして、慎重だが足早に、先へと進んでいった。


地下水路は、進むにつれて、次第にその様相を変えていった。


石造りの素朴な通路から、やがてより洗練された、造りの通路へと切り替わっていく。


継ぎ目のない、滑らかな壁面。

壁面に埋め込まれた、規則的な灯り。


その光源の正体は、誰にもわからなかった。

青白い光が、一行の顔を不気味に照らし出していた。


「――近づいて、いる」


玲が、呟いた。


空気そのものが、これまでとは違う、緊張感を帯び始めているのを、一行の誰もが肌で感じ取っていた。


やがて一行は、これまでで最も大きな、分岐点に差し掛かった。

幾つもの通路が、放射状に伸びている。


天井の高い、円形の広間のような空間だった。

地図に記された赤い線が、一本の道筋を示していた。


「――ここを、真っ直ぐだ」


翔の指示に従い、道を進んでいった。

通路は次第に、上りの勾配へと変わっていく。


天井も、次第に高くなり、これまでの狭苦しさが、僅かずつ和らいでいった。

足取りも、さらに自然と速まっていった。



そして、ついに

――目の前に、巨大な鉄の扉が姿を現した。


これまでの地下水路とは、明らかに異なる造り。

分厚く、重厚な、鉄の質感。


扉の表面には、複雑な紋様が刻まれている。


――ここが、中央塔の地下


ここまでの道のりとは、また違う緊張感。

誰かが、ごくりと、喉を鳴らす音が静寂の中、微かに響いた。


「――行きましょう」


晴の一言を、合図に一行は、扉に手をかけた。


重い鉄の扉が、軋みながら開いていく。

錆びついた蝶番の音が、長く尾を引いた。


その先に広がっていたのは

――これまでの地図には記されていない、未知の領域だった。


忍から託された地図は、この扉の手前までしか示していなかった。

ここから先は、誰も足を踏み入れたことのない、完全な、未知の世界。


扉の内側へと、踏み込まれた瞬間だった。


けたたましい警報の音が、あたり一帯に鳴り響いた。

耳をつんざくような、その音の連続に、一行は思わず身を竦めた。

壁面のあちこちに、赤く点滅する灯りが、次々と灯り始める。


「――気づかれた!」


誰かが、叫んだ。

だが、もはや後戻りは、できなかった。



警報が鳴り止まぬ中、通路のあちこちから

――調律省の制服を着た、人間たちが次々と、飛び出してきた。


明らかに異様だった。

表情に一切の感情が浮かんでいない。


目には、光が宿っていない。

ただ、機械のように正確な動作だけが繰り返されていた。


――これが、例の。


晴の脳裏に、忍から聞かされた言葉が、鮮明に蘇った。


「――兵器人形か」



翔が、腰の得物を素早く構えた。


相対する人形たちの数は、かなりの数だ。

じりじりと包囲するように、間合いを詰めてくる。


「なるべく、固まれ!」


翔の鋭い指示が、通路に響き渡る。


一行は、瞬時に背中合わせに、隊列を組み直した。


最初の一体が、無言のまま晴に襲いかかってきた。

その動きには、一切の躊躇いがなかった。


晴は、咄嗟に身をかわし、反撃の一撃を叩き込んだ。

鈍い、手応え。


だが、人形は怯む様子も見せず、すぐさま次の攻撃を繰り出してきた。

表情一つ、変えないまま。


「――痛みを、感じていない」


忍の、言葉通りだった。

この、兵器人形たちには、恐怖も、痛みも、存在しない。

ただ、命じられるがままに動き続ける。


翔と仲間たちも、次々と襲いくる人形たちを、迎え撃っていた。


玲は、鋭い身のこなしで、人形たちの攻撃を次々と捌いていく。

無駄のない、その動きに、地下集落の仲間たちも、目を見張っていた。


「――応戦しながら、前に、進むぞ!一体一体を、丁寧に、相手にしてる、暇はない!!」


翔の号令に、一行は頷いた。


すべての人形を倒し尽くすことは、目的ではなかった。


ただ、前へ

――中枢卿の元へ、灯の元へ、辿り着くこと。


それだけが、唯一の目標だった。



乱闘の中、少しずつ、けれど確実に前進を続けていった。


汗が、額を伝う。

息が、上がる。

喉が、焼けるように渇いていた。 


敵がどんどん増えていく。

それでも、誰も、足を止めなかった。


「先に行け!!!』


仲間達が晴達に叫んだ。


「――!!絶対に死ぬな!」


晴と翔と玲は、仲間を案じながら、通路の奥へと突き進んでいった。

警報の音は、なおも鳴り止まぬまま、赤い灯りだけが、絶えずその緊迫した、戦いの行方を照らし続けていた。

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