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空が壊れるほどの恋だった  作者: Kakou
【第三部】第二章
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第八十二話「環の日記」

蒼一郎に深く礼を告げ、四人は氷雨家旧邸を後にした。


崩れかけた門を振り返る。

夕日が、朽ちた輪郭を橙色に染めていた。

晴は、その光景を目に焼き付けて、再び前へと歩き出した。



中央区への道のりは、これまでにも増して慎重を要するものだった。


晴と玲

――二人は指名手配の身。


街道沿いには、警備の目が、これまでよりいっそう、厳しく光っていた。

二人は、集落から譲り受けた粗末な外套に、深く身を包み、顔を隠すようにして歩き続けた。


宿場町を抜けるたびに、晴は掲示板に貼られた、自分の手配書を目にした。

似ても似つかない、粗い人相書き。


油断はできなかった。

検問が敷かれている街道を避け、あえて遠回りとなる獣道を選ぶことも少なくなかった。



道中、幾つもの川を渡り、幾つもの山を越えた。

翔は周囲を警戒しながら、先頭を進んだ。


賊として、幾度となく山野を駆け抜けてきた翔の経験が、この逃避行にも大いに役立っていた。


六花の足取りも、旅を重ねるごとに、少しずつしっかりとしたものへと変わっていった。

時折、屈託のない笑顔を見せた。

以前の六花の面影が、着実に戻っていた。


夜は人目を避け、荒れた廃屋や、木々の陰で、身を寄せ合うようにして眠った。

焚き火の灯りも、極力抑えながら。


緊張の連続する旅だった。

四人の間には、これまでの旅路で培われた確かな信頼が根付いていた。



幾日もかけて、ようやく四人は、中央区の外れに辿り着いた。


活気のある街並み。

四人は、中央区の中でも、さらに人目の少ない、郊外の一角に小さな宿を取った。


「――今夜、動きます」



晴のその言葉に、全員が頷いた。



深夜、四人は宿を密かに抜け出した。


月明かりだけを頼りに、七番区へと向かう。

街は寝静まり、人通りはまったくなかった。


環の家の前に、四人は辿り着いた。

扉に、そっと手をかける。

鍵はやはり、かかっていなかった。


「――あの時のままだ」


玲が、呟いた。


居間に足を踏み入れると、玲が最後に訪れたあの日の状態のまま、時が止まったかのようだった。


乱れたままの、寝具。

洗われないまま置かれた食器。

埃が、僅かに積もり始めている。

晴の胸が、重く締め付けられた。



「――何か、手がかりがないか、探しましょう」


晴の、その言葉を合図に、四人はそれぞれ家の中を、慎重に探り始めた。

台所、寝室、物置――一つ一つ、丁寧に確かめていく。


晴は居間の隅、以前、環から記録を受け取った、あの古い戸棚に目を留めた。



戸棚の扉を、開ける。

中には、あの日渡された記録の残りが、まだ幾らか収められていた。


晴は、その一つ一つを確かめながら、ふと引き出しの底の感触に、違和感を覚えた。


――何か、おかしい。


晴は、引き出しをそっと持ち上げてみた。

底板が、僅かに浮いている。

指先で、その隙間に、力を込めると

――底板が、静かに外れた。


二重底に、なっていたのだ。



その下から現れたのは、幾冊もの古い日記帳だった。

晴は、それを慎重に取り出した。


日記帳を開くと、そこには環の几帳面な文字で、灯を引き取ってからの日々の記録が、丁寧に綴られていた。


灯が、まだ幼かった頃の、些細な出来事。

夜泣きに、悩まされた日々。

自分の子供ではない、他人の子を育てることの、苦悩

――環の、率直な想いが、そこには記されていた。


「――環さん、こんなことを、一人で」


晴は文字を目で追いながら、静かに呟いた。

血の繋がらない灯を、女手一つで育て上げることの重さ。

決して、順風満帆ではなかったその日々が、行間から痛いほど伝わってきた。



日記の最後のページは、晴が初めて環を訪ねた、あの日のことで締めくくられていた。

晴は、そこから少し、時を遡ってみた。


あるページに、晴の目が留まった。


そこには、環が独自に中央塔について調べていた痕跡が残されていた。


「――これは」



その記述は、この世界の、真実そのものを知っていたわけではなかった。

ただ、灯が、感情を自由に出せるように

――そのための、ヒントを探し続けていた。

環の、地道な努力の記録だった。


「――外国からの、貿易船が港に来ていた。街で、買い物をしていた外国人たちの、会話を聞いた」


晴は、声に出して読み上げた。


「――『話には聞いていたが、本当に感情が頭上に天気として現れるんだな。面白いけど隠せないな』私は、この天候の仕組みが、この国だけの、特殊な状況であると知った」


いつのまにか、日記を読む晴の元に、三人がきて四人で日記を読んでいた。



「この国の、歴史を調べていくうちに――やはり、中央塔が怪しいと環さんは気づいたようだな」


翔が、別のページを覗き込みながら、そう言った。


「天気のシステムさえ、わかれば……あの子が、気にせず、感情を出せる、生活を送れるヒントになるんじゃないか」


六花も、文字をじっと見つめていた。


日記には、買い物のついでに周辺調査を重ねた記録があるものの、システムらしきものへの手がかりは見つからなかったと、記されていた。


そして、幾つかの走り書きが記されていた。


「地上にはない、地下……?」


「地下に、行くためには?」


「下水管……?」


確信を持てないままの問いかけの数々に、晴達の中で何かが繋がっていくようだった。

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