表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空が壊れるほどの恋だった  作者: Kakou
【第三部】第二章
PR
74/94

第七十四話「氷雨邸再来」

東部を発って二日目の夜。

四人は、小さな宿場町に一泊していた。


狭い一室、囲むように置かれた、粗末な椅子。

ランプの灯りが、壁に四人の影を、長く伸ばしていた。


窓の外からは、旅籠の下の通りを行き交う人々の話し声が、微かに聞こえてくる。

晴は、地図を広げながら、切り出した。


「――これから、どこへ向かうか、決めなければなりません」


玲が、その地図を覗き込んだ。

皺の寄った紙面に、指先を滑らせる。


「中枢卿。システムの中枢。手がかりはあまりに少ない」



「――一つだけ、心当たりがあります」


晴はそう言うと、地図のある一点を、指で示した。

氷雨家旧邸。

指先が触れた場所には、これまでの旅で、何度も折り目がついていた。


「以前、蒼一郎さんから、東雲と氷雨の因縁、調律省創設の経緯を聞きました。ですが、灯自身の両親の物語だけは、まだ聞けていません。もしかすると、その中に何か手がかりがあるかもしれない」


「――両親の、物語」


玲が、繰り返した。

翔も、腕を組んだまま頷いた。


「灯だけが輸送された理由は灯に関することの可能性…か、行ってみる価値はありそうだな」


傍らで、六花も静かに頷いていた。


まだ、多くを語らない六花だったが、その目には、確かな意志の光が宿っていた。

翔は膝の上に置かれた手を、そっと握りしめている。



「――それに」


晴は、少し声を落とした。


「あの屋敷には、まだ、他にも記録が残っているかもしれません。蒼一郎さんがすべてを語り尽くしたとは、限らない」


その言葉に、全員が頷いた。

四人は、しばらくの間、地図を囲んで細かな道筋を確認し合った。

翌朝、四人は氷雨家旧邸を目指して出発した。



旅は、平坦な道のりではなかった。


宿場町を出てから、道は、次第に、細く、険しくなっていった。

舗装の途切れた、土と岩の道。

木々の緑が、次第に色を濃くしていく。


六花は、まだ本調子とは言えない体で、時折、足をもつれさせた。

息を、切らし、額に、汗を滲ませながらも、それでも六花は、弱音をこぼさなかった。


そのたびに、翔がさりげなくその体を支えた。「――少し、休むか」と、翔が声をかけると、六花は、決まって、小さく首を横に振るのだった。



玲は、周囲を絶えず警戒しながら、先頭を歩いた。

物音が聞こえるたびに、片手を上げ、他の三人を制する。


かつて、調律士として鍛えられたその勘は、今、仲間たちを守るために役立てられていた。



崩れかけた古い橋を、四人で慎重に渡る。


谷底から、川のせせらぎが、絶え間なく聞こえてきた。

朽ちかけた木の板が、一歩ごとに軋んだ音を立てる。


晴は、以前一人でこの橋を渡った。

今は、共に歩む仲間たちがいる。

振り返れば、六花の手を引く翔、慎重に足元を確かめる玲――その姿を、晴は目に焼き付けた。


山道を、二日かけて登り続けた。

夜は、持参した天幕の下で、体を寄せ合うようにして眠った。


冷え込む夜気に、四人は互いの体温を、頼りにするように身を寄せ合った。

焚き火を囲みながら、翔が道中の獣の避け方を教えてくれたり、玲が東部で見聞きした些細な出来事を語ったりと、張り詰めた旅の中にも、束の間の和やかな時間があった。


夜空には、都では見られないほどの、無数の星が瞬いていた。



そうして、幾つもの尾根を越え、ようやく集落跡が見えてきた。

晴の記憶にある、あの、崩れかけた門。

その先に、氷雨家旧邸が、静かに佇んでいた。


「――ここが」


玲が、廃墟となった屋敷を見上げながら、呟いた。


翔と六花も、その荒廃した様子に、言葉を失っているようだった。

雑草に埋もれた飛び石、崩れた瓦、蔦の絡まる柱――時の重みを、そのまま、体現したかのようだ。



晴は、四人を囲炉裏のある部屋へと案内した。

蒼一郎は、以前と変わらない様子で、そこに座っていた。

奥から、微かに、木を燃やす匂いが漂ってくる。


「――戻ったか」


「はい」


晴は、蒼一郎の前に膝をついた。

深く、頭を下げる。


「――申し訳、ありません。灯を、連れて来ることができませんでした」


蒼一郎は、しばらく沈黙した。

皺の刻まれた顔に、落胆の色が僅かに浮かんだ。


だがすぐに、静かな諦念に変わっていった。


「――そうか。仕方あるまい」



「――俺たちは、灯を、取り戻すための手がかりを探しています」


晴は地下集落で聞いた人身売買の話、東部の施設を襲撃した時には灯がいなかったことを伝えた。


「システムの中枢、中枢卿という存在。それらに、繋がる何かが、ここに残されているのではないかと」


蒼一郎は、しばらく考え込むように、目を閉じていた。

それから、静かに口を開いた。


「――灯に、直接話したかった。だが時間がないのなら仕方あるまい」


蒼一郎は、囲炉裏の火に新しい薪を、一本くべた。

炎が、僅かに勢いを増す。


晴、玲、翔、六花

――四人は、その炎を囲むようにして、静かに腰を下ろした。


「灯の父と母――蓮と雫、二人の最後の日、大嵐の日のことを、話そう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ