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空が壊れるほどの恋だった  作者: Kakou
【第三部】第一章
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第七十一話「裏切りの決意」

東部に到着した玲は、派遣部隊としての、表向きの任務をこなしながら、密かに晴の行方を探り続けていた。


施設周辺の警備が、手薄になる時間帯を見計らい、玲は、単独で周辺の捜索に出向いた。


もし、晴がまだこの近くにいるのだとすれば

――その可能性に、玲は賭けていた。


制服の上に、目立たない外套を羽織り、玲は監視の目を慎重に避けながら、林の中へと足を踏み入れていった。


枝葉の間から差し込む、昼の光。

土を踏みしめる音だけが、静かな林に、規則正しく響いていた。



雑木林の奥、崩れかけた塀の陰。

そこで、玲は見覚えのある背中を見つけた。


「――晴」


玲の呼びかけに、晴が振り返った。


その顔は、げっそりとやつれていた。

頬は、こけ、目の下には、深い隈が刻まれている。


着ている衣服にも、土埃と、幾筋もの、擦り傷のような汚れが目立っていた。


「――玲、さん」


二人は、しばらくの間、互いの姿を確かめ合うように見つめ合っていた。

無事だったことへの安堵と、それぞれが抱えているであろう、重い事情への予感とが、その沈黙の中に入り混じっていた。


林を吹き抜ける風が、二人の間を静かに通り過ぎていった。



「――灯は」


玲が、まず、そう切り出した。

晴の表情が、僅かに歪んだ。


「――いませんでした。奪還しに来た時には、すでに」


その答えに、玲は、静かに頷いた。


「――知ってる。黒曜幹部から、聞いた」


「――忍さん?」


晴が、驚いたように、玲の顔を見た。


玲は、塀の陰に腰を下ろすよう、晴に促した。

二人は崩れた石材に、並んで腰掛けた。


玲は、東部への出立の日、忍から聞かされたことを、一つ一つ、丁寧に晴に伝えた。

灯が襲撃の前にすでに別の場所へ移送されていたこと。

それが、中枢卿か直々の指示だったこと。


「――中枢卿」


晴は、その名を初めて口にした。

玲の話に、これまでの断片的な情報が、少しずつ繋がっていくのを、晴は感じていた。



「――俺の方にも、話があります」


晴はそう切り出すと、これまで重蔵から聞いたすべての真実を語り始めた。

声は、時折、震え、言葉を選びながら、慎重に、紡がれていった。


感情天候システムの、本当の成り立ち。――紬の母による資金調達、「卒業」の本当の意味。


玲は、その話を言葉を失ったまま聞いていた。


膝の上で組んだ手が、話が進むにつれて、次第に強張っていく。

感情の消えた収容者たちが、外国の貴族へ、"人形"として、売られていくという、そのあまりにも非道な実態。


「――そんな、こと」


玲の声が、震えた。

顔から、みるみるうちに、血の気が引いていった。

唇が、僅かに、色を失っていく。



「――私は」


玲は、拳を、強く握りしめた。


「私は、ずっと、この国の秩序を守っているつもりだった。規定を守り、正しく、職務を果たすことが、正義だと、信じてきた」


玲の声には、これまでにない、激しい葛藤が滲んでいた。

視線は、地面の一点を、見つめたまま動かなかった。


「だが、その先で、こんなことが、行われていたなんて……私は、知らないうちに、この、非道な仕組みの、片棒を、担いでいたということか」


晴は、何も言えなかった。

ただ、玲の言葉を、静かに受け止めていた。


二人の間に、しばらくの間、重い沈黙が横たわった。

遠くで、鳥の鳴き声が、一度だけ響いた。



しばらくの沈黙の後、玲は顔を上げた。

その目には、これまでにない、強い決意の光が、宿っていた。


夕暮れ間近の光が、その横顔を、僅かに橙色に染めていた。


「――決めた」


「――玲さん」


「私は、調律省を裏切る。この国の、本当の姿を、知ってしまった以上、これまでのように、その手先で居続けることはできない」


その言葉には、迷いがなかった。

晴は、その決意を、まっすぐに受け止めた。


「――ありがとうございます」


「礼はいい。それより」


玲は、僅かに、口の端を上げた。

着ていた、派遣部隊の外套を、静かに脱ぎ捨てる。


その仕草には、これまでの立場を、自ら断ち切るような、確かな意志が込められていた。


「これからは、私も、そちらの側の人間だ。よろしく頼む」



その頃地下集落では、六花の中に少しずつ、変化が生まれ始めていた。


あの日、木の人形に触れ、「お兄ちゃん」と言葉を紡いだ瞬間から、六花は日を追うごとに、僅かながら、反応を見せるようになっていた。


翔の呼びかけに、目を向けるようになり、差し出された水を、自分の手で受け取れるようになっていた。

時折、瞬きの回数が、増えたことにも、翔は気づいていた。


完全に、元の六花に、戻ったわけでは、なかった。

それでも、その、僅かな変化の一つ一つが、翔にとっては、何よりの希望だった。


「――今日は、少し、顔色がいいな」


翔が、そう声をかけると、六花は、僅かに目を細めた。

それは、まだ、笑顔と呼べるほどのものではなかった。


だが、確かに、そこには、以前の六花の、面影が戻り始めていた。

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