第六十八話「奪還の代償」
地下集落に、専用車両が辿り着いた頃には、夜も、すっかり更けていた。
地上への出入り口、あの大きな穴の周りには、松明の灯りが、幾つも灯されていた。
車両が、地下へと続く傾斜路を、ゆっくりと下っていく。
その車輪の音を聞きつけたのか、広場にはすぐさま、大勢の住人たちが駆けつけた。
救出された収容者たちが、次々と、車両から運び出されていく。
負傷した者、疲労困憊で、立つこともできない者――誰もが、住人たちの手を借りながら、地上への長い階段を、ゆっくりと下りていった。
荷台の中では、まだ事態をうまく飲み込めていない子供が、大人の袖を強く握りしめたまま、離そうとしなかった。
広場の一角には、急ごしらえの治療の場が設けられていた。
並べられた寝床、山積みにされた包帯、湯を沸かす鍋
――医療の心得を持つ者たちが、その間を慌ただしく駆け回っている。
呻き声、包帯を求める声、水を求める声
――それらが、絶え間なく、飛び交っていた。
血の匂いが、あたり一帯に、重く漂っていた。
救出作戦は、決して、無傷では済まなかった。
翔の仲間の中にも、深手を負った者が幾人か、いた。
腹部を、深く切り裂かれた者。
足を、まともに動かせなくなった者。
呻きながら、それでも、気丈に笑ってみせる者もいた。
そして――帰らぬ者もいた。
「――すまない。手を、尽くしたが」
医療係の一人が、力なく首を振った。
その傍らには、布をかけられた、動かない体が横たえられていた。
仲間の一人が、その場に、崩れ落ちるようにして膝をついた。
声にならない、嗚咽が漏れる。
集まった者たちの間に、重い沈黙が落ちた。
松明の灯りだけが、その静けさを揺らめかせていた。
施設に取り残されたまま、救い出せなかった者も少なくなかった。
混乱の中、逸れてしまった者、深追いを避け、やむなく、置いていかざるを得なかった者。
翔は、その事実を、報告として淡々と受け止めるしかなかった。
手にした名簿に記された、まだ、確認の取れていない名前の数を、翔は、何度も目で追った。
「――全員は、無理だった」
翔は、その一言を、絞り出すように口にした。
声が、僅かに震えていた。
傍らにいた仲間の一人が、その肩に、そっと手を置いた。
誰も、翔を責めなかった。
だが、その静けさが、かえって翔の胸に重くのしかかった。
誰かを責めることもできない、この結果の重さを、翔は一人で抱え込むしかなかった。
六花は、集落の一室、翔の家に運ばれていた。
寝台に、横たえられたその体。
呼吸は、規則正しく続いていたが、目は開いたまま、天井の一点を見つめ続けていた。
ランプの灯りが、その顔を静かに照らしている。
瞬き一つしないその様子は、まるで精巧な彫像のようだった。
翔は、その傍らに座り込んだまま、動けずにいた。
水を含ませた布で、そっと、六花の額を拭う。
冷たい布の感触にすら、六花は、何の反応も示さなかった。
それでも、翔は、その仕草を、幾度となく繰り返していた。
同じ動作を、何度も、何度も。
まるで、それだけが、今の翔にできる、唯一のことであるかのように。
「――六花」
呼びかけても、返事はなかった。
だが翔は、それでも、話しかけることをやめなかった。
あの日のこと、これまでの年月、ようやく再会できた、この日のこと
――言葉にならない想いを、翔は、ただ、静かに、六花の耳元に注ぎ続けていた。
窓のない部屋、ランプの灯りだけが、二人の影を、壁に長く伸ばしていた。
晴は、集落の広場の隅、一人うずくまるように座り込んでいた。
灯を、取り戻すために、ここまで来た。
多くの人々の助けを借り、多くの犠牲を、払いながら。
それなのに、その先に、待っていたのは灯のいない、空虚な現実だけだった。
全身の力が、抜け落ちてしまったかのように、晴は、その場から、動くことすらできずにいた。
晴の脳裏には、あの白い部屋、あの集団棟
――灯が、確かに、そこにいたはずの場所の光景が、繰り返し蘇っていた。
だが、そのどこにも、灯の姿はなかった。
何度も、何度も、探し回っても、見つかるはずの姿は見つからなかった。
「――どこに」
晴は、誰にともなく、そう呟いた。
声は、掠れ、ほとんど音にならなかった。
拳を、地面に叩きつける。
痛みが走ったが、心の痛みに比べれば、それは些細なものだった。
土の感触が、拳に、鈍く伝わってきた。
しばらくして、翔が、晴の傍らに腰を下ろした。
疲れ切った体を、引きずるようにして。
「――お前だけの、せいじゃない」
翔の声には、疲労と、それでも確かな気遣いが、滲んでいた。
「今日、助け出せた奴らもいる。それだけは忘れるな」
晴は、何も答えられなかった。
ただ、俯いたまま、拳を握りしめ続けていた。
地下集落の灯りが、疲れ果てた人々の顔を、静かに照らしていた。
負傷者の呻き声、家族との再会に、涙する声、そして、失われた者を、悼む、静かな祈りの声
――それらが、混じり合いながら、地下の空間全体に満ちていた。
多くの命が、救われた夜。
だが、同時に、多くのものが、失われた夜でもあった。
晴の胸の中には、その両方が、重く渦を巻いていた。
天井に吊るされた、無数の灯りが、その夜、いつもより、幾分か、弱々しく揺らめいているように見えた。




