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空が壊れるほどの恋だった  作者: Kakou
【第三部】第一章
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第六十七話「東部への招集」

その夜、支局内にけたたましい警報が鳴り響いた。


玲は、自室で書類の整理をしていた手を、思わず止めた。

反射的に身構える。

廊下を、職員たちが、慌ただしく行き交っている。


誰もが、緊張した面持ちで、無線機や書類を抱えていた。

扉が、幾つも、荒々しく開け閉めされる音が続けざまに響いていた。


「――何が、あった」


玲が、近くにいた同僚に声をかけると、その顔は青ざめていた。

額には、脂汗が滲んでいる。


「東部で、大規模な、賊の襲撃があったそうです。施設が、襲われて……多くの、同僚が、被害に」


その報告に、玲の背筋に冷たいものが走った。

手にしていた書類が、指先から滑り落ちそうになった。



詳しい情報が、次々と支局にも届き始めた。

伝令の職員が、息を切らしながら、駆け込んでくる。


東部の収容施設が、組織立った集団によって、襲撃されたこと。

多数の警備兵が、負傷、あるいは、命を落としたこと。

収容者の多くが、連れ去られたこと。


玲は、その報告を、食い入るように聞いていた。

混乱に乗じて情報が漏れているが、やはり収容施設は東部にあったんだな。


周囲の職員たちが、口々に、驚きと動揺の声を、上げている。


「――増援の、人員を募集している」


支局長室の前、掲示板に貼り出された、その告知を、玲は、じっと見つめた。

急ごしらえで、書かれたのだろう、墨の跡がまだ僅かに滲んでいる。


東部方面への、緊急派遣部隊。

応募する者は、名乗り出るように、と。


その文字を見た瞬間、玲の中で、これまでの迷いが、一気に吹き飛んだ。


――これは、チャンスだ。



東部に、合法的に直接赴く機会。

それは、これまで玲が、どれだけ望んでも、得られなかったものだった。


晴が、今、どうなっているのか。

灯を、取り戻せたのか。

――そのすべてを、確かめられる、またとない機会だった。


玲は、迷わず、応募の書類に、自分の名を記した。

ペン先が、紙面に触れる、その一瞬にすら、迷いはなかった。


だが、その一方で、玲の脳裏にはもう一つの心配事が浮かんでいた。


「――環さん」


まだ、本調子とは言えない、環の体調。


玲は、これまでその様子を、こまめに見に行っていた。

しばらく、支局を離れることになれば、その役目も果たせなくなる。

手にした書類を、見つめながら、玲はしばらくの間その場に立ち尽くしていた。


――それでも。


このチャンスを、逃すわけにはいかなかった。

玲は、環に事情を直接伝えに行くことを決めた。



勤務を終えた玲は、その足で環の家へと向かった。

夜の七番区、家々の窓から漏れる灯りが、道を、ぼんやりと照らしていた。

人通りの絶えた通りに、玲の足音だけが、規則正しく響いていた。


灯の家の前に立ち、玲は、呼び鈴を鳴らした。

金属音が、静かな夜に、僅かに反響する。


「――環さん。少し、お話が」


だが、いつまで経っても、応答がなかった。

玲は、以前のことを、思い出しながら、扉にそっと、手をかけた。


今度も、鍵はかかっていなかった。

その事実に、玲の胸に、微かな、胸騒ぎが生まれた。


「――環さん?入りますよ」



居間に、足を踏み入れる。

灯りの落ちた部屋、家具の輪郭だけが、月明かりに、ぼんやりと浮かび上がっていた。

だが、そこに、環の姿はなかった。


寝室を、覗いてみる。

毛布を剥ぎ取られたかのような寝具。


「――環さん?」


玲は、家中を、隈なく捜し回った。

台所、物置、庭先――ランプを片手に、隅々まで確かめて回る。

だが、どこにも、環の姿は見当たらなかった。



玲の胸に、これまでとは、違う種類の不安が急速に広がっていった。

病を、押して、どこかへ出かけたのだろうか。

それとも――。


最悪の可能性が、玲の脳裏を、一瞬掠めた。

だが、玲は、すぐにその考えを頭から振り払った。


玲は、居間の中央に、しばらく立ち尽くしたまま動けずにいた。

書き置きの一枚すら、なかった。


――環さんは、どこに。


その問いへの答えを、玲は、まだ、見つけられずにいた。

窓の外、七番区の夜空を、玲はしばらくの間、ただ、見つめ続けていた。


東部への出発を、間近に控えたこの状況で、新たに生まれた、この不安を、玲は、どう扱えばいいのか、まだわからずにいた。

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