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空が壊れるほどの恋だった  作者: Kakou
【第二部】第三章
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第六十三話「翔の戦い」

警笛の音が鳴り響く中、翔は、自分の班を率い、集団棟へと続く通路を、駆け抜けていた。


背後から、複数の足音が追ってくる。

警備の増援が、動き始めているのは明らかだった。


翔は、歯を食いしばりながら、なおも足を、速めた。息が、喉の奥で、荒く鳴っていた。


「――急げ!気づかれる前に中に入るぞ!」


翔の号令に、班の面々が次々と頷いた。

誰もが、この日のために準備を重ねてきた者たちだった。

恐れよりも、強い決意が、それぞれの表情に滲んでいた。


施設の外周では、別動隊がすでに動き出していた。

外壁沿いに配置された警備兵たちを、静かに、次々と無力化していく。

灯りを落とした通用口、資材搬入路

――脱出のための動線が、着実に確保されていった。


「――こっちは、抑えた!集団棟から出た奴らを、この道に誘導しろ!」


外壁の陰、一人の男が、そう仲間に伝えていた。

彼らの動きには、無駄がなかった。


これまで、幾度となく、輸送班を襲撃してきた経験が、その連携の中に確かに活きていた。


集団棟の入り口、頑丈な扉の前には、警備兵が二人立っていた。

翔は、一瞬も躊躇わなかった。


「――かかれ!!」


その号令と共に、班の者たちが、一斉に飛びかかった。

警備兵たちは、突然の襲撃に対応しきれず、あっという間に制圧された。

翔自身も、一人の警備兵を、素早く組み伏せた。

抵抗する体を、力任せに押さえ込む。


「――すまんな。恨むなら、この国を恨め」


翔は、そう、低く呟いた。

それから、拘束具で、その手足を素早く縛り上げた。


扉をこじ開けると、その先には、広間が広がっていた。

灰色がかった白い貫頭衣を纏った、大勢の収容者たちが、突然の物音に身を強張らせ、こちらを見つめていた。


「――俺たちは、お前たちを助けに来た!


翔は、声を張り上げた。


「ここから、一緒に逃げるぞ!抵抗する気力のある奴は手を貸してくれ!!」


その言葉に、広間が大きくざわめいた。


大人たちの反応は、早かった。


誰かが、状況を、瞬時に飲み込んだかと思うと、次の瞬間には、我先にと出口へと殺到し始めていた。

長年、この場所で絶望を味わい尽くしてきた者たちだからこそ、この機を逃すまいとする、切実な必死さがその動きに滲んでいた。


倒れた者を助け起こす者、互いに支え合いながら走る者――その一つ一つの動きが、生きるための、強い意志を物語っていた。


だが、その一方で、小学生ほどの年頃の子供たちは、事態をうまく飲み込めていないようだった。


大人たちの、あまりの剣幕に、戸惑い立ち尽くしたまま、互いに身を寄せ合っている。


「――逃げるって、どこに」


「怖いよ……」


その、あどけない声に、翔の胸が、僅かに締め付けられた。

班の一人が、すぐさま、その子供たちの元へと、駆け寄り、優しく声をかけた。


「大丈夫だ。俺たちがちゃんと、外まで連れて行く。手を、繋いでいような」


その言葉に、子供たちは、僅かに安堵の色を見せた。震える小さな手が、差し出された大人の手を、しっかりと握り返していた。


翔は、その群衆の中に、必死に、視線を走らせていた。

捜しているのは、ただ一人

――六花の姿だった。


「――六花、いるか!六花!!」


翔の叫びに、何人かが振り返った。

だが、六花の姿は、なかなか見つからなかった。


焦りが、翔の胸に、じわじわと広がっていく。

人波をかき分けるたび、期待と、恐れが、同時に込み上げてきた。


――どこだ。どこにいる。


翔は、群衆をかき分けながら、奥へ、奥へと進んでいった。

連れて来られてから、もう長い年月が経つ。


あの頃、幼かった妹分は、今、どんな姿になっているのか

――翔の脳裏に、様々な想像が、駆け巡った。


逞しく育った姿を、思い描こうとする自分と、最悪の可能性を、拭いきれない自分とが、同時に、胸の内でせめぎ合っていた。


「――翔、こっちだ!」


班の一人が、広間の隅、壁際に座り込んでいた、一人の少女を指し示した。

翔は、その方向へ駆け寄った。心臓が、これまでとは、違う種類の速さで鼓動していた。


そこにいたのは、確かに六花だった。

記憶にある、あの顔立ち。

だが、その姿を見た瞬間、翔の足が、その場に、縫い付けられたように止まった。


六花は、周囲の混乱にも、何の反応も示さなかった。虚ろな目が、宙を、見つめたまま、微動だにしない。


逃げ惑う人々の悲鳴も、駆け回る足音も、その瞳には、何一つ映っていないようだった。

翔が、名を呼んでも、その目に光が宿ることはなかった。


「――六花」


翔は、震える足で、六花の前に跪いた。

震える手を、六花の頬に、そっと伸ばす。

その頬は、驚くほど冷たかった。


「――六花、俺だ。わかるか。翔だ」


返事は、なかった。

表情の一つも、動かなかった。

ただ、虚ろな瞳だけが、翔の顔を、通り過ぎるようにして、その先の、何もない虚空を見つめ続けていた。


「――嘘、だろ」


翔の声が、震えた。

長年、思い描いてきた再会は、これほどまでに、変わり果てた姿として、翔の前に突きつけられていた。

拳を、強く握りしめる。

爪が、掌に、深く、食い込んだ。

血が滲むほどの、強さだった。


周囲では、なおも、混乱と希望とが、入り混じった喧騒が続いていた。

子供たちが、大人たちに手を引かれ、次々と、出口へと、運ばれていく。


だが、翔の耳には、もう、その音すら、遠く感じられていた。

目の前の、変わり果てた六花の姿だけが、翔の世界のすべてを占めていた。


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