第六十二話「潜入」
施設の裏手、資材搬入用の門は月明かりの下、ひっそりと静まり返っていた。
冷たい夜風が、木々の梢を微かに揺らしている。
翔を先頭に、一団は、身を低くしたまま、門の手前まで、辿り着いた。
門の脇、小さな詰所に、警備兵が、一人、椅子に腰掛け、居眠りをしているのが見えた。
灯りの落ちた詰所の窓から、規則正しい寝息が、微かに漏れ聞こえてくる。
「――俺が片付ける」
翔が、小声でそう告げた。
腰に下げた刃物に、そっと手をかける。
晴は、息を潜め、その様子を見守った。
手のひらにじっとりと汗が滲んでいた。
翔は、音もなく詰所に近づいていった。
影のように、動きに無駄がなかった。
警備兵が異変に気づく間もなく、翔の手が、その口元を、素早く塞ぐ。
もみ合う間もなく、警備兵は、力なく崩れ落ちた。
翔は、片手を上げ、後続に合図を送った。
門の鍵は、警備兵が、腰に下げていたものを、そのまま拝借した。
錆びついた蝶番が、僅かに軋んだ音を立てる。
晴は、その音に思わず身を強張らせた。
「――急げ」
一団は、次々と門の内側へと、滑り込んでいった。
誰一人、余計な物音を立てる者はいなかった。
門をくぐると、そこは、資材置き場のような、開けた区画だった。
積み上げられた木箱の陰に、一団は、次々と身を隠していく。
晴も、その一人として、慎重に足を進めた。木箱の間を抜ける風が、冷たく頬を撫でた。
施設内部は、外壁とは違い、通路が複雑に入り組んでいた。
灰色のコンクリートの壁が、月明かりも届かない、鈍い光を反射している。
翔は、事前に集めた情報を頼りに、迷いのない足取りで、先を進んでいく。
三十名の一団は、足音を殺しながらその後に、続いた。
「――全員、集団棟を目指す。収容者は、全員、あそこに、まとめられているはずだ」
翔が囁くように、そう告げた。
晴も、その言葉に頷いた。
通路を進む途中、先頭を歩いていた者が、突然、片手を上げ、一団を止めた。
「――足音」
その一言に、全員が、瞬時に物陰へと散った。
晴も、壁際の、大きな配管の陰に身を潜めた。
心臓が、痛いほど、激しく鼓動していた。
やがて、通路の角から、複数の警備兵が姿を現した。三人、いや、四人。
手にした、棒状の武器を、だらりと下げたまま、談笑しながら歩いてくる。
「――今夜は、静かだな」
「一斉送還前の、最後の見回りだ。気を抜くなよ」
その会話が、晴の耳にも届いた。
一斉送還――その言葉に、晴の中で焦りがいっそう強くなった。
警備兵たちが、木箱の近くを通り過ぎようとした、その時だった。
一団の一人が、体勢を崩し、積まれた木箱に、僅かに、体をぶつけてしまった。
小さな、けれど、確かな音が響いた。
「――誰だ!」
警備兵の一人が、鋭く声を上げた。
他の三人も、即座に、武器を構え身構える。
翔が、舌打ちし、素早く飛び出した。
「――やるしかない、行け!」
その号令と共に、一団が、一斉に動き出した。
晴も、覚悟を決め、物陰から飛び出した。
警備兵の一人が、晴に向かって、棒を振り下ろす。
晴は、咄嗟に、身をかわした。
棒が、空を切る、鋭い音が耳元を掠めた。
もみ合いは、それほど、長くは続かなかった。
数に勝る、一団の勢いに、警備兵たちは、次々と打ち倒されていった。
だが、その一人が、倒れる間際、腰の警笛を鳴らすことに成功した。
甲高い、耳障りな音が、施設全体に響き渡った。
「――くそ、気づかれた!」
翔が、苦々しく、吐き捨てた。
遠くから、慌ただしい足音と、複数の怒声が、次第に、近づいてくるのが聞こえた。
「――もう、時間がない。ここからは、手分けして探すぞ!内部の様子が、まだ、掴めていない。集団棟に着き次第、それぞれ、動きやすい方向に、散れ!」
翔の指示に、一団は、素早く、頷き、いくつかの小さな集団に分かれ始めた。
晴も、その流れの中、単身、通路の奥へと駆け出した。
「――気をつけろ!!何かあれば、無理せず、退け!!」
翔の声が、背後から飛んできた。
「――はい!」
晴は、振り返らずに答えた。
単身、通路の奥へと、足を踏み入れる。
灯の姿を、思い浮かべながら、晴は暗い廊下を、全速力で駆け抜けた。
警笛の音は、まだ鳴り止まなかった。
あちこちで、警備兵たちの、怒声と、足音が、交錯している。
晴は、その喧騒の中、物陰から物陰へと、身を隠しながら、慎重に、けれど確実に、先へと進んでいった。
――もう少しだ。
晴は、自分にそう言い聞かせながら、暗い通路を駆け続けた。
施設の奥、灯がいるはずの集団棟へと、晴は着実に近づいていた。息が、上がっていた。
だが、足を、緩めるつもりは微塵もなかった。




