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空が壊れるほどの恋だった  作者: Kakou
【第二部】第三章
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第六十一話「接近」

東部の施設は、山を二つ越えた先、切り立った谷間に、ひっそりと建っていた。


高い外壁に囲まれた、灰色の建造物。

物々しい鉄格子の窓、要所に配置された見張り台。

晴は、翔たちと共に施設を見下ろす林の中の高台に身を潜めていた。


「――思ったより、警備が、厚いな」


翔が、双眼鏡越しに施設を見つめながら呟いた。

晴も、その視線の先を追った。


外壁沿いを、複数の警備兵が、一定の間隔で巡回している。

正門には、頑丈な鉄扉が、固く閉ざされていた。


地下集落からの一団は、総勢、三十名ほどだった。

かつて、輸送班を襲撃してきた経験を持つ、戦い慣れた者たち。

晴も、その一員として、この作戦に加わっていた。


あの日以来、翔の家に身を寄せていた。


最初は、拘束された客人として。

だが、記録を巡るやり取りを経て、今では、翔の家の、隅の一角が晴のための寝床としてあてがわれていた。


「――これ、着ろ。お前の服、ぼろぼろだ」


ある日、翔が無造作に、晴に一着の衣服を投げて寄越した。

厚手の生地で、丁寧に仕立てられた上着だった。

袖口や、裾の始末に、几帳面な手仕事の跡が見て取れた。


「――誰が」


「集落の、裁縫が得意な連中が、まとめて作ってる。お前の分を頼んでおいた」


晴は、その衣服に袖を通した。

生地は、少し硬かったが、体に馴染むように丁寧に仕立てられていることが伝わってきた。


誰かが、自分のために、時間をかけてこれを作ってくれた

――その事実に、晴は、胸の奥が温かくなるのを感じた。

集落の人々は、晴を余所者としてではなく、共に戦う仲間として扱い始めていた。


準備は、衣服だけに留まらなかった。


集落の広場では、連日、住人たちが慌ただしく動き回っていた。

武具を扱う者たちが、粗末な作業場で金属を打ち刃を研ぐ。

かつて、輸送班から奪った武器も、丁寧に手入れされ、使える状態に整えられていった。


「――一人でも、多く。武器も、一つでも多く」


翔はそう言って、集落の外にも密かに使いを走らせていた。

近隣に、身を潜めている、同じ境遇の者たち

――かつて、家族を奪われ、この地に流れ着いた者たちに声をかけ、加勢を募っていた。


数日のうちに、集落には見慣れぬ顔が幾人も加わっていた。

誰もが、一様に、暗く、けれど確かな決意をその目に宿していた。


作戦決行の前夜、晴は、囲炉裏の火を見つめながら、これまでの日々を振り返っていた。


翔と過ごした、この短くも濃密な時間。

集落の人々が、見せてくれた、思いがけない温かさ。

それらすべてが、晴の中で、灯を取り戻すという、たった一つの想いと、固く結びついていた。


「――いよいよだな」


翔が、隣に、腰を下ろしながら、そう呟いた。


「はい」


「怖くないのか」


「――怖いです。ですが、それ以上に」


晴は、拳を、静かに握りしめた。


「取り戻したい気持ちの方が、強いので」


翔は、その言葉に、小さく笑った。

焚き火の爆ぜる音が、二人の間を静かに埋めていった。


そして決行の日。


「――正面からの突破は、無理だ」


翔は、地図を地面に広げながら言った。

木の枝で、簡単な見取り図を描き足していく。


「裏手に、資材搬入用の小さな門がある。普段はそこまで厳重じゃない。まずはそこから内部に潜り込む」


「――それから」


「一気に、施設を制圧し、混乱に乗じて収容者たちを、集団棟から外に連れ出す。前に奪った調律省の輸送用の専用車両あれに乗せて拠点まで行く」


作戦の詳細が、次々と詰められていった。晴は、その様子を真剣な面持ちで見守っていた。


「晴、お前は」


翔が、晴の方を向いた。


「灯を、直接探しに行け。俺たちは他の収容者を担当する」


「――わかりました」


晴は、深く頷いた。灯の顔を思い浮かべる。

あの、澄んだ瞳、屈託のない笑顔。


必ず、この手で取り戻す。


その決意が、これまでのどの瞬間よりも、強く、胸の奥で燃え上がっていた。


日が、完全に沈んだ。

夜の帳が、施設全体を覆い始める。


翔が静かに片手を上げた。

それを合図に、一団が音もなく動き出した。

木々の間を縫うように、身を低くしながら、施設の裏手へと進んでいく。


晴は、その最後尾に続いた。

心臓が、痛いほど、激しく、鼓動している。


翔は施設を、見つめながら呟いた。


「――行くぞ」


――待っていてください、灯。


施設の灰色の壁が、夜闇の中、不気味にそびえ立っていた。

奪還作戦は、静かに、その最初の一歩を踏み出した。


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