第五十七話「会議」
中央塔、最上階近くの会議室。
長い楕円形の机を囲んで、調律省の幹部たちが居並んでいた。
窓のない、重厚な造りの部屋。
天井は高く、壁際には、等間隔に灯りが並んでいる。
中央の壁には、この国の地図が、大きく掲げられていた。
東西南北、それぞれの方角に、小さな印が打たれている。
机の表面には、磨き上げられた木目が、照明の光を、鈍く反射していた。
忍は、その末席近くに、静かに腰を下ろしていた。
「――東部方面の、輸送状況について、報告を」
議長席に座る、白髪の老幹部が、そう切り出した。
担当の職員が、緊張した面持ちで立ち上がる。
手にした書類を持つ指先が、僅かに震えていた。
「はい。ここ数ヶ月、東部方面での、賊による襲撃が著しく増加しております。輸送の遅延、および、一部、貨物の強奪も発生しております」
「――貨物、というのは」
「収容者輸送です。すでに、複数便が被害を受けております」
その報告に、会議室の空気が、僅かに張り詰めた。老幹部は、眉間に、深い皺を刻んだ。
指先で、机を、二度、三度と、苛立たしげに叩く。
「――賊の正体は」
「調査中ですが、単なる野盗ではなく、組織立った集団と、見られています。東部の山岳地帯、複数箇所に、拠点を持っている可能性があります」
「面倒なことだ」
老幹部は、そう吐き捨てるように言った。
「収容者輸送は、国家財政の、重要な柱の一つだ。これ以上の妨害は看過できん」
老幹部は、机の上に広げられた地図に、視線を落とした。東部の一帯を、指先でなぞる。
「――対応方針について、中枢卿様より、直々に、指示が下りている」
その一言に、居並ぶ幹部たちの表情に緊張が走った。
「東部の収容施設は、これ以上の安全な運用が、困難と判断された。よって、メインの収容施設を、南部へと移転する」
その報告に、会議室に、僅かなざわめきが広がった。忍は、表情を変えないまま、その言葉を静かに受け止めていた。
「――東部に、現在収容されている者たちは」
一人の幹部が、そう問うた。
老幹部は、感情の窺えない声で答えた。
「移送はしない。移転に伴う護送は、リスクが大きすぎる。東部の収容者については、この機に、一斉送還を実施する」
「――一斉送還、というのは」
「わかっているだろう。"卒業"の、前倒しだ。反応の有無に関わらず、すべて、まとめて処理する」
その言葉に、忍の膝の上、組んだ両手に、僅かに、力がこもった。
それは、これまで、灯を含む、あの施設の収容者たちすべてに、極めて短い猶予しか残されていないことを意味していた。
「もう一つ、報告があります」
別の職員が手を挙げた。
「元専属監視官、天宮晴の、動向についてです」
その名に、忍は、更に意識を引き締めた。
「氷雨灯の収容以降、天宮は、調律省を退職。その後、東部方面へ向かったという情報があります」
「――目的は」
「不明です。ですが、収容者の奪還を目論んでいる可能性があります」
老幹部は、しばらく沈黙した。
それから、冷ややかな声で言った。
「――辞めた人間のことなど、放っておけ。それより、賊の対処と、一斉送還の実行が先だ」
「――ですが、天宮は、氷雨家や、東雲家に関する、機密性の高い記録に接触していた可能性が」
その一言に、忍の眉が僅かに動いた。
「――その記録の詳細は」
老幹部が、担当職員に問いかけた。
「氷雨家旧邸への訪問記録が、確認されています。そこで、何らかの資料を、持ち出した可能性が」
「――それは、看過できんな」
老幹部は、机を、指先で、軽く叩いた。
「討伐隊の増員に加え、天宮晴の身柄も、可能な限り、確保するように。生死は、問わない」
その指示に、職員たちは、一斉に頭を下げた。
書類をめくる音、椅子を引く音が、部屋の中に、断続的に響いた。
忍は、その一連のやり取りを、無言のまま聞いていた。
表情には、これといった変化を見せなかった。
だが、机の下、膝の上で組んだ両手には、僅かに力がこもっていた。
天宮晴。氷雨家旧邸。持ち出された記録。
そして、南部への移転と、一斉送還という、中枢卿からの、直々の決定。
その言葉の一つ一つが、忍の中で、これまで抱えてきた、ある予感と静かに重なり始めていた。
忍は、それ以上、その思考を、深めることを自分自身に許さなかった。
会議室の地図、東部の方角に打たれた、小さな印を、忍は、しばらくの間、ただ、静かに見つめ続けていた。
会議室を出た後も、忍の頭からは、「一斉送還」という言葉が離れなかった。
灯に残された時間は、これまで考えていたよりも、遥かに少ないのかもしれない。
忍は、廊下の窓から見える、東部の方角の空を、しばらくの間見つめ続けていた。




