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空が壊れるほどの恋だった  作者: Kakou
【第一部】第三章
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第十六話 「監視強化」

月曜の朝、支局の執務室には、いつもと違う緊張感が漂っていた。


晴が出勤すると、壁の大型モニターに、七番区の気象マップが大きく映し出されていた。

先週末――灯と丘で過ごした、あの日の記録だった。

数値そのものは、閾値をわずかに超えた程度で、決して過去最大というほどではない。

だが、これまでの観測パターンには見られない、複数の感情が入り混じったような、不規則な反応波形を描いていた。

分析を担当した技官が、判断に迷い、念のため上位機関に報告を上げたのだという。

晴は、その画面を見た瞬間、胸の奥が冷えるのを感じた。


「天宮、来い」


椎名に呼ばれ、晴は支局長室に足を運んだ。

狭い部屋には、すでに玲の姿があった。

彼女は壁際に立ち、腕を組んで、晴が入ってくるのを見つめていた。

その表情から、何を考えているのかは読み取れなかった。


「先週末の反応、把握してるな」


「はい」


「本部から通達が来た。氷雨灯の監視体制を、複数人態勢に強化する。今日から、白鷺も監視チームに加わる」


晴は、思わず玲の方を見た。

玲は、視線を逸らさず、まっすぐに晴を見返した。


「――複数人態勢、というのは」


「お前一人に任せていた結果が、これだ」


椎名は、モニターに映る数値を指し示した。


「対象の反応は、これまでのような単純な起伏じゃない。分類のつかない反応が出てきているというのは、それだけ感情が複雑化している証拠だ。上は、お前の監視だけで、この先も正確に読み切れるのか、疑問を持ち始めている」


その言葉は、晴の胸に、鈍い痛みを伴って突き刺さった。

灯の感情の昂ぶりは、彼にとって、決して悪いことではなかった。

それは、彼女が自分自身を偽らずに生きている証だった。

だが、支局のシステムにとっては、それは単なる「不安定要素」でしかなかった。



「今日から、私も一緒に動く」


支局長室を出た後、玲が晴に並んで歩きながら言った。

廊下の窓から差し込む朝の光が、彼女の白に近いプラチナブロンドを、いっそう際立たせていた。


「学園での監視は、私が担当する。お前は、放課後以降を」


「――なぜ、あなたが」


「志願した」


玲は、前を向いたまま、短く答えた。


「他の誰かに任せるより、私の方がいいと思ったから」


その言葉の裏にある意図を、晴はすぐには読み取れなかった。

玲がこれまで見せてきた警戒と、今の申し出

――その二つが、彼の中でうまく結びつかなかった。


「不満なら、上に掛け合ってもいい。別の人間に代えるように」


「――いえ」


 晴は、首を振った。


「あなたなら、灯を、無闇に危険視することはないと思っています」


その言葉に、玲は一瞬、足を止めかけた。

それから、何事もなかったかのように、再び歩き出した。


「買いかぶりすぎ」


そう言った玲の頭上に、支局の照明の下でようやく視認できる程度の、ごく薄い靄がかかっていた。晴はそれに気づいたが、あえて指摘はしなかった。



放課後、学園の校門に、玲の姿があった。

制服姿の彼女は、これまで晴が一人で行っていた監視の定位置に、静かに立っていた。

灯が校門を出てくると、玲の視線が、正確にその姿を捉えた。


灯は、玲の姿に気づくと、僅かに表情を硬くした。

晴の隣にもう一人、監視官が増えたことの意味を、彼女はすぐに理解したようだった。


「――あの人も、監視官ですか」


その日の夕方、七番区への道すがら、灯が小声で尋ねてきた。


「白鷺玲。俺の同期です。今日から、体制が強化されました」


「なんで、急に」


「先週末の反応が、これまでにないパターンだったので。数値自体は、そこまで大きくなかったんですが」


灯は、少し気まずそうに視線を落とした。

丘での対話

――あの日、二人で抱いた不安と迷いが、複雑に絡み合った反応として記録されてしまったのは、皮肉な事実だった。


「私のせいで、晴の立場、悪くなってないですか」


「――それは」


晴は、正直に答えることができなかった。

椎名の言葉、監視能力への疑問視

――それらは事実だった。

だが同時に、監視体制が強化されたことで、皮肉にも、晴が単独で灯と接する時間は、これまでよりも制限されることになる。

それは、職務上は"改善"であるはずなのに、晴の中では、むしろ焦りに近い感覚を呼び起こしていた。


これまでのように、二人だけで、規定の外側にある時間を過ごすことが、難しくなる。

玲という第三者の目が、常にどこかで注がれることになる。


その事実は、晴にとって、これまでにない種類の危機感として、静かに胸に沈んでいった。



その夜、支局に戻った晴は、玲が提出した本日の観測記録に目を通していた。

学園での灯の様子が、簡潔に、けれど正確に記されている。感情の起伏、周囲との関わり、そして――報告書の片隅に、業務外の一文が、小さく書き添えられていた。


「対象、思っていたよりずっと、普通の生徒だった」


その一文に、晴は、玲の中で何かが変わり始めているのを感じ取った。

警戒していたはずの対象を、実際に間近で見たことで、玲もまた、灯という一人の人間の輪郭に、触れ始めているのかもしれなかった。


監視体制の強化は、晴にとって、確かに一つの障害だった。

だが同時に、玲という存在の中に、これまで見えていなかった一面が、静かに顔を覗かせ始めているのを、晴は感じていた。

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