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空が壊れるほどの恋だった  作者: Kakou
【第一部】第二章
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第十二話 「途切れた記録」

忍の警告は、晴の中で、むしろ逆の作用をもたらした。


深入りするな、と言われれば言われるほど、その奥にあるものを知りたいという衝動が、抑えきれないほど膨らんでいく。

これまでの晴であれば、上位者の指示に黙って従っていただろう。

だが今の彼には、灯という存在があった。

彼女と過ごした日々が、これまで見て見ぬふりをしてきた自分自身の空白と、静かに向き合わせようとしていた。


非番の午後、晴は再び、支局の資料庫に足を運んだ。

窓のない部屋に、いつもの埃っぽい空気が満ちている。

棚の奥、天候監視記録とは別枠で管理されている一角に、この国の氏族ごとの戸籍記録が保管されていることを、晴は以前の調査で知っていた。


「東雲」の索引を探し当てるまでに、それほど時間はかからなかった。

だが、そのファイルを引き出した瞬間、晴は違和感を覚えた。

他の氏族の記録に比べて、明らかに薄い。

本来であれば、何世代にもわたる出生・婚姻・死亡の記録が綴じられているはずのそれは、驚くほど少ないページ数しかなかった。


晴は、埃を払いながら、ファイルを開いた。


最初のページには、東雲家の家系図の断片が記されていた。

名前と生没年が並ぶ、無機質な記録。

晴は、そこに記された名前の一つ一つを、慎重に目で追っていった。


東雲清一郎。東雲美咲。

東雲――そして、末尾近くに、見覚えのある文字が記されていた。


東雲晴。生年月日は、彼自身のものと一致していた。


その隣には、両親と思われる名前が記されている。東雲隆(父)、東雲椛(母)。

晴は、その二つの名前を、繰り返し目で追った。

だが、いくら見つめても、そこから何かを思い出すことはできなかった。

文字だけが、意味を伴わない記号のように、紙面に並んでいるだけだった。


ページをめくると、家系図はそこで唐突に途切れていた。

晴自身の名の下に、本来続くはずの記載

――婚姻や、その後の経歴を示す欄が、すべて空白のままになっている。

そして、ページの端には、赤いインクで小さく、こう記されていた。


「以降、大嵐により記録喪失」


晴は、しばらくその文字を見つめていた。

大嵐――十八年前、彼が家族を喪った、あの災害。

記録喪失、という無機質な四文字が、彼の人生の断絶を、あまりにも簡潔に片付けていた。


だが、それだけではなかった。

ページをさらにめくると、東雲家に関する記述は、家系図以外にほとんど存在しないことに気づいた。

通常、氏族ごとの記録には、居住地の変遷や、家業、地域社会での活動記録なども併記されているはずだった。

だが東雲家に関しては、そうした付随情報のほとんどが、抜け落ちている。

まるで、意図的に取り除かれたかのように。


「――これは」


晴は、思わず声に出していた。

誰もいない資料庫に、その声が虚しく響いた。



晴は、資料棚の間をさらに歩き回り、大嵐関連の記録が保管されている一角を探し当てた。

北部の街の被害状況、犠牲者の名簿、当時の対応記録

――そうした資料が、いくつかのファイルに分けて収められている。


犠牲者名簿を開くと、晴はそこに、自分の記憶にはない名前を探した。

東雲隆、東雲椛。

だが、名簿のどこにも、その名前は見当たらなかった。


晴の手が、僅かに震えた。


両親が大嵐で命を落としたのであれば、当然、この名簿に名が記されているはずだった。

だが、記録上、彼らはどこにも存在していない。まるで、最初から名簿に載ることすらなかったかのように。


晴は、名簿を何度も見返した。

見落としがないか、順番が違う箇所はないか

――だが、結果は変わらなかった。

東雲隆も、東雲椛も、公式な犠牲者としては、どこにも記録されていなかった。


――両親は、本当に、大嵐で死んだのだろうか。


その疑問が、晴の中に、初めてはっきりとした形で浮かび上がった。

これまで彼は、自分の生い立ちを、疑いもなく受け入れてきた。

大嵐で家族を喪い、養護施設で育った、と。

だが今、目の前にある記録は、その前提そのものに、静かな亀裂を入れていた。


資料庫の扉の外、廊下から足音が近づいてくるのが聞こえた。

晴は反射的に、開いていたファイルを閉じ、棚に戻した。

息を潜め、扉の方を見つめる。

足音は、しかし、資料庫の前を通り過ぎ、やがて遠ざかっていった。


晴は、詰めていた息を、静かに吐き出した。


その夜、支局職員用住宅の自室に戻った晴は、机の前に座り、今日見たものを、頭の中で何度も反芻していた。


途切れた家系図。抜け落ちた付随情報。

名簿に存在しない両親の名前。

そして、忍の言葉――東雲の血は、危険だ。


それらの断片は、まだ一つの明確な形を結んではいなかった。

だが、晴の中には、これまでとは違う種類の確信が、静かに芽生え始めていた。

自分の過去には、何か、意図的に隠された事実がある

――それだけは、もう疑いようがなかった。


窓の外、夜空を見上げると、晴の頭上には、相変わらず何もなかった。

だが、その静かな空の下で、彼の心は、これまでにないほど激しく波打っていた。

数値には表れない、けれど確かに存在する、感情という名の予感だった。





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