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聖女を追放した国で地獄の門が開きました。すべてはもう手遅れです  作者: 小平ニコ


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第8話

 エリシアはモラスケイン王国も、そこに暮らす民も、そしてフェルディナントのことも大切に思うようになっていたので、できることならずっとここで生きていきたいと思っている。


 行きたいところも、会いたい人もいなかった彼女にとって、『居続けたい場所』と『一緒にいたい人』ができたのは素晴らしいことだった。同時に、恐ろしいことでもあった。『居続けたい場所』にずっといられるかはわからないし、『一緒にいたい人』に拒絶されることだってあるからだ。


 エリシアはその不安を、ゆっくりと口に出した。


「フェルディナント様。もはや私には、モラスケインの民のため……そして、あなたのためにできることが何もありません。それでも、この国に留まることをお許しいただけますでしょうか。国賓待遇でなくても構いません。王宮の下働きでも、診療所のお手伝いでも構いません。ずっと、ここで暮らしていきたいのです」


 もちろん、聖女の力がなくなったからといって、フェルディナントがエリシアをモラスケイン王国から追い出すような人間だとは思っていなかった。しかし、それでも不安だった。無慈悲にバロンディーレ王国を追放された過去が、エリシアの心に深い傷を残しているのだろう。


 そんな心の傷を癒やすように、フェルディナントはいつも通りの微笑で言う。


「エリシア。三ヶ月前に俺が言ったことを覚えているかい? 俺が君に望むことはただひとつ。この国で、健やかに過ごしてもらうことだ。何があろうと、きみはモラスケインの国賓。そして、俺にとっての大切な人だよ」


 大切な人――それは『大切な客人』という意味だろうか。モラスケイン王国での変わらぬ生活を許されたというのに、フェルディナントが自分を『ただの客人』としか思っていないと考えると、言いようのない切なさがエリシアの胸に去来した。


「エリシア。きみはこのモラスケインの民のために、本当に多くのことをしてくれた。きみが発揮した『聖女の力』を間近で見て模倣することで、この国の治癒魔術師たちの基礎能力も大いに向上した。今では皆がきみのことを敬愛している。『聖女の力』が消えてしまっても、それは変わらないだろう」


「『聖女の力』を失った私に、皆様から敬愛されるような資格があるでしょうか……」


 多くの奇跡を発揮してなお、異様に自己評価の低いエリシアにフェルディナントは苦笑する。その苦笑は、やがて怒りと悲しみに変わった。彼女の自己評価の低さは、バロンディーレでの長きに渡る惨い扱いのせいだとすぐに気づいたからだ。


 だが、ここで怒ってもエリシアの心が救われるわけではない。だからフェルディナントは、怒りではなく穏やかなる語りで、エリシアの自尊心を高めてあげたいと思った。


「確かに、民衆がきみを認めたきっかけは『聖女の力』によるものだった。しかし今、皆が敬愛しているのはきみの『人柄そのもの』だ。誰にでも分け隔てなく慈愛を注ぎ、自らの身を犠牲にすることもいとわず人を癒やす優しさ。わかるかい? 皆は『聖女の力』ではなく、きみの『聖女の心』に深い感銘を受けたんだよ」


「…………」


「そして、それは俺も同じだ。俺は、きみほど大きな愛を持ち、それを他者に分け与えることができる女性を見たことがない。本当に、心から尊敬し、えっと、その、好ましく思うよ……」


 前半の力強い諭しの言葉と違い、後半の言葉はどうも歯切れが悪い。口にしている最中に『これはまるで愛の告白ではないか』と気づいてしまったからだ。


 実際、ほとんど『愛の告白』同然の言葉だった。二人きりの庭園で見つめ合い、『きみを心から尊敬し、好ましく思っている』と伝えることが、愛の告白でないならいったいなんだというのか。


 恋愛沙汰に疎いエリシアも、さすがにフェルディナントが自分に好意を抱いていることは理解できた。エリシアも、フェルディナントに好意を抱いている。いや、二人の間にある感情はもはや単なる好意というより『愛』と言っていいだろう。


 この芽吹いたばかりの『愛』が大きく育つには、それほど時間はかからなかった。エリシアは聖女の力がなくなった後も様々な形でモラスケイン王国に尽くし、フェルディナントの最も近くで彼を手伝った。フェルディナントはそんな彼女を誰よりも信頼し、慈しみ、より強い愛情を向けるようになった。


 そして、出会いから半年。

 初冬にしては暖かな夜のこと。


 フェルディナントはテラスでエリシアの手を取り、まっすぐな眼差しで愛を告げる。いつかのように、歯切れの悪い言い方ではない。一切の迷いのない、力強い言葉で。


「エリシア。春になったら正式に婚姻の式典を開く。……俺の、妻になってもらえないか。一生をかけてきみを愛し、きみを守り抜く。この命に代えても」


 エリシアは静かに頷いた。何か気の利いた言葉で返事がしたかったが、溢れる思いで胸が詰まり、とても言葉にならない。彼女に合わせるようにフェルディナントも頷き、その後は何も話さなかった。話す必要もなかった。


 愛し合う二人に、無粋な飾りつけのような言葉は不要。


 互いの愛が通じ合った。

 それだけで充分だった。

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