表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女を追放した国で地獄の門が開きました。すべてはもう手遅れです  作者: 小平ニコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/12

第7話

「そう……なのでしょうね。バロンディーレで誰にも好感を抱かなかった私には、よく分からない感情ですが……。私の感受性は、とっくの昔に壊れているのかもしれません」


「そんなことはない。感受性が壊れている人間が、苦痛に耐えて無関係の動物を助けたりするはずがない。少なくとも『優しさ』や『慈愛』はきみの心の中に残っている。それも、普通の人間よりずっと大きな『慈愛』だ。普通の人間は、たとえ善良であったとしてもなかなか自らの身を犠牲にはできないものだからね」


「フェルディナント様にそう言っていただけると、なんだか救われる気がします」


 そこで初めて、エリシアは年頃の女性らしい、ごく普通の笑顔を見せた。それは、誰に対しても、自分自身の人生に対しても期待することを失っていた彼女の心が、少しずつ変わっていく前兆であった。



 フェルディナントの優しさに触れ、賓客としてモラスケイン王国に滞在することを受け入れたエリシア。とはいえ彼女の性格上、何もせずにただもてなしを受けることなど耐えられるはずもなく、体に支障の出ない範囲で聖女の力を発揮し、診療所を巡って病人や怪我人の苦しみを癒やすことにした。


「信じられん……! 深い裂傷がもう塞がっている……!」

「もう二度と歩けないと思っていた足が、また動くように……!」

「死を待つだけだった爺様が、十歳は若返ったように元気になったぞ!」


 モラスケインの医師が諦めるしかなかった大病や重症を、エリシアはいともたやすく治癒した。民衆は驚いたが、それ以上に驚いたのはエリシア自身である。


 バロンディーレでは『貧民街出身の汚らわしい女』ということで、治癒の力を発揮させてもらう機会などまったくなかったので、聖女の力を治癒に応用すれば、さほど体に負担をかけずとも絶大な効果を出すことができるのを今初めて知ったのだ。


 これにより、疑わしきバロンディーレの元聖女エリシアに反発していた民衆も、一気に彼女を認めた。『真の聖女様』『天の使い』『大いなる救い』と、それぞれが思いつく限りの称賛の言葉を送り、特に年配の者などはエリシアが姿を現すと『現人神様』と呼び平伏するほどだった。


 バロンディーレにいた頃とのあまりの変わりように、喜びよりも困惑の方が大きいエリシアではあったが、それでも自分のしたことに対し、民衆が素直に喜び、感謝してくれることは純粋に嬉しかった。こうすることで、自分をこの国に迎え入れてくれたフェルディナントに対し、間接的に恩返しできていることも嬉しかった。


 人のためになることをすれば、感謝される。


 それは当たり前のこと。


 普通のこと。


 エリシアはその『当たり前』が許されなかった。

 エリシアはその『普通のこと』が認められなかった。


 彼女はやっと、人間らしい『普通の生き方』ができるようになったのだ。


 しかし、エリシアがモラスケイン王国で暮らすようになって三ヶ月が経った頃、エリシアの体から聖女の力がフッと消えてしまった。かつては数秒で複雑骨折を治癒することすらできたのに、今では軽い打撲すら癒やすことができない。


 理由は明白だった。


 エリシアの聖女の力は、真っ黒に染まった彼女の両手を見ればわかる通り、バロンディーレを追放された段階でもう限界を遥かに超えていたのだ。その後に発揮された力は、いわば残滓――わずかに残った魔力のかけらのようなものにすぎない。


 その『魔力のかけら』ですら多くの人を癒やすことができたのだから、エリシアの元々の才能がどれだけ凄まじいものであったかがよくわかる。バロンディーレの連中が、その貴重な才能を絞り出すようにして浪費させたことも……。


 とにかく彼女はもう、初歩の治癒魔法すら使えない。その事実をモラスケインの民やフェルディナントに話すのは辛かったが、皆を偽ることだけはしてはならないと思い、エリシアはまず最初にフェルディナントに打ち明けることにした。


 場所は王宮の庭園。二人のほかには誰もいない。今では近衛兵もすっかりエリシアを信奉しているので、自らの仕える王と二人きりにしても何の問題もないと思っているのである。


「フェルディナント様。どうやら私の聖女の力は、もう残滓すらないようです。すべて、なくなってしまいました」


「そうなのか」


 いつかのような、あっけらかんとした返事。フェルディナントは『嘘だろ!?』『本当か!?』と取り乱すようなことはなかったし、『どうしてだ!?』と問いただすようなこともなかった。恐らく彼は、黒く染まったエリシアの両手を見た時から、いずれは『聖女の力』が消えることを予期していたに違いない。


 フェルディナントは『残念だ』という感想すら、述べたりしなかった。


 国民すべてが感謝していた『聖女の力』が無くなって残念でないはずがない。それでも『残念だ』と言えば、エリシアが苦しむとの配慮から不用意な発言をしないのだろう。近頃はフェルディナントのそういう優しさと気遣いを、エリシアも感じ取れるようになっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ