第16話【完結】
いや、フレデリカだけではない。これまで犠牲になってきた『すべてのバロンディーレの聖女たち』に、深い敬意と哀悼の念がわく。
封じられていた地獄の門が開き、『小さな魔界』と化したバロンディーレに巣食う悪魔たちが外に出てこられないのは、エリシアやフレデリカも含む『これまでの聖女たちすべて』が発揮してきた力が、残り香のようにバロンディーレを包み込んでいるからだ。つまり、皆の力でこの世の平和が保たれたと言っていい。
それなのに、皆は非業の死を遂げ、自分は幸福。明日には最愛の人と添い遂げることができる。自分と彼女たち、何が違うのか。自分はただ、運が良かっただけ。それを思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになるのだ。
「フェルディナント様。私だけが、これほど幸せで良いのでしょうか。苦しみ、死んでいった歴代の聖女たちのことを思うと、今が幸せであればあるほど辛くなるのです……」
「歴代の聖女たちも、きみのように慈愛に満ちた優しい人であったと思うと、俺も悲しいよ。でも、彼女たちはきみが思い悩み、心を痛め続けることを望まないはずだ。想像してみてくれ、エリシア。逆の立場であったなら、きみだって後輩の聖女には幸せになってもらいたいと思うだろう?」
「ええ。だからこそ、フレデリカ様に対し、もう少し別の接し方ができたのではないかと後悔するばかりです。バロンディーレを去る時は、私の心も凍てついていましたから」
ただ同時に、あの頃の自分が、あの頃のフレデリカに何を言っても事態は変わらなかったとも思う。異様なほどの『魔』の力が溢れる大地に成り立ち、謎の繁栄を遂げたバロンディーレ。王の命令により、生贄のように『魔』の力を封じ続ける聖女たち。あまりにもいびつな国家。その崩壊は、当然の運命だったのかもしれない。
だから、もう悩むのはやめよう。
心の中で聖女たちを弔い、後は真っすぐに生きていく。
それこそが自分のやるべきこと。
いつまでも暗い顔をして、愛する人に心配をかけるのは間違っている。
前を向く。
フェルディナントの優しい顔がある。
この人と、一緒に生きていく。
そして、幸福になる。
エリシアの心には、もう憂いも迷いもなかった。
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翌日。
モラスケイン王国の大聖堂は、身分を問わず、様々な人々で溢れかえっていた。
皆がエリシアとフェルディナントを祝福している。
仮に、エリシアがわずかに残った『聖女の力』を使ってモラスケインの人々を癒やしていなかったら、皆はこれほどの敬愛と祝福をエリシアに向けてくれただろうか。
きっと、そうはならなかっただろう。
悪魔の土地と化したバロンディーレの元聖女。それが自国の若き王と結婚するなど、受け入れられない者が多数出たはずだ。もうとっくに限界を超えていたのに、『聖女の力』を使う機会が残されていたのは、神からの贈り物――いや、歴代の聖女たちからの贈り物だったのかもしれない。
でも、何より重要だったのは、限界を超えてなお人のために尽くそうとしたエリシアの心根だ。自らの黒く染まった両手を見て、これ以上『聖女の力』を使うことで穢れたくないとエリシアが思い、自己保身に走っていたら今の幸福はなかった。フェルディナントがエリシアに好意を持った最初のきっかけも、森で『聖女の力』を使い鹿を救ったことなのだから。
派手ではないが、上品で美しい純白のドレスに身を包んだエリシアが、誓いの言葉を述べるフェルディナントに対して頷き、二人は永遠の愛を誓いあう。そしてヴェールを上げて、口づけ。民衆の一人が「わっ」と歓声を上げ、その伴侶に「こんな時に大声を出さないで」と叱られる。
それがおかしくて、エリシアもフェルディナントも微笑んだ。
他の民衆も、おかしそうに笑った。
誰もが幸福な笑みを浮かべていた。
かつて、バロンディーレの民衆がエリシアに向けた嫌な嗤いではない。温かで優しい、本当の笑いだ。笑顔とは、こういうときに作られるものなのだ。
「フェルディナント様。私、今誰よりも幸福です」
「俺もだよ、エリシア。二人で、この幸福を大事に守って行こう」
エリシアは頷いた。
民衆が温かい拍手で二人の門出を祝福する。
春の日差しが、皆の顔を照らしている。
温かな日。
幸福な日。
この幸せが、いつまでも続きますように。
おわり。




