第14話
つい先ほど、従騎士の一人が『人間のなれの果て』に殺されたので、声をかけるのは恐ろしかったが、今はそんなことを言っている場合ではない。ベルクトズスは迷わなかった。こういう行動力と決断力だけは、あるいは王の器かもしれなかった。
「フレデリカ! 私だ! お前の主、ベルクトズスだ! 私の声が分かるか!?」
黒い猿はすぐにこちらを見た。だが、これで意思の疎通ができているかはまだわからない。動物だって、声をかけられれば振り返ったりするものだからである。
「フレデリカ! なんとか言え! いや、言わなくてもいい! とにかく『魔』の力を制御して、すべてを元に戻すのだ! 早くしろ!」
「ベ……ベベ……ベベベベベベ……ベルクトズス……サマ……」
「そうだ! 私だ! ベルクトズスだ! おお、やった! やったぞ! 自我がある! 信じられん! これで助かる! やった! やった! やった!」
この時のベルクトズスの歓喜は、とても言葉で表現しきれるものではなかった。当然だろう。『もう終わった』と思っていたことが復活したときの喜びは、普通の成功の何倍も大きい。国全体の終焉からの復活。これ以上の歓喜、そうそうあるものではない。
だが……
「サマ……サマ……サママママママママママ……ベルクトズス……サマ……ベルベルベルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル」
「お、おい、どうした?」
そこで、つまらなそうな声が突然投げかけられる。
「別にどーもしてねーよ。そいつ、もう終わってんだよ。自我はない。残ってんのは『自我のかけら』だけさ。そいつがお前の声に自動的に反応したわけだな」
知らない男の声。いや、本当に男の声……なのか? 聞きようによっては女の声にも聞こえる。奇妙なノイズがかかった、奇妙な声だった。
「誰だ!? まだ生き残りがいたのか!?」
あちこちに視線をやるが、人の姿はない。
だが、声だけは聞こえる。
「ん~、残念。生き残りはゼロだ。くくく、この王宮の惨状を見りゃ、それくらいわかるだろーが。お前、本当にクソバカだな。あのまま逃げてりゃ良かったのによ。普通、戻って来るか? 何の準備もせずに。あーあ、バカバカ。超絶ウルトラバカ」
「な、なんなんだ貴様は! 侮辱は許さんぞ! 名を名乗れ!」
「名乗るほどの名はない。しいて言うなら、お前らが言うところの『悪魔』さ。お前もバロンディーレの王なら知ってるだろ? この国が他国より強大な理由。それは、お前らの祖先が悪魔と契約したからなんだぜ」
不勉強なベルクトズスにとって、それは初耳だった。しかし『知らない』と言うとまたバカ呼ばわりされるので、とりあえず黙っておくことにした。
「で、繁栄の代わりに多くの魂を悪魔に捧げる契約だったわけだが、お前らはそれを反故にし、魔界と人間界を繋いでいる地獄の門に蓋をして、ご丁寧に『聖女』と呼ばれる強大な魔力を持つ人間を選出しては、そいつらの命を搾り取るようにし、地獄の門が絶対に開かないようにしていた」
「…………」
「いやあ、なかなかやるよな。悪魔を利用し、利益だけかすめ取って、かわいそうな『聖女様』を使い潰す。くくく、お前らの方がよっぽど悪魔だぜ。おっと、勘違いするなよ。別にお前らを責めてるわけじゃない。騙された俺らの祖先が間抜けなのさ。どんなことでも、笑った方が勝ち、泣いた方が負けだからな」
随分と饒舌な悪魔だった。人を小馬鹿にしたような口調ではあるが、どことなく親しみを感じる。こいつとなら交渉ができるかもしれない。ベルクトズスは意を決して語り掛けてみる。
「では、悪魔よ。この場で私と新しい契約を結ぶことは可能か? 私は先祖とは違う。決して約束を破らぬと誓おう。バロンディーレを元に戻してくれれば、民衆の魂などいくらでも捧げる。それこそ100人でも1000人分でもな。私にとっては、民衆の命など……」
「おいおいおいおいおいおいおいおい! ちょっと待てよ! ひっでーやつだな! 今は契約より、必死に探してたフレデリカちゃんの状態を詳しく聞くのが人情ってもんだろーが! さっき俺『そいつ、もう終わってる』って言ったろ? 普通ならよぉ、どう『終わってる』のか気になるだろ? ええ?」
「興味がない。『終わってる』ということは『役に立たない』ということだろう? 役に立たないなら必要ない。それだけのことだ」
嘘偽りのない、これ以上ないほどの正直な感想だった。ベルクトズスにとって他人とは、自分の役に立つかどうかがすべて。フレデリカを可愛く思っていたこともあるが、今は猿だ。猿を愛する趣味は自分にはない。そして、聖女としても使えないなら、価値はゼロ。そんな奴の話をするのはまさしく時間の無駄だ。




