第13話
「なに? どういうことだ?」
「『魔』の力に飲み込まれながらも自我を保っていた場合は、フレデリカ様は不完全ながらも『魔』の力を制御できているということになります」
「ふむ……」
「ならば生まれ持った強大な魔力と『魔』の力を合わせることで、これまでとは比較にもならない力を発揮できるかもしれません。バロンディーレを覆う闇を、一瞬で払うほどの力を。ただ、今すぐバロンディーレに戻るのは危険すぎます。他国の賢者の力も借りて、十分な準備を……」
それは、ベルクトズスにとって至上の情報だった。
「なるほどなるほど。よく考えたら『魔』の力に飲み込まれたのに私を襲ってこなかったということは、まだ自我があるに違いない。素晴らしい! 史上初めて、『魔』の力を制御した聖女の誕生だ! 我がバロンディーレは更に栄えるぞ!」
先程までの狼狽ぶりはどこへやら。まだ話の途中だというのに、ベルクトズスは小躍りして喜ぶと従騎士二名を連れて帰って行った。もう忠誠心などかけらもない二人の騎士がベルクトズスに付き従ったのは、このままモラスケインに残ることなどできないと思ったからだ。
今回の騒動で、バロンディーレの血統主義の愚かさ、そして、懸命に国のために尽くした聖女エリシアを嘲り続けた自らの愚かさを大いに悟った。それなのにどうして、今さら謝罪してモラスケインに受け入れてもらうことなどできるだろうか。
愚か者は愚か者らしく、最後まで愚かな王に仕えて破滅しよう。彼らはそう覚悟したのだ。身勝手に主君を変え、器用に生きて行こうとするほど、彼らはずるくなかった。もうとっくの昔になくなっていたはずの騎士の誇りは、まだあったのである。
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そして、ベルクトズスと二人の従騎士は再びバロンディーレの王宮に戻ってきた。逃げ出してからまだ数日しか経っていないのに、もう何もかもが変わっていた。王宮はまるで、巨大な悪魔の体内のようだった。
ここに至るまでの城下町では、もう人間の姿は一人も確認できなかった。本来なら人がいるべきはずの場所で、何かよく分からないブヨブヨしたものが蠢いているが、あまりに不気味なので誰も直視することができず、その正体は不明である。
「おい、お前たち! とにかくフレデリカ――黒い猿を探せ! で、猿を見つけたらまず声をかけろ! 意思の疎通が可能か確認するのだ!」
三人は手分けしてフレデリカを探す。それは素早く、理想的な動きだった。本人たちは知らないが、フレデリカの守護の力がなければ、この異様な空間では数時間で正気を保てなくなるので、大急ぎで彼女を捜索するのは最適行動である。
とはいえ、広い王宮の中でたった一人を探すのは容易なことではない。しかも今は、『魔』の力に飲み込まれた『人間のなれの果て』がうろついているのだ。捜索は命がけだった。
まず、一人目の従騎士が『人間のなれの果て』に襲われて命を落とした。仲間を庇ってのことだった。もちろん、庇ったのはベルクトズスではない。苦労を共にしてきた、もう一人の従騎士である。
その死に際しても、ベルクトズスは一言「使えん奴だな」と呟いただけだった。もう一人の従騎士は、すぐさまこの男を殺したい衝動を堪えつつ、フレデリカを探すことだけに集中した。
そして、もう一人の従騎士も人生を終えた。『命を落とした』と表現しなかったのは、死んだのかどうか、よくわからないからだ。彼は『魔』の力に飲み込まれ、四足歩行の獣に生まれ変わった。その顔は、どこか晴れ晴れとしていた。彼はベルクトズスの方を一瞥もせず、軽やかにその場を去った。自由への出立であった。
すぐにフレデリカを見つけなければ、次は自分だ――
そう覚悟したベルクトズスの脳は、これまでの人生で最速のスピードで回転を始め、フレデリカの居場所を再検討する。何か見落としていることはないか? 何か大いなる手掛かりがないか? フレデリカはいつもどこにいた?
膨大な情報を数秒間で処理していく。
自分にこんな能力があったのかと驚くほどだった。
そして、天啓のごときひらめきが脳裏に浮かんだ。
「そうだ! 星! あいつは雲のない夜は、よく展望台で星を見ていた! 雲が出ているかどうかはわからんが、時間帯はちょうど今頃だったはず! 展望台! 展望台だ! 間違いない! あそこにいるはずだ!」
最後の方は『こうに違いない』という推測というより『こうであってほしい』という願望だった。しかし、結果的にその推測は大正解だった。かつては美しかったバロンディーレ王宮自慢の展望台。そこに、探し求めていた黒い猿――フレデリカのなれの果てがじっと立ち、空を見上げていたのである。




