第11話
「ふふふ、ふふふふっ。見ろ、お前たち。小国とは惨めなものだな。私たちが我が物顔で城の中を闊歩しているというのに、止めるどころか、声をかけることすらできぬではないか。大国の王と従者たちの威厳を目の当たりにし、緊張で委縮しているのだろう。ふはははははっ」
ベルクトズスがそう思うのも無理はない。城内の近衛兵、執事、大臣。誰もがベルクトズスたちと目を合わせようともしない。彼らの行進の邪魔になりそうな場所にいる者は、サッと道を開ける。それは、あまりに異様な光景だった。
誰も邪魔をしないので、ベルクトズスたちはすぐに王の間に到達した。派手で大げさなバロンディーレの玉座と違い、つつましくも格式高いモラスケインの玉座に腰を下ろしたフェルディナントが、突然の闖入者三人に冷ややかな視線を送った。
「バロンディーレ王、ベルクトズス殿。モラスケインに何か御用ですか?」
言葉遣い自体は丁寧だが、いつも気さくなフェルディナントの口から出たとは思えぬほどに無感情な声だった。対するベルクトズスは、ベルクトズス"様"ではなくベルクトズス"殿"と呼ばれたことが不満だったのか、唾を飛ばして悪態をつく。
「ふん。"御用"がなければこんな小国に私が自ら出向くものか。無駄な問答をしている時間が惜しいから単刀直入に言う。ここにいるだろう。我が国の聖女エリシアが。すぐに引き渡せ。そうすれば、バロンディーレの聖女を私的に占有していたことは大目に見てやる」
ここで初めて、無感情、無表情に見えたフェルディナントの顔に不快の色が浮かぶ。
「私的に占有……まるで、物か何かのような言い草だな」
フェルディナントの言葉から、来客に対する最低限の礼儀が消えた。それは明らかな怒りの噴出だった。しかし鈍感なベルクトズスはそれにも気づかず、得意げにまくしたてる。
「その通り。『物』さ。聖女はバロンディーレの所有物だ。だから、とっとと返せと言っているんだ。おっと、変にゴネようなどと思わぬ方がいいぞ。バロンディーレとモラスケインの経済力・軍事力の差は歴然。経済戦争でも軍事戦争でも、戦えば勝ち目がないことくらいは分かるだろう? 私の機嫌を損ねない方がいい」
現実的には、今のバロンディーレは他国と戦争などできる状態ではないが、フェルディナントがそのようなことを知るはずがないと踏んだ強気の交渉である。だが、返って来たのはすべてを見透かしたような厳しい言葉だった。
「ベルクトズス。あまり他人を舐めない方がいい。小国だからといって諜報能力がないわけではない。バロンディーレの近況はすでに知っている。まさか、王自身が命からがら逃げだすほどとは、今の今まで思っていなかったがな」
「な、なんだと……っ」
「おかしいと思わなかったのか? 正規の手続きをしていないのに、誰にも止められずにここまで来られたことを。俺が皆に命じたんだ。『バロンディーレ王ベルクトズスが来たら素通りさせてくれ』と。城の人間も、関所の人間もそれに従っただけだ。お前の権威にひれ伏したわけじゃない」
何の目的でそんなことを?
ベルクトズスがそう尋ねる前に、フェルディナントは玉座から立ち上がって激昂した。
「俺の最愛の人であるエリシアを苦しめ続けたお前に、報いを受けさせるためだ!」
玉座のすぐそばにあった大剣を握ると、その切っ先をベルクトズスに向けるフェルディナント。いつも大勢の護衛と大国の権威に守られていたベルクトズスにとって、これほど至近距離で明確な殺意を向けられたのは初めてのことだった。
「ひぃ……っ」
大慌てで従騎士二人の背後に隠れ、震える声で命令する。
「な、なにをしているお前たち。あの乱心した男を殺せっ! 見たところこの場に大した数の近衛兵はいない! 我が国指折りの剣士であるお前たちならば、たやすく奴の首をとれるはずだ! さあやれっ! ぐずぐずするなっ! このウスノロどもがっ!」
だが、従騎士二人は動かない。彼らはベルクトズスほど馬鹿ではないからだ。たとえフェルディナントの首をとれたとしても、城内は敵だらけである。乗ってきた馬も潰してしまった。まず間違いなく生きて逃げおおせることはできない。それがわかっていて、どうして無謀な行動がとれるだろうか。
何より彼らは、自らの低劣な主君に心の底からウンザリしていた。普段の言動もそうだが、ベルクトズスには為政者としての風格がまったくない。今こうして、モラスケインの若き国王フェルディナントの堂々たる姿を見て、残酷なまでの王者としての格の違いに、何もかも嫌になってしまったのである。
その心理を見透かしたように、フェルディナントは従騎士二人を諭した。
「きみたちは、そのような男に仕えていて楽しいのか。騎士の誇りが保たれるのか。ベルクトズスのために、命を捨てる覚悟があるのか。俺にはとてもそうは思えない」




