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聖女を追放した国で地獄の門が開きました。すべてはもう手遅れです  作者: 小平ニコ


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第10話

 フレデリカの瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。


 自分は馬鹿だ。あの時に『どういうこと?』と耳を傾けておけば、エリシアは何か知恵を授けてくれたかもしれない。だが、もう遅い。全ては手遅れだ。それくらいのことはわかる。


 ベルクトズスがわあわあぎゃあぎゃあと喚き散らしているのは、それが分かっていないから。もう救いようがないのに、救ってくれと騒いでいる。悲しいほどに愚鈍な男だった。


 ついでに言うなら、ベルクトズスと最側近の従騎士二名が正気を保っていられるのは、いつもそばにいるフレデリカが彼らを『魔』の力から何とか守っているからである。しかし、それももう限界だ。自慢だった"新雪のように白い"手は、邪気を祓い続けた影響により、今やどす黒く変色していた。


「おい、聞いているのか! フレデリカ! 何もかも貴様のせいだぞ! どう責任を取るつもりだ! おい! 貴様! 口がきけんのか! おいっ! このグズめがっ!」


 限界を超えて魔力を使い、守り続けてきたというのに、それも知らず、知ろうともせず、なんという物言いだろう。フレデリカは今ようやく、エリシアの気持ちが理解できた。


 もう、フレデリカの目は見えない。耳も聞こえない。相変わらず汚い言葉で喚き続けるベルクトズスの言葉を聞かずに済むことだけは幸運だった。フレデリカは掠れた喉で、最後に後悔の言葉を呟いた。


「エリシアがいれば……こんなことには……」


 そして、フレデリカは『魔』に飲み込まれた。美しかった姿はたちまち変貌し、猿に似た悪魔の姿となる。これにはベルクトズスも震えあがり、従騎士二名を連れて王宮を脱出した。動物的な本能で、これ以上ここにいるのは危険だと察知したのだろう。


 無駄に大きな国門を抜けて、馬の尻を叩き、とにかく無我夢中に逃げまくる。そして、かつてエリシアが旅した森に差し掛かったところでようやく冷静さを取り戻し、フレデリカの最後の言葉を思い出した。


「フレデリカめ。『エリシアがいればこんなことには……』だと? あいつにはそれほどの力があるのか? チッ! くそっ! そうだったのか! 全部あいつのせいだ! あいつが我がバロンディーレを出て行ったからこんなことになったのだ! 許さんぞ! くそぉっ!」


 いくら混乱の極致とはいえ、あまりにも支離滅裂。究極の他責思考。そして記憶力の欠如。ベルクトズスは自分がエリシアを追い出したことなど、半年の間にすっかり忘れていたのである。彼の中では、どういうわけかエリシアが勝手に出て行ったことになっているようだ。


「許せん……! 聖女ともあろうものが、自らの責任を放棄して出奔するなど前代未聞だ! 今すぐ連れ戻さねば! とはいえ、奴はどこにいるのだろうな。姿を消してからもう半年だ。どこかで野垂れ死にしている可能性も大いにある……うーむ……」


 そういって大げさに腕を組み思案するベルクトズスに、従騎士の一人が告げる。


「陛下。実は風の噂で聞いたのですが、聖女エリシアは現在モラスケイン王国で国賓待遇を受けているそうです」


「なんだと!? そんな大切なことを、何故今まで黙っていた!」


「も、申し訳ありません。陛下が追放した聖女エリシアの話題を出せば、お気を害されるかと思いまして……」


「追放? 私がか? 馬鹿を言うな。奴が勝手に出て行ったのだろう?」


 従騎士はあきれ果てた。この愚鈍な王は本気でこう思っている。たった半年前のことも覚えていないのか。だが、意固地になって正しいことを主張してもベルクトズスの機嫌を損ねるだけだ。なので適当に話を合わせることにする。


「そうでした。聖女エリシアは勝手に出て行ったのです」


「ふん、そうだろうそうだろう。さあ、奴の居場所が分かったのだ。身勝手な聖女を連れ戻しに行くぞ! 目いっぱい馬の尻を叩け! 乗り潰しても構わんぞ! モラスケインに着いたら新たな馬を献上させてやる! 我がバロンディーレと比べれば話にもならん小国だ。少し脅せば何でも言うことを聞くだろう!


 怒りに任せて疾走するベルクトズスと、それに追従する二人の騎士。流石に大国の王と最上位の騎士だけあって、地獄と化した国から怯えて逃げだした割には勇壮な姿だった。


 道中、モラスケインの関所をいくつか通ったが、バロンディーレ王国の紋章を見せつけると皆すぐに道を開けた。腐った国でも権威は本物。バロンディーレの王を通せんぼする者などいない。その従順な態度がベルクトズスをますます増長させた。


「ふふふ、モラスケインの首都までもう少しだ。バロンディーレの王である私が突然訪ねてきたら、皆驚きと感動で腰を抜かすだろうな。えーっと、モラスケインの王は何という名前だったかな。数年前に一度会談したことがあったはずだが、忘れてしまった。まあいい、どうせ覚えるほどの相手でもない」


 そして一行はモラスケインの王城に到達した。ベルクトズスの増長は頂点に達しているので、正規の手順で面会を申し込んだりはしない。帯剣した騎士を引き連れ、ずかずかと我が物顔で城の中を歩いて行く。

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