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灯野はるなは、夢から醒めていなかった(シリーズ4)  作者: 皆月 優
序章「共鳴筒(レゾネーター)」
9/11

#009 「はるなの予感」

 放課後の教室は静かだった。窓の外では夕陽が傾き始めている。オレンジ色の光が机の上を照らし、長く伸びた影が床に重なっていた。

 クラスメイトたちはもう帰っている。隼人も。要も。美弥も。いちかも。想太も。誰もいない。

 はるなだけが教室に残っていた。理由は自分でもよく分からなかった。今朝の雪。要の話していた観測ログ。いちかのどこか落ち着かない様子。そして、最近の“ともり”。全部が頭の中で引っ掛かっている。

 家に帰れば忘れてしまいそうな気がした。だから少しだけ整理したかった。机にノートを開く。ペンを持つ。思いつくままに言葉を書き並べていく。

 雪。観測ノイズ。遅延。要。いちか。夢。ともり。

 言葉は増えていく。だが答えは見つからない。

「……何なんだろう」

 小さく呟く。教室は静まり返っていた。空調の音だけが遠く聞こえる。窓の外では風が木々を揺らしている。ふと手が止まった。ノートへ視線を落とす。

「……あれ?」

 眉をひそめる。見覚えのない文字があった。自分で書いたはずなのに。記憶にない。ページの中央。そこに一言だけ書かれている。

 【観測】

 はるなは瞬きをした。何度見ても同じだった。観測。黒いインク。自分の筆跡。なのに書いた覚えがない。

「私、書いた……?」

 ノートをめくる。前のページを見る。何もない。もう一度戻る。

 やはりそこには、

 【観測】

 の二文字だけが残っていた。

 胸の奥が少しだけざわつく。理由は分からない。だが、その言葉だけが妙に気になった。

 そのときだった。教室の照明がわずかに揺れた。

 チカッ。

 一瞬だけ。本当に一瞬だけ。はるなは顔を上げる。何も変わらない。教室は静かなままだった。

「気のせい……?」

 時計を見る。壁掛け時計の針は静かに進んでいる。

 十一時三十一分。なぜか、その数字が目に残った。

 はるなは首を傾げる。放課後なのに。なぜか違和感を覚えた。数字そのものに。理由は分からない。ただ、目が離せなかった。

 その瞬間。再び照明が揺れた。

 チカッ。

 今度は少し長い。空気が重くなる。教室の音が遠ざかる。世界が一拍だけ息を止めたようだった。はるなは思わず立ち上がる。時計を見る。針は進んでいた。

 十一時三十二分。

 どこかで聞いた気がする。そんな感覚だけが胸をかすめる。だが思い出せない。何を忘れているのかも分からない。窓の外では夕暮れの空が広がっていた。

 風が吹く。木々が揺れる。いつも通りの久遠野。それなのに。何かが始まろうとしている気がした。はるなはノートを閉じる。

 最後にもう一度だけページを見る。そこには変わらず、

 【観測】

 の二文字だけが残っていた。まるで誰かが、そこに印を残したみたいに。

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