#088 「それぞれの願い」
放課後。六人は、いつもの場所に集まっていた。
蒼羽と真凜はいない。二人には二人の用事があるらしい。少し前までなら、六人の誰かが、「何してるんだろう」と気にしたかもしれない。
でも、今日は誰も言わなかった。二人には二人の時間がある。そんなことを、少しだけ思うようになっていた。
「で」
隼人が言った。
「何する?」
「何するって?」
美弥が聞く。
「集まったけど」
「いつも集まってるじゃん」
「そうだけど」
「じゃあいいでしょ」
「いいけど」
隼人は座り直した。
「暇だな」
「帰れば?」
「ひどくない?」
はるなが笑った。
「じゃあ何か話す?」
「何を?」
「うーん」
考える。でも何も出てこない。
「ないんじゃん」
「待ってよ!」
「無理して話す必要ある?」
要が言う。
「ないけど」
「だったら、これでいいだろ」
「要ってそういうところあるよね」
「どういうところ?」
「静かでも平気」
「普通だろ」
「私は喋りたい」
「知ってる」
「何その言い方!」
いつもの会話。いつもの六人。世界の秘密を知る前と何も変わっていない。
いや、少しだけ変わったのかもしれない。でも、こうしている時間は変わらなかった。
「そういえば」
いちかが言った。
「みんな、将来何するの?」
五人が。いちかを見る。
「急だな」
隼人が言う。
「さっき、はるなが何か話そうって言ったから」
「私のせい?」
「きっかけ」
「それならいいけど」
「将来って」
美弥が聞く。
「仕事?」
「それも」
「それも?」
「全部」
「広すぎない?」
「いいじゃん」
いちかは笑った。
「何になりたいとか」
「うん」
「どこに住みたいとか」
「うん」
「誰といたいとか」
「……」
はるながちらりと想太を見る。
「何?」
「何でもない」
「今、俺見たよな?」
「見てない」
「見た」
「見てない!」
美弥が笑う。
「分かりやすいわね」
「美弥!」
「じゃあ、はるなは?」
「私?」
「そう」
美弥が笑う。
「誰といたいの?」
「……」
またはるなが想太を見る。
「だから俺を見るなよ」
「だって」
「だってじゃない」
「いるじゃん」
「何が?」
「ここに」
「だから何が?」
「分かるでしょ!」
想太が笑った。
「ちゃんと言えよ」
「嫌!」
「なんでだよ」
「恥ずかしいから!」
「今さら?」
「今さらでも!」
六人が笑った。
「じゃあ」
いちかが言った。
「仕事からにしよう」
「恋愛から逃げたな」
隼人が言う。
「いいの!」
「誰から?」
「はるな」
「私!?」
「最初に話そうって言ったから」
「将来の話を言い出したの、いちかじゃん!」
「きっかけは、はるな」
「そういうところだけ覚えてる!」
「で?」
「うーん」
はるなは少し考えた。
「分かんない」
「え?」
「仕事」
「決めてないの?」
「うん」
「何かないの?」
「あるよ」
「何?」
「いっぱい」
「いっぱい?」
「うん」
はるなは指を折る。
「あれもやってみたいし」
「うん」
「これもやってみたいし」
「具体的に言えよ」
想太が突っ込む。
「だからいっぱい!」
「何も言ってないぞ」
「いいの!」
はるなは笑う。
「今、決めなくても」
「そうだな」
「やりたいこと見つけたら」
少し考える。
「その時、やればいいかなって」
「はるならしい」
いちかが笑う。
「褒めてる?」
「褒めてる」
「ならいい」
「想太は?」
はるなが聞く。
「俺?」
「うん」
「俺も」
想太は少し考える。
「まだ決めてない」
「同じじゃん!」
「お前と一緒にするな」
「なんでよ!」
「俺は考えてる」
「私だって考えてる!」
「いっぱい、しか言ってないだろ」
「いっぱい考えてるの!」
「意味違うだろ」
美弥が笑う。
「でも」
想太は続ける。
「何をするにしても」
「うん」
「ちゃんと自分で決めたい」
はるなが想太を見る。
「誰かに言われたからじゃなくて?」
「ああ」
「ともりに言われても?」
想太が笑った。
「ともりは言わないだろ」
「あ」
はるなも笑う。
「確かに」
自分で選ぶ。何度もともりから言われたこと。
「じゃあ」
はるなが聞く。
「どこに住む?」
「それもまだ」
「久遠野から出る?」
「分からない」
「出たい?」
「お前、質問多いな」
「いいじゃん」
「お前は?」
「私は」
はるなは少し考える。
「久遠野、好きだよ」
「うん」
「でも外にも行ってみたい」
「うん」
「だから」
「だから?」
「両方」
「無理だろ」
「なんとかなる!」
「ならないと思うぞ」
「未来の技術に期待!」
「そこを未来に投げるな」
また笑い声。
「隼人は?」
いちかが聞く。
「俺?」
「うん」
「仕事か」
「何したい?」
「金持ち」
「仕事じゃない」
要が即答した。
「いいだろ!」
「どうやって金持ちになるんだ」
「それを今から考える」
「何も考えてないじゃん!」
はるなが笑う。
「夢だよ、夢!」
隼人が言う。
「でっかい家に住んで」
「うん」
「いいもの食って」
「うん」
「好きなことして」
「うん」
「たまにみんな呼んで」
「そこはいいね」
はるなが言った。
「だろ?」
「でも隼人の家でしょ?」
「そうだよ」
「散らかってそう」
「なんでだよ!」
「分かる」
美弥が言う。
「おい!」
「絶対片付けないでしょ」
「片付けるよ!」
「誰か来る時だけ」
「……」
「ほら」
「いや!」
「今、間があった」
「考えただけ!」
「何を?」
「掃除について」
「普段から考えなさいよ!」
六人が笑った。
「でもまあ」
隼人は続ける。
「普通に働いて」
「うん」
「ちゃんと生活できて」
「うん」
「休みの日に好きなことできれば」
「金持ちは?」
「なれたら嬉しい」
「急に現実的になった」
「いいんだよ」
隼人は笑う。
「夢はでかく」
「現実は?」
「堅実に」
「なんか腹立つ」
美弥が言った。
「なんでだよ!」
「隼人のくせに」
「俺のくせにって何だよ!」
「昔からそうじゃない」
「お前だって昔から細かいだろ!」
「誰が細かいのよ!」
「ほら始まった」
はるなが笑う。
「この二人、ずっとこれやってそう」
「やってそうだね」
いちかも笑った。
「十年後も?」
想太が聞く。
「やってるでしょ」
美弥が即答した。
「俺もそう思う」
隼人も答えた。二人は顔を見合わせる。
「なんか嫌ね」
「なんでだよ!」
「十年経っても隼人の相手してるの?」
「こっちの台詞だ!」
また六人が笑った。
「美弥は?」
はるなが聞いた。
「私?」
「うん」
「仕事は」
美弥は少し考えた。
「人と関わる仕事がいいかな」
「へえ」
「まだ分からないけど」
「美弥、向いてそう」
いちかが言う。
「そう?」
「うん」
「世話焼きだし」
隼人が言った。
「誰がよ」
「お前」
「誰のせいで世話焼いてると思ってるの?」
「俺?」
「自覚あるじゃない!」
「でも」
隼人が笑う。
「美弥って昔からそうだろ」
「何が?」
「困ってるやついたら放っとけない」
「……」
「俺だけじゃないじゃん」
「まあ」
美弥は少し考える。
「そうかもね」
「だから向いてると思う」
美弥が隼人を見る。
「珍しくまともなこと言った」
「珍しくって何だよ!」
「褒めたのよ」
「絶対褒めてないだろ!」
「褒めてるって」
「その顔で言うな!」
はるなが笑う。
「仲いいね」
「長いからね」
美弥が答える。
「腐れ縁だ」
隼人が言う。
「誰が腐れ縁よ」
「じゃあ親友」
「……まあ、それならいい」
「だろ?」
「うん」
それだけで二人の話は終わった。
「要は?」
美弥が聞いた。
「俺?」
「うん」
「そうだな」
要は少し考える。
「役に立つ仕事」
「広いね」
「そうか?」
「誰の役に立つ?」
「誰でもいい」
「誰でも?」
「ああ」
要は言う。
「自分がやったことで」
「うん」
「誰かが少し楽になるなら」
五人が要を見る。
「何?」
「いや」
はるなが笑う。
「要らしい」
「そうか?」
「うん」
「じゃあ、それでいい」
「でも」
いちかが聞く。
「自分のことは?」
「自分?」
「うん」
「誰かの役に立つだけじゃなくて」
「……」
「要自身は、どうしたい?」
要は少し考えた。
「普通でいい」
「普通?」
「ああ」
「どんな?」
「仕事して」
「うん」
「帰る場所があって」
「うん」
「飯食って」
「うん」
「寝る」
「それだけ?」
「それだけで十分だろ」
いちかが少しだけ笑った。
「一人で?」
要がいちかを見る。
「……」
「何?」
「いや」
「何?」
「一人じゃなくてもいい」
「そっか」
「うん」
いちかもそれ以上は聞かなかった。
「最後」
はるなが言った。
「いちか」
「私?」
「うん」
「私は」
いちかは少しだけ空を見る。
「家族かな」
「家族?」
「うん」
「結婚したいってこと?」
「それもあるかも」
「へえ!」
「何、その反応」
「いや、いちかから結婚って言葉が出ると思わなかった」
「私だって考えるよ」
「相手は?」
「言わない」
「なんで!」
「はるなも言わなかったでしょ」
「あ」
「だから言わない」
「ずるい!」
「同じです」
要が黙って前を見ている。
隼人がその顔を見る。そして少しだけ笑った。
「なんか分かりやすいやつがいるな」
「何が?」
要が聞く。
「別に」
「お前、今俺を見ただろ」
「見てない」
「見た」
「見てない」
「それ、さっきのはるなじゃん!」
はるなが笑った。
「隼人まで!」
「知らねえよ!」
いちかも笑っている。
「でも」
いちかは続けた。
「大きな家じゃなくていい」
「うん」
「すごい生活じゃなくていい」
「うん」
「仕事から帰ってきて」
少しだけ笑う。
「今日こんなことあったって話して」
「うん」
「一緒にご飯食べて」
「うん」
「休みの日にどこか行って」
「うん」
「たまに喧嘩して」
「喧嘩するんだ」
「するでしょ」
「まあ」
「それで」
いちかは言う。
「また仲直りして」
要がいちかを見る。
「そういうのがいい」
「……うん」
はるなが頷いた。
「いいね」
少し静かになった。六人は、それぞれの未来を考えていた。
仕事、夢、恋、家族、友人。まだ、何も決まっていない。
誰がどんな仕事をするのか。どこで暮らすのか。誰と一緒にいるのか。何も分からない。未来だから。
でもそれでいい。
「なんかさ」
はるなが言った。
「何?」
想太が聞く。
「私たち」
「うん」
「普通だね」
「今さら?」
「違う」
「何が?」
「だって」
はるなは少しだけ考える。
「いろいろ知ったじゃん」
五人の表情が少し変わる。
「この世界のこととか」
「うん」
「ともりのこととか」
「うん」
「まだ知らないこともいっぱいあるけど」
「そうだな」
「なのに」
はるなは笑った。
「将来何したいって話したら」
指を折る。
「仕事して」
「うん」
「好きな人がいたり」
「うん」
「家族が欲しかったり」
「うん」
「友達と馬鹿やったり」
「それは隼人?」
美弥が聞く。
「なんで俺限定なんだよ!」
「一番分かりやすいから」
「ひどくね!?」
「でも」
はるなは六人を見る。
「結局」
少しだけ笑った。
「普通に生きたいんだね」
誰もすぐには答えなかった。
「普通って」
美弥が言った。
「何だろうね」
「分かんない」
はるなが答える。
「人によって違うよね」
いちか。
「そうだな」
要。
「結婚したい人もいれば」
美弥が言う。
「うん」
「一人でいたい人もいるかもしれない」
「うん」
「仕事が一番大事な人もいるし」
「うん」
「友達と遊んでるのが一番ってやつもいる」
隼人が言う。
「それ隼人?」
美弥が聞く。
「だから俺限定にするな!」
「分かりやすいから」
「またそれかよ!」
六人が笑った。そして想太が言った。
「別に」
「うん?」
はるなが見る。
「普通じゃなくてもいいんじゃないか」
「どういうこと?」
「俺たちが」
想太は少し考える。
「自分で選んだ人生なら」
はるなが黙る。
「他の人から見て普通でも」
「うん」
「変でも」
「うん」
「それでいいだろ」
「……うん」
はるなは笑った。
「そうだね」
「お前は普通じゃないしな」
「ちょっと!」
「いい話だったのに!」
美弥が笑う。
「最後まで言わせてよ!」
「言っただろ」
「余計な一言があった!」
「事実だ」
「想太!」
また六人が笑った。
世界が本物なのか、作られたものなのか、その外側に何があるのか、自分たちが本当は何者なのか。六人はまだ知らない。
知っていることより知らないことの方が多い。それでも未来を考えることはできる。明日を考えることもできる。誰かを好きになることも、誰かと一緒にいたいと思うこともできる。
ずっと友人でいたいと思うこともできる。世界の真実を知ったからといって、人生が特別なものに変わるわけではない。
朝。起きる。学校へ行く。いつか仕事をする。
誰かを好きになるかもしれない。家族を持つかもしれない。
友人と笑う、喧嘩する、仲直りする、歳を取る、そんなどこにでもありそうな人生。
六人が望んでいたものはそれだった。
「ねえ」
はるなが言った。
「何?」
五人が見る。
「十年後」
「十年?」
「うん」
「急にどうした?」
「今日、未来の話したから」
「うん」
「十年後も」
はるなは。五人を見る。
「こうして集まってようよ」
隼人が笑った。
「暇だったらな」
「そこは絶対って言ってよ!」
「仕事あるかもしれないだろ」
「休め!」
「横暴だな!」
「年に一回くらいいいでしょ!」
「年一になったの?」
美弥が笑う。
「じゃあ」
いちかが言った。
「約束する?」
「また?」
想太が笑う。
「いいじゃん」
はるなが言う。
「約束いっぱいあっても」
「忘れるぞ」
「ともりが覚えてる!」
「またともり頼みかよ!」
六人が笑う。
「じゃあ」
要が言った。
「十年後」
「うん」
「六人で集まる」
「うん!」
「場所は?」
「ここ」
はるなが答える。
「まだここあるの?」
「あるでしょ!」
「分からないぞ」
「じゃあ久遠野!」
「広すぎる」
「もう!」
笑い声が夕暮れの久遠野に響いた。十年後その時、六人がどこにいるのか、何をしているのか。まだ誰にも分からない。
でも、きっとそれぞれが、自分で選んだ場所で、自分で選んだ人生を一所懸命生きている。
特別でなくていい。誰かに褒められなくてもいい。世界の真実を、すべて知らなくてもいい。
ただ、自分たちらしく、普通に生きていく。
それが、六人それぞれの願いだった。




