↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
86/92

#086 「帰る場所」

 白い世界。七人は、しばらく向かい合っていた。

 もう、聞かなければならないことはなかった。いや、本当は、いくらでもある。

 なぜ七人なのか、ともりは、なぜ六人を知っているのか、自分たちは、いつともりと出会ったのか。

 どんな過去があるのか、どんな未来が待っているのか。聞きたいことならいくらでもあった。

 でも、今は聞かない。知らなくていいのではない。今は、知らないままでいる。六人はそれを選んだ。


「じゃあ」

 はるなが言った。

「そろそろ帰ろっか」


「はい」

 ともりが答えた。


「でも」

 隼人が周囲を見回す。

「どうやって帰るんだ?」


「そういえば」

 美弥も辺りを見る。

「入口も出口もないわね」


「来た時もなかったよ」

 いちかが言う。


「そうだったっけ?」

「そうだよ」

「俺、途中から何が起きてるのか分からなかったから」

「隼人はずっとそうじゃん」

「はるなに言われたくねえ!」

「なんでよ!」

 笑い声が広がった。ともりも笑っている。白い世界、最初は何も分からない少し怖い場所だった。今も、何も分からないことは変わらない。それでも、もう怖くはなかった。


「ともり」

 想太が呼ぶ。


「はい」

「俺たちが帰ったら」

「はい」

「ここには、ともりだけ?」


 ともりは。少しだけ考えた。

「そうとも言えます」

「また難しい答えだな」

「申し訳ありません」


「あ」

 はるなが指を差した。

「謝った!」


 ともりが止まる。

「……はい」

「さっき我慢できてたのに!」

「今回は必要だと思いました」

「必要?」

「はい」

「じゃあ仕方ないか」


「基準そこなの?」

 美弥が笑う。ともりも小さく笑った。


「でも」

 はるなが聞く。

「寂しくない?」


 ともりの表情が。ほんの少し変わった。

「寂しい?」

「うん」

「私が?」

「うん」

 はるなは白い世界を見る。何もない。どこまでも、白。

「私たちが帰ったら、一人になるんでしょ?」


 ともりははるなを見ていた。

「大丈夫です」

「本当に?」

「はい」

「強がってない?」

「強がってはいません」

「ならいいけど」

 はるなは少しだけ考える。

「でも」

「はい」

「また来るから」

 ともりが、はるなを見る。

「約束したでしょ?」

「はい」

「用事なくても来る」

「はい」

「みんなで」

 はるなが五人を見る。

「ね?」


 隼人が笑う。

「そこで俺たちに振るのかよ」

「来ないの?」

「来るよ」

「ほら」

「私も来る」

 いちかが言った。

「私も」

 美弥。

「俺も」

 要。

 想太も頷いた。

「また来ます」


 ともりは六人を見ていた。

「はい」

 ゆっくり笑う。

「お待ちしています」


「それと」

 ともりが言った。声が少しだけ変わった。

「皆さんに、一つお願いがあります」

 六人の表情が変わる。


「お願い?」

 はるなが聞く。


「はい」

 ともりは六人を見る。

「今日ここであったことは」

 一度言葉を切る。

「蒼羽さんと真凜さんには、まだ伝えないでください」


 六人は黙った。

「二人には?」

 はるなが聞く。

「はい」

「ともりに会ったことも?」

「はい」

「七人のことも?」

「はい」

「全部?」

「はい」


 はるなは少しだけ眉を寄せた。

「どうして?」

「今は、お答えできません」

「……そっか」

 いつもの答え。でも、今度は、はるなはそれ以上聞かなかった。美弥がともりを見る。

「二人に何か問題があるから、ではないんですよね?」

「もちろんです」

「じゃあ」

 美弥は少し考える。

「二人を信用していないからでもない?」

「違います」

 ともりははっきり答えた。

「蒼羽さんも真凜さんも」

 少しだけ笑う。

「私は信じています」

「だったら」

 隼人が言う。

「なおさら分かんないな」

「そうですね」

「教えてはくれない?」

「はい」

「だよな」

 隼人は頭を掻いた。

「もう慣れてきた」

「それでいいのか?」

 要が言う。

「よくはない」

「じゃあ何だよ」

「仕方ない」

「同じじゃない」

 いちかが笑った。


「でも」

 いちかが、ともりを見る。

「さっき」

「はい」

「私たちにも、今は知らないままでいてほしいって言いましたよね」

「はい」

「それと同じ?」

 ともりはすぐには答えなかった。

「同じではありません」

「違うんだ」

「はい」

「でも」

 ともりは続ける。

「似ているところはあります」

「そっか」

 いちかは頷いた。

「だったら」

 少しだけ笑う。

「私は大丈夫です」

「いちか?」

 美弥が見る。

「だって」

 いちかは言った。

「私たちも待つんでしょ?」

「うん」

「だったら、二人にも」

 言葉を探す。

「待ってもらう時があるのかなって」

 ともりはいちかを見ていた。

「そうですね」

 静かに答える。

「そういう時もあります」

 はるなが、ともりを見る。

「じゃあ」

「はい」

「いつかは、二人も知る?」

 ともりは少しだけ目を細めた。

「それは」

 はるなが待つ。

「お二人が決めることです」

「二人が?」

「はい」

「どういう意味?」

「今は、それ以上お答えできません」

「やっぱり」

 はるなが笑った。

「でも」

「はい」

「今は、って言った」

 ともりが止まる。

「……はい」

「じゃあいいや」

「よろしいのですか?」

「うん」

 はるなは笑う。

「未来になったら考える」

 ともりも笑った。

「はい」

「それがいい?」

「それがいいと思います」


 要は、少し離れたところでともりを見ていた。

「一つ確認していいですか?」

「はい」

「俺たちは」

 要が言う。

「蒼羽と真凜に、嘘をつく必要はありますか?」

 ともりは要を見る。

「いいえ」

「じゃあ」

「はい」

「聞かれたら」

 要は少し考える。

「話せない、と言えばいい?」

「はい」

「隠すことと」

「……」

「嘘をつくことは違う」

 ともりの表情が少しだけ柔らかくなる。

「はい」

「分かりました」

 要は頷いた。

「それなら」

 五人を見る。

「俺は守れる」

「俺も」

 隼人。

「私も」

 美弥。

「うん」

 いちか。

 想太も頷いた。

「分かりました」

 そしてはるな。

「……絶対バレると思うけどね」

 五人が、はるなを見る。

「何が?」

「私たちに何かあったこと」

「ああ」

 隼人が笑う。

「それはバレるな」

「六人全員だもん」

 美弥も苦笑する。

「蒼羽は絶対聞いてくる」

「真凜も気づくと思う」

 いちかが言う。

「どうする?」

 はるなが聞く。

「今、要が言っただろ」

 想太が答えた。

「嘘はつかない」

「うん」

「でも話さない」

「そっか」

「それでいいだろ」

「うん」

 はるなはともりを見る。

「それでいい?」

「はい」

「分かった」

 はるなは頷いた。

「じゃあ」

 少しだけ笑う。

「秘密が増えたね」

「そうだな」

 想太も笑った。

「六人だけの?」

 隼人が聞く。


 はるなが首を振る。

「違うよ」

「え?」

「七人」

 六人がともりを見る。

 ともりは少し驚いた顔をして、そして、笑った。

「はい」

 はるなも笑う。

「七人の秘密」


「では」

 ともりが言った。

「そろそろ戻りましょう」

「うん」

「どうすればいい?」

 はるなが聞く。

「目を閉じてください」

「それだけ?」

「はい」

「手は?」

「必要ありません」

「繋がなくていいの?」

「はい」

「せっかくだから繋ぐ?」

「なんでだよ」

 隼人が笑う。

「いいじゃん。七人なんだし」

「帰るだけだぞ」

「でも」

 いちかが言った。

「私、繋ぎたい」

「いちかまで!」

「いいじゃない」

 美弥が手を差し出す。

「ほら」

「美弥も!?」

「隼人は嫌なの?」

「嫌じゃないけど!」

「じゃあ決まり」

「俺の意見は!?」

 要が笑いながら手を出した。

「諦めろ」

「要まで!」

 六人が手を繋ぐ。そして、はるながともりを見る。

「ともり」

「はい」

「ほら」

 手を差し出した。ともりはその手を見ていた。

「どうしたの?」

「いいえ」

 ともりも手を伸ばす。はるなの手を取った。

「反対は?」

 ともりが見る。そこには想太がいた。

「……」

「何?」

 想太が聞く。

「いいえ」

 ともりは想太にも手を差し出した。想太が、その手を取る。七人、一つの輪になった。

「なんか」

 隼人が言った。

「儀式みたいだな」

「いいじゃん」

 はるなが笑う。

「七人の儀式」

「勝手に作るな」

「名前つける?」

「いらねえ!」

 笑い声。ともりも笑っていた。


「では」

 ともりが言った。

「目を閉じてください」

 六人が目を閉じる。

「皆さん」

 ともりの声。

「はい」

 はるなが答える。

「また」

「うん」

「お会いしましょう」

「もちろん」

「約束したからな」

 想太。

「また来ます」

 いちか。

「今度はもう少し気楽に来たいわね」

 美弥。

「俺は最初から気楽だったけど」

 隼人。

「お前はもう少し緊張しろ」

 要。


 ともりが笑う。

「はい」

 その声が少しずつ遠くなる。白が消えていく。いや、六人の意識が白い世界から離れていく。

 最後にはるなは、手の感触を覚えていた。右手にともり。温かい。そう思った。そして。


「……はるな」

 声が聞こえた。

「ん……」

「大丈夫か?」

 目を開ける。見慣れた顔。

「想太」

「ああ」

 はるなはゆっくり身体を起こした。白ではない古い天井、少しくすんだ壁、旧図書館。地下のレゾネーター。

「戻った?」

「みたいだな」

 周囲を見る。隼人、美弥、要、いちか。六人全員いる。

「うわ」

 隼人が大きく息を吐いた。

「帰ってきた」

「何よ」

 美弥が言う。

「嬉しくないの?」

「嬉しいよ」

 隼人は周囲を見る。

「ただ」

「何?」

「汚いな、ここ」

「失礼でしょ!」

「いや、だって」

 隼人が天井を見る。

「さっきまで真っ白だったから」

「ああ」

 要も周囲を見る。

「分からなくはない」

「要まで!」

 はるなが笑った。見慣れた地下、見慣れたレゾネーター、何度も来た場所。

 何度も、コン。コン。それだけで終わった場所。

 今日は違った。六人は、本当にその向こうへ行った。


「時間」

 要が言った。

「え?」

「どれくらい経った?」

 美弥が確認する。

「……」

「どうした?」

「ほとんど経ってない」

「マジ?」

 隼人も見る。

「本当だ」

「向こうでは結構話してたよね?」

 いちかが聞く。

「うん」

「時間が違う?」

 はるなが言う。

「分からない」

 想太が答えた。

「ともりに聞けばよかった」

「あ」

「忘れてたな」

「うん」

 はるなは笑う。

「じゃあ次に聞こう」

 その言葉が自然に出た。次、また行く。もうあの白い世界は、一度きりの場所ではない。

「そうだな」

 想太も笑った。


 六人はレゾネーターから離れた。はるなが一度振り返る。そこにはいつものレゾネーターがある。何も変わっていない。

「行こう」

 想太が言った。

「うん」

 六人は階段を上がった。

 一段。

 一段。

 地下から久遠野へ。古い扉を開ける。光が差し込む。


「眩し」

 はるなが目を細めた。

「白いところから帰ってきたのに?」

 いちかが笑う。

「違う眩しさ」

「何それ」

「分かんない」

 外へ出る。風があった。木々が揺れていた。遠くから人の声が聞こえる。

 鳥の声。足音。生活の音。白い世界にはなかったもの。はるなは立ち止まった。

「どうした?」

 想太が聞く。

「ううん」

 空を見る。久遠野の空。青い雲が流れている。この空が作られたものだと知っている。

 この風も、この光も、この世界も、自分たちが思っていたものとは違うのかもしれない。

 それでも。


「きれいだなって」

「空?」

「うん」

 想太も見上げた。

「そうだな」

 それだけ。それでよかった。


「腹減った」

 隼人が言った。はるなが振り返る。

「急だね」

「いや、ずっと思ってた」

「白い世界でも?」

「さすがに向こうで言うのはどうかと思って我慢してた」

「意外と気を遣ってた!」

「俺を何だと思ってんだよ!」

「隼人」

「おい!」

 美弥が笑う。

「何か食べて帰る?」

「賛成!」

「俺も」

 要が言う。

「いちかは?」

「行く」

「想太」

 はるなが見る。

「俺もいいよ」

「じゃあ決まり!」

 六人は歩き始めた。

「何食べる?」

 はるなが聞く。

「肉」

 隼人。

「即答ね」

 美弥。

「ラーメンでもいい」

「増えた」

「両方」

「食べすぎ!」

 笑い声が久遠野の中へ溶けていく。

 世界の真実を少しだけ知った。知らないことはもっと増えた。

 七人だということも知った。新しい秘密も増えた。

 それでも、腹は減る。何を食べるかで揉める。笑う。明日になればまた学校へ行く。蒼羽と真凜にも会う。

 きっと何かあったのかと聞かれる。その時は、話せないと答える。嘘はつかない。

 でも、今は伝えない。ともりが自分たちにそうしたように。

 いつか、知る時が来るのかもしれない。それがいつなのか六人は知らない。

 今は、それでいい。

 はるなはもう一度だけ、久遠野の空を見上げた。ここが本当の世界ではないとしても。

 ここで生まれた。ここで育った。ここで出会った。ここで笑った。ここで恋をした。

 そして、これからもここで生きていく。

 白い世界にはともりがいる。

 いつかまた会いに行く。でも、今六人が生きる場所はここだった。

 久遠野。それが六人の帰る場所だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。