#085 「約束の続きを」
白い世界。どこまで見ても、白。空があるのか、地面があるのか、どこまで続いているのか、六人には、やっぱり分からない。
でもさっきまでとは少しだけ違っていた。もう怖くはなかった。
「ねえ」
はるなが言った。
「はい」
「ずっと立ってるの疲れない?」
ともりが、少しだけ目を瞬いた。
「疲れる、ですか?」
「うん」
「私は大丈夫です」
「私たちが疲れる」
「ああ」
「気づいてなかったの!?」
「申し訳ありません」
「また謝った」
「……」
ともりが黙った。
「どうしたの?」
「先ほど、謝らないように努力するとお話ししましたので」
「そこ気にしてたの!?」
隼人が吹き出した。
「ともりって、意外と細かいんだな」
「そうでしょうか」
「もっとこう」
隼人は少し考える。
「何でも分かってて、何でもできる人だと思ってた」
「先ほどもお話ししましたが、私は何でもできるわけではありません」
「うん」
「それに」
ともりは六人を見る。
「皆さんが立っていることを忘れていました」
「やっぱり抜けてるじゃん!」
はるなが笑った。
「はるなに言われたくないだろ」
想太が言う。
「なんでよ!」
「そのままの意味だ」
「ひどい!」
ともりが小さく笑う。美弥がその顔を見ていた。
「……なんか」
「はい?」
「思ってたのと違う」
「私がですか?」
「はい」
「どのように思っていましたか?」
「もっと」
美弥は言葉を探す。
「神様っぽい人」
「神様っぽい」
「なんて言えばいいんだろう」
美弥が困る。
「こう、何でも知ってて」
「はい」
「落ち着いてて」
「はい」
「絶対間違えなくて」
「はい」
「私たちを上から見てるような」
そこで美弥は慌てた。
「あ、悪い意味じゃないですよ!」
「大丈夫です」
「本当に?」
「はい」
ともりは笑った。
「そのように思われても、不思議ではありません」
「でも」
美弥は、ともりを見る。
「実際に会ったら」
「はい」
「普通ですね」
一瞬。誰も何も言わなかった。
「あっ!」
美弥の顔が変わる。
「違います!」
「美弥!」
いちかが笑い出す。
「違うの!」
「神様に普通って言ったぞ」
隼人まで笑う。
「そういう意味じゃなくて!」
「では」
ともりが聞く。
「どういう意味でしょう?」
「ともりまで聞かないでください!」
「気になります」
「もう!」
美弥は顔を赤くする。
はるなは笑っていた。
「でも、分かる」
「はるな?」
「私も最初そうだったもん」
「そうなの?」
「うん」
はるなは、ともりを見る。
「もっとすごい人だと思ってた」
「はるなさん」
「違う違う!」
今度は、はるなが慌てる。
「すごくないって意味じゃなくて!」
「美弥と同じじゃねえか」
「隼人うるさい!」
白い世界に笑い声が響いた。
「それで」
要が言った。
「座れるんですか?」
「はい」
「椅子は?」
「ありません」
「床?」
「床という表現が正しいのか分かりませんが」
「座れる?」
「はい」
「じゃあ座ろう」
要が、その場に座った。
「要!」
美弥が驚く。
「何?」
「躊躇ないわね!」
「疲れた」
「そうだけど!」
隼人も座る。
「俺も」
「じゃあ私も」
いちか、想太、美弥も少し迷ってから座った。はるなも座る。
そして六人がともりを見る。ともりだけが立っていた。
「ともり」
「はい」
「座らないの?」
「私は」
「座ろうよ」
「ですが」
「七人なんでしょ?」
ともりが止まった。はるなは、自分の横を軽く叩く。
「ほら」
「……」
「そこ」
ともりは六人を見る。そして。
「分かりました」
ゆっくりと座った。はるなの隣。
「近くない?」
はるなが言った。
「はるなさんが、ここを指定しました」
「あ、そうだった」
「何なんだよ」
想太が笑う。
「いや、思ったより近かった」
「離れましょうか?」
「いいよいいよ」
「そうですか」
「うん」
七人が白い世界で並んで座った。
しばらく誰も話さなかった。でも、嫌な沈黙ではなかった。白い世界、何もない場所。そこに七人だけがいる。
「ねえ、ともり」
「はい」
「ここって」
はるなが周囲を見る。
「本当に何もないね」
「はい」
「暇じゃない?」
「暇?」
「普段」
「……」
「何してるの?」
ともりは少し考えた。
「いろいろです」
「雑!」
「説明が難しいのです」
「じゃあ」
隼人が聞く。
「飯は?」
「必要ありません」
「寝る?」
「必要ありません」
「風呂は?」
「必要ありません」
「テレビは?」
「ありません」
「ゲームは?」
「ありません」
「……」
隼人が黙った。
「俺、ここ住めないわ」
全員が笑った。
「隼人」
美弥が呆れる。
「そこなの?」
「だって暇だろ!」
「暇ではありません」
ともりが言う。
「何してるの?」
はるなが聞く。
「それは」
「言えない?」
「お答えできることもありますが」
「じゃあ教えて」
「皆さんを見ています」
六人が止まった。
「……それ」
美弥が言う。
「久遠野のともりと同じじゃない?」
「少し違います」
「どう違うの?」
「それは、まだ」
「ああ!」
美弥が頭を抱える。
「また!」
「申し訳――」
ともりが止まる。
六人が見る。
「……」
「今、謝ろうとした?」
はるなが聞く。
「はい」
「我慢した?」
「はい」
「偉い!」
「褒めるところか?」
想太が笑った。
「でも」
いちかが言った。
「ともりは、私たちを見てるんですね」
「はい」
「ずっと?」
ともりは少しだけ間を置く。
「すべてではありません」
「見えない時もある?」
「あります」
「今の私たちみたいに?」
「それとは少し違います」
「そっか」
いちかは、それ以上聞かなかった。
「楽しいですか?」
「何がでしょう?」
「私たちを見てて」
ともりが、いちかを見る。
「はい」
すぐに答えた。
「楽しいです」
「本当に?」
「はい」
「喧嘩してても?」
「はい」
「失敗してても?」
「はい」
「はるなが変なことしてても?」
「ちょっと!」
はるなが声を上げる。
「例えばだよ」
「なんで私なの!」
「一番分かりやすいから」
「ひどい!」
ともりが笑った。
「それも含めて」
六人を見る。
「楽しいですよ」
「そっか」
いちかも笑った。
「よかった」
「はい」
「ともり」
想太が呼んだ。
「はい」
「前に」
ともりの視線が、想太へ向く。
「俺とはるなが来た時」
「はい」
「約束したよな」
「はい」
はるなもともりを見る。三人の約束。いつかまた会うこと。
「今日」
想太は言った。
「七人だって聞いた」
「はい」
「だったら」
少し考える。
「約束も、七人になるのか?」
ともりはしばらく想太を見ていた。
「そうですね」
静かに答える。
「でも」
はるなが口を挟む。
「三人の約束がなくなるわけじゃないんだよね?」
「もちろんです」
ともりは、すぐに答えた。
「それは」
はるな。そして、想太を見る。
「大切な約束ですから」
「うん」
はるなが笑った。
想太も頷く。
「じゃあ」
隼人が聞く。
「俺たち四人は?」
「え?」
「三人だけ大切な約束があって」
美弥も気づく。
「私たち四人は何なのよ」
「いや、それは」
はるなが慌てる。
「別に仲間外れって意味じゃなくて!」
「でも三人だけ約束したんでしょ?」
「その時は三人しかいなかったんだから仕方ないじゃん!」
「じゃあ」
いちかが笑う。
「今すればいいんじゃない?」
「何を?」
「七人で」
はるなが止まった。
「……約束?」
「うん」
六人がともりを見る。ともりは少し驚いた顔をしていた。
「駄目?」
はるなが聞く。
「いいえ」
「じゃあしよう」
「何を約束しますか?」
「それを今から考える」
「決めてないのかよ!」
隼人が突っ込む。
「いいじゃん!」
「勢いだけで言っただろ!」
「うん!」
「認めるな!」
また笑い声が広がる。
「じゃあ」
美弥が言った。
「三人の時は、何を約束したの?」
「また会うこと」
はるなが答える。
「それだけ?」
「それだけって何よ!」
「いや、もっと壮大なのかと思ったから」
「大事でしょ!」
「大事だけど」
想太が笑う。
「どんな世界でも」
四人が、想太を見る。
「どんな人生を歩んでも」
想太は続けた。
「最後には、また会おうって」
いちかの表情が柔らかくなる。
「いいね」
「でしょ?」
はるなが少し得意そうに言う。
「はるなが考えたの?」
「……」
「はるな?」
「細かいことはいいの!」
「違うんだ」
「うるさい!」
ともりが笑った。
「では」
ともりが言う。
「同じ約束では、いけませんか?」
六人が、ともりを見る。
「同じ?」
「はい」
「七人でも?」
「はい」
ともりはゆっくり六人を見る。
「どんな世界でも」
はるながともりを見る。
「どんな人生を歩んでも」
想太が続ける。そしてともりが言った。
「最後には、また会いましょう」
白い世界が静かになった。
「……それ」
隼人が言う。
「なんかいいな」
「でしょ?」
はるなが笑う。
「だからなんでお前が得意そうなんだよ」
「いいじゃん!」
「私も好き」
いちかが言った。
「私も」
美弥も頷く。要は少し考えてから。
「一つだけ」
「何?」
はるなが聞く。
「最後って、いつ?」
「要!」
「いや、気にならないか?」
「今それ聞く!?」
「重要だろ」
ともりは笑っていた。
「それについては」
「あ」
要が止める。
「分かりました」
「まだ何も言ってません」
「どうせ答えられないんでしょう?」
「はい」
「やっぱり」
六人が笑った。
「じゃあ」
はるなが言った。
「決まりね」
「はい」
「七人で」
「はい」
「どんな世界でも」
想太が続ける。
「どんな人生でも」
いちか。
「また会う」
隼人。
「全員で」
美弥。
「誰一人、欠けることなく」
要。そして、六人がともりを見る。
ともりは少しだけ目を細めた。
「はい」
静かな声だった。
「約束です」
七人の約束。それが白い世界で交わされた。
そのあと、七人はしばらく話していた。世界の真実ではない。久遠野の秘密でもない。未来の話でもない。
本当にどうでもいい話。
「ともりって、好きな食べ物ないの?」
「食事を必要としませんので」
「食べられないの?」
「食べようと思えば可能です」
「じゃあ何が好き?」
「難しいですね」
「食べたことある?」
「あります」
「何を?」
「いろいろです」
「またそれ!」
はるなが笑う。
「具体的に!」
「そうですね」
ともりは考える。
「甘いものは、好きですよ」
「えっ!」
はるなの顔が明るくなる。
「本当に?」
「はい」
「何が好き?」
「それほど詳しくは」
「じゃあ今度一緒に食べよう!」
ともりが止まる。
「今度?」
「うん」
「どこででしょう?」
「久遠野」
「私は行けません」
「あ」
はるなが止まった。
「そっか」
「はい」
「じゃあ」
少し考える。
「いつか」
ともりを見る。
「一緒に食べよう」
ともりははるなを見ていた。
「はい」
微笑む。
「いつか」
「約束ね」
「はい」
想太が二人を見る。
「また約束増えてないか?」
「いいじゃん」
「増やしすぎると忘れるぞ」
「忘れないよ!」
「本当か?」
「本当!」
ともりが言った。
「私は覚えています」
「ほら!」
「ともり頼みじゃねえか」
「いいの!」
はるなが笑った。
「ねえ」
しばらくして、はるながともりに聞いた。
「はい」
「想太のことも、ずっと見てたの?」
想太が、はるなを見る。
「なんで俺?」
「なんとなく」
「なんとなくで俺を巻き込むな」
ともりは少しだけ考えた。
「はい」
「へえ」
はるなが、ともりを見る。
「何ですか?」
「いや」
「はい」
「別に」
「そうですか」
「うん」
少しだけはるなの目が細くなる。美弥が気づいた。
「はるな?」
「何?」
「どうしたの?」
「何も?」
「そう?」
「うん」
ともりは何事もなかったように想太を見る。
「想太さん」
「はい?」
「お元気そうで何よりです」
「……どうも」
はるながともりを見る。
「ともり?」
「はい」
「なんで想太だけ?」
「何がでしょう?」
「いや」
「はい」
「別に」
想太がため息をつく。
「何なんだよ」
「何でもないよ」
「絶対何かあるだろ」
「ない!」
ともりは静かに笑っていた。
「ともりも笑うなよ」
「申し訳――」
止まる。
「あ」
はるなが指を差す。
「また謝ろうとした!」
「はい」
「我慢できた!」
「はい」
「偉い!」
「だから何なんだよ、この会話」
隼人が笑い出した。そして全員が笑った。
白い世界。久遠野ではない場所。六人には、まだ何も分からない場所。
目の前にいるともりが何者なのか、なぜ自分たちを知っているのか、なぜ七人なのか、どんな過去があるのか、どんな未来が待っているのか。
何一つ、本当の答えは知らない。それでも、七人は笑っていた。神様と、六人の人間。
そんなふうに分かれているようには、もう見えなかった。
「ねえ、ともり」
「はい」
「また来てもいい?」
はるなが聞いた。ともりは。少し驚いた顔をした。
「用事なくても」
「はい」
「何か聞きたいことがなくても」
「はい」
「ただ話しに」
ともりははるなを見る。そして六人を見る。
「はい」
笑った。
「いつでも」
「本当?」
「はい」
「じゃあ来る」
「お前、勝手に決めるなよ」
隼人が言う。
「みんな来るでしょ?」
「まあ」
「来るけど」
美弥も笑う。
「私も」
いちか。
「俺も構わない」
要、想太はともりを見る。
「また来ます」
「はい」
ともりは答えた。
「お待ちしています」
はるなが立ち上がる。
「じゃあ」
「はい」
「そろそろ帰ろっか」
六人も立ち上がった。ともりも立つ。七人が向かい合った。
「ともり」
「はい」
「約束」
「はい」
「忘れないでね」
「忘れません」
「絶対?」
「絶対です」
「私たちが忘れても?」
ともりは一瞬答えなかった。ほんの一瞬だけ、その表情がとても懐かしいものを見るように変わった。
でも、すぐにいつもの笑顔へ戻る。
「はい」
ともりは言った。
「私が覚えています」
はるなも笑った。
「じゃあ大丈夫だね」
「はい」
七人はいつかまた会う。どんな世界でも。どんな人生を歩んでも。誰一人、取り残さない。
それが、七人の約束。そして、まだ六人の知らない約束の続きだった。




